文字サイズ: 12px 14px 16px [鳥になれたら]

 昔、がまだ汚れを知らぬ?高校生の頃、付き合った男は鳥が好きだった。鳥なら何でも愛せると言い、スズメからモアまで愛し倒せると言い切った男だった。むしろ、<(小なり)鳥と言っても過言ではなかった。
 以前聞いたことがある。「私と鳥とどっちが大事なの?」と。今から思えば幼い問答だが、は真剣だった。それに対して男は「鳥」と答えた。それが、二人が別れた原因である。
 しかし、彼と過ごしたことで得たことも多い。その一つを彼女は自分の特技として――。
「貴様、殺されたいらしいな……」
 人より大きい体を地面に横たえたまま、その宇宙人はぎりぎりと歯軋りをした。しかし、そんな彼にちらっと視線を向けただけでは飄々と言い放つ。
「私は鳥と遊んでるだけなの。誰かさんのことなんて知らないなあ」
 そしてまた口をすぼめる。とたんにピーと甲高い音が山に響く――より前に、唸る獣のような声が辺りに響き、近寄ってきていた鳥たちはばたばたと羽音を立てて逃げ出してしまった。がさがさと草をかき分けていく音も聞こえる。きっと、唸り声に過敏に反応した野うさぎか何かも逃げてしまったのだろう。
「ちょっと、ピッコロさん」
「なっ、何だ!」
「私の、心のリフレッシュタイムの邪魔しないで」
「貴様の何たらタイムとかいうもんなど知らん!」
「何たらタイムじゃなくて、リフレッシュタイム」
 いつものように言い返してから、はまたまたその口から音を鳴らす。それに応えるかのように、ピッコロの絶叫がこだまする。先からこんなことの繰り返し。もちろん、は楽しんでやっているに決まっている。それがまたピッコロには悔しかった。宇宙一ではないにしろ高い戦闘力を誇る自分が、たかだか一地球人の鳥を呼ぶ声でここまで痛めつけられるとは。
「だったらピッコロさん、他所行ったらいいじゃない」
「な、何ィ?」
 それとなしに言ってきたの言葉に反応したピッコロだったが、ふとある声が頭の中に響く。
『明日、午後三時にいつもの場所で』
 昨晩そんな声を飛ばしてきた愛弟子との約束を違えるわけにはいかない。しかしこの状況にも我慢ならない。
「おい。今何時だ」
「今あ? 二時五十二分」
 あと八分か……。八分耐えなければならないのか。そう考えてピッコロはぎりと奥歯を噛み締めた。
 そもそもピッコロは、約束の時間より一時間も前にこの場所を訪れ、静かに瞑想をしていたはずなのだ。それだというのにひょっこり現れたが急に「特技披露だ」などとのたまい、鳥をおびき寄せだした。その時点でまだは、ピッコロの弱点が口笛であることなんて知らなかった。しかし、最初の一音でピッコロの異変を察知した彼女がこのチャンスを逃すはずはない。そのまま口笛を吹き続け、ピッコロは悶え苦しむこととなった。
 ようやく終わった責め苦にほっと息をついたピッコロにが見せた笑顔を、彼は一生忘れないだろう。
 しかし、彼女とて何の思いもなしにここに来たわけではないのだ。暇潰しだろうと思っていたピッコロがそれを問いただしたところ、彼女は見慣れない機械を目の前に突き出してきた。携帯電話だ。
「それがどうした」
「これのね、ここのね……」
 そう言いながらはさっさとボタンを押していき、またピッコロの目の前にずいっと突き出した。
「送信者、悟飯。『じゃあ明日、午後三時にいつもの場所で!』だと?」
「そうよー。明日暇かって聞かれたから暇だって言ったのね。そしたらここに来いって」
 だが、果たしてピッコロに彼女の声は聞こえただろうか。確かに昨晩の悟飯の声はどこか問いかけるような、何かを隠しているような感じではあった。「話がある」とは言っていたがいったい何の話だろうと怪しんだものだ。しかし、それも明日になればわかるだろうと思っていた。何もこんなところに呼び出さなくてもいい、話なら神殿に来て話せばいいものを、わざわざここまで呼び寄せるとは、きっとデンデやミスター・ポポには聞かれたくない話なのだろう。悟飯もいろいろ考えることがあるのだろうと自分で結論をつけてここまで来た。それがまさか、この人間まで呼び寄せていたとは。いったいこいつを交えて何の話をしようというのか。
 ぐるぐるとそんな疑問が頭の中で渦巻き、もはや自分の世界へと入り込んでしまったピッコロがはっと顔を上げたのは、頭がはたかれた感触があったからに他ならない。
「ちょっと。私の話聞いてる?」
「……どうせ聞いても聞かなくても差し障りない話だろう」
「そう。そう思ってるのね」
 そう言っては薄ら笑いを浮かべた。明らかに何か企んでいる顔だ。そして、唇を尖らせ――。
「やめろ、貴様ァァァァァ!」
 の口から音が漏れるのと、ピッコロが勢いよく手を前に突き出したのは同時だった。そしてそのまま、ピッコロの手のひらは見事の顔面にヒットし、「ぶっ」という無様な声と一緒にの体が後方へと傾く。その時、ピッコロの頭を過ぎるものがあった。そう、あの初めてここであった時の惨劇だ。
 次の瞬間、ピッコロは伸ばしたままの手をの首元へと伸ばした。彼女の着ていたブラウスの襟を掴み、自分の方へと引き寄せる。これで最悪の事態は免れた!とほっと彼は息をついた、が。
「ギ、ギブ……」
 弱々しく腕を叩く手にふとピッコロが自分の腕を、そしての顔を見る。ピッコロが言うのも何だが、明らかに顔色が悪い。それを見て思わず手を緩めたピッコロの手から抜け出すように身をよじっては大きく息を吸い込んだ。
「……これで二度目よね」
「何がだ」
「ピッコロさんの手で殺されかけた……あ、一度目は足か」
 軽くむせはしたものの、すぐにいつもの調子を取り戻して、はピッコロへと視線を合わせる。だが、ピッコロはピッコロでそれから素早く目を逸らすと「原因は全て貴様だろう」と返す。
それに対してが「いやいや……」と言いかけたその時、ピッコロの視線がふと動いた。
「あれ? 悟飯くん?」
 その視線を辿りがそう呟いた時、空を飛んでくる人の影が草に映った。
「ピッコロさん、さん!」
 飛びながら手を振り二人の前へと降りてきた悟飯は先ほどまでのことなど知りもしない。にこにこと笑って「二人とも来てくれたんですね!」と嬉しそうに声を上げる。それから「急に呼び出すことになってしまってすみません」とも。律儀なところはいつもそうだ。
「それで悟飯くん、話って何?」
 先に言葉を発したのはだった。昨晩聞いてみたが「それは明日」とうまく丸め込まれてしまい、それからずっと気になっていたのだ。もちろん、それはピッコロも同じだが。
「えーと。それはですね……」
 聞かれたとたん、悟飯はふと口ごもった。何か言いにくそうにしているが、そんな話題なのか。そうとピッコロが思わず目を見合わせたその時。
「その、さん。ここまで来るのって大変じゃないですか?」
 え?と聞きたそうにが悟飯に視線を戻した。
「そりゃ、簡単に来れるってわけじゃないけど……」
「ですよね、ですよね!」
 の答えを聞いたとたん、悟飯はまるで自分の考えていた通りだと言わんばかりに首を縦に振った。
「そこで僕は考えたんです!」
「舞空術を教えろというのなら、お前が勝手に教えろ。オレは御免だぞ」
「え? 何でわかったんです?」
 ピッコロの言い放った一言に悟飯が目を丸くする。
「もしかしてピッコロさん、僕の心読みました?」
「読まんでもお前の考えることくらいすぐわかる」
「そうか。参ったなあ……」
 ははは、と力なく笑う悟飯に対して、の顔は理解不能といったところか。冗談じゃない。普通の人間である私がそんなこと出来るわけないじゃない、と声に出さずともその表情が物語っている。だが、悟飯には気付かれないままか。
「それは僕がやろうと思ってるんです。一応、悟天やビーデルさんにも教えられたし……。ただ、二人とさんの違うところは、気の使い方がわかっているかそうでないか、なんですよね。だから、それをピッコロさんにお願いしようと思って!」
「思って、何だ」
「思って……って、ダメですかあ?」
「さっき言ったことも聞こえなかったのか? オレは御免だと言ったはずだ」
「だから、舞空術は僕が教えますって」
「ならば気の使い方も教えてやったらどうだ」
「それはですねえ……」
 が見ている中、悟飯がふいに口を閉じた。心なしか顔もいくらか沈んでみえる。だがそれも一瞬のことだった。
「ピッコロさん」
「何だ」
「今、僕がこうしているのはピッコロさんのおかげなんです。十五年前のあの日、ピッコロさんが修行をつけてくれて、一から十まで体に叩き込んでくれたからこそ今の僕があるんです。それに悟天だってトランクスくんだって、ピッコロさんが修行をつけてくれたからこそ、あそこまで強くなれた。そう、デンデだってそうです。ピッコロさんが地球のことは何も知らない彼に愛情を持ってこの地球の何たるか、神の何たるかを教えてくれた。だからデンデは今、地球の神として立派にやってるじゃないですか。
 断言します。ピッコロさんには、人を大きく育てる力があるんです! だから!」
「だから?」
「だ、だから?」
 今度こそ悟飯は言い止ってしまった。もしかしてピッコロはのことが嫌いなのではないだろうかなんて考えまで浮かんだ。しかし、それを否と打ち消す。嫌いであればそもそも、こうやって顔を合わせるのですら嫌がるはずだ。
「とにもかくにも。オレは絶対に引き受けんからな」
 ぷいっと横を向いてしまったピッコロにはもう何も言っても通じないだろう。ここでようやく、悟飯は諦めるということを知った。
「仕方ありませんね。じゃあ、僕が教えます。でも……」
「でも?」
「たまに、アドバイスとかしてもらえたら、嬉しいんですけど……」
 ダメですか?と目で訴えた悟飯にピッコロもようやく表情が和らいだ。
「それくらいならいいだろう」
 そう答えると、ピッコロはふわりと宙に浮く。
「あれ? もう行っちゃうんですか?」
「話は終わっただろう。ではな」
 言うなりピッコロはすうっと空に浮かんで――そして地に落ちた。あの高い音にやられて。
「お、おい……」
「せっかく来たんだからもうちょっとゆっくりしてったらいいのに」
 だって、悟飯くんに会うの楽しみにしてたじゃない、と付け加えては続ける。
「ブクウジュツってのがまだできるかどうかはわかんないけど、それはまあ置いといて。ゆっくりしていきなさいって」
 這いつくばったままのピッコロを軽く叩いて悟飯へと向き直り――。
さん、どこでそれを……」
「何が?」
「その口笛です」
「口笛? ああ、昔付き合ってた人が鳥が好きでね。鳥を呼び寄せるのを教えてもらっちゃって、それが特技になっちゃったのね。それで今日もやってたらピッコロさんが苦しみだして――」
「だから、だ」
 突然挟まれたピッコロの声にぎょっとして二人して振り返る。そこにはすでに体勢は整えたものの、まだ肩で息をするピッコロがいた。
「だから気が進まんのだ。これ以上、これ以上――この音を聞かされる身にもなってみろ!」
 吐き捨てるようにそう言って。
「そもそもオレがそいつに修行をつけてやったとする! だが、そいつは馬鹿で甘え腐って育ってるからどうせすぐに根を上げるだろう。だがな! そいつはそこで絶対オレに反抗するに決まってるんだ! 反抗してぐだぐだしょうもないことを言った挙句、口笛を吹いてオレが弱っているその隙に逃げ出すに決まってる!」
「そ、そんな偏見を……ねえ?」
 だが、間に入ろうとした悟飯の声もピッコロにはもはや届かない。悟飯が来るまでの間積もり積もっていたものを今ここで全部吐き出して帰ろうという魂胆らしい。
「悟飯! そいつの顔をよく見てみろ! いかにもそんなずる賢いことを考えそうな顔をしてるだろうが!」
「まーっ。失礼ね!」
「うるさい! 黙れ! 悟飯、お前が何と言っても、例え泣きついてもオレはそいつの面倒は見ないからな!」
 わかったか!と最後に言ってピッコロは飛び立ってしまった。というより、逃げ出した、と言った方が早い。
「どうしたんだろう、ピッコロさん……」
 ぽつりと呟いた悟飯の声は、綺麗に晴れた空へとすうっと吸い込まれていってしまう。
「弱点突かれたのがよほど堪えたんじゃないの?」
「そうなのかなあ?」
「うん。だっていかにも弱点隠しそうな顔してるじゃない」
 それより、とはいったん言葉を切って。
「追いかけなくていいの?」
「え?」
「ピッコロさん。さっきも言ったけど、悟飯くんに会うのすごく楽しみにしてたんだよ」
 その言葉に悟飯ははっとなった。隣のもやれやれと言ったように悟飯の背中を叩く。
「機嫌悪いままだったら、今度呼び出しても答えてくれないかもよ?」
「そ、それは……。あの、この埋め合わせは必ずします! あと、舞空術っていうのは本気ですからね!」
 慌ててそう言い切ると、悟飯は空高く舞い上がった。もちろん、飛び去ってしまった師匠を宥めるためだ。もそれがわかっているから、笑顔で悟飯を見送った。
「うんうん。これが美しき師弟愛ってやつよね」
 痺れるわあ、と一言。一人きりになったはご機嫌顔でまた口をすぼめ、ピーッと一つ音を鳴らす。
 雲一つない、真っ青な空のどこかで、誰かの叫び声が聞こえたような気がした。

|| THE END ||

* あとがき *
「な、何ィ?」と書くと思わず背景で「ドォォォン」と入れたくなります。
額から頬に向けて流れる汗もポイントだと思います。もちろん口は微妙にオープン。
作品、というよりDBと全然関係ない。