文字サイズ: 12px 14px 16px [大晦日はHappy Day]

「悟飯くんって遊園地行ったことある?」
 突然そんなことを口にしたに、悟飯はぽかんと口を開けた。
「何でまたいきなり」
「いやあ、悟飯くんって明らかに普通の人とは違う人生歩んでるでしょ。遊園地とか行ったことあるのかなあって」
「そういうことですか」
 いつもいきなりの質問ですよね、とは付け加えず、悟飯は一度だけある、とに伝えた。
「一回だけ?」
「はい。三歳の時なんで、はっきりとは覚えてないんですけど」
 お父さんとお母さんとおじいちゃんと、と思い出しながらしゃべれば、どんどん鮮明になってくるあの時の記憶。何に乗ったのかは覚えていないが、ひどく楽しかった記憶だけはある。手を繋がれて、色んなものを食べて。そういえば、お父さんにだっこしてもらったな、と少しばかり頬が緩みかけたその時、悟飯はふと小さな疑問を思い浮かべた。
さんはどうなんです?」
「私? 何が」
「遊園地ですよ。行ったことあるんですか?」
「そうねえ。何回とか覚えてないけど、たくさん行ったわね。近くにあったから、子供の頃はその遊園地かこれまた近くの動物園とか。高校なったら友達とか彼氏とか、ちょっと盛り上がりたい時は遊園地に行ってたなあ」
「へえ。いっぱい行ってるんですね」
「私はむしろ、悟飯くんが一回しか行ったことないっていうのに驚いたけどね」
 そう返されて悟飯は適当に笑ってごまかした。確かにがそう言うのも無理はない。何せ悟飯と来たら、そんな平和な生活が続いていたのは四歳の時までで、それから先は一般人には想像もつかないような人生を歩み、ようやく平和になってきた、という頃にはすでに遊園地ではしゃぐような年齢ではなく。家の中でも『遊園地』という単語が会話に上ることはまずなく、そういえば弟の悟天は遊園地に行ったことすらなかったのではないか、と考える。
「ええ? 悟天くんって遊園地行ったことないの?」
「僕が覚えている限りではありませんね」
「そうなんだ。行きたいとか思ってないのかな」
「どうなんでしょう。あまりそういうことは言わないから」
「ならこのチケット、悟天くんにあげてもよかったなあ」
 はそう言って手に握ったチケットをひらひらと振った。
 今日は大晦日。カップルで賑わう中、こうして大学から少し離れたところにある遊園地へと赴いたはいいが、正直その人の多さに二人して、中に入る前からどうしたものか、と考えていたのだ。
 どうして悟飯と二人遊園地にやってきたのか、という話は数日前に遡る。
、遊園地のチケットいらない?」
「遊園地?」
「そう。これだったら入園料とフリーパス代とセットになってるやつだからさ、交通費くらいしかかかんないし」
「だったら自分で行ったらいいじゃない」
「それがねえ、行こうと思ってたんだけど、なかなか予定がつかなくって。それにほら、あんた最近悟飯くんと仲いいじゃない。これを口実に急接近とかしちゃわない手はないわよ!」
 急接近も何も、その師匠の地球外生命体とも急接近です、とは口がさけても言えず、は友人からそのチケットを譲り受けた。だが、この忙しい年末年始の時期にいきなり言って承諾されるだろうか、と心配になっていたものの、悟飯に話せば快い返事をもらい、こうしてやってきたというわけだ。
 はじめは、悟飯にすべて押し付けるつもりでいた。そもそも年末年始はも実家に帰るつもりでいたし、そこからわざわざ離れたこの町の遊園地へと遊びに来ずとも、近所に大きな遊園地があるのだ。だから悟飯に、ピッコロと一緒に行ってはどうかと切り出した。
 もちろん、あのピッコロがそれに乗るはずもなく、こうして悟飯とで来ているわけだが。
「どれから乗ろうか、迷っちゃいますね」
 さっきまでの人の多さに驚いていたのはどこの誰か。中に入ったとたん、悟飯の目はあちらこちらにある乗り物に釘付けになった。
「とりあえずジェットコースターよ」
「じぇっとこーすたー?」
「そう、あれ」
 そう言ってが指差したのは、人々の悲鳴と共にレールの上を滑走するジェットコースター。地図からして、あれはこの遊園地で二番目に大きなものらしい。
「まずは小手調べとしてあれに乗ってね、それからあれ」
 次に指差したのは、ぐるんぐるんと縦へ横へと回り続ける絶叫マシーン。
「で、その次にあれに乗るの」
 最後にが指差したのは、この遊園地の目玉とも言える大きなジェットコースターだ。
「あれね、足が宙ぶらりんになってるの。すんごく楽しいんだから!」
「はあ……。何だか、叫んでるものばかりですねえ」
「私ね、実は絶叫マシーン大好きなの!」
 ほかにもいろいろあるのよねえ、と地図を見ながらほくそえむとは対照的に、悟飯の顔はどこか引きつっている。乗ったことなどないはずなのに、どうしてこんなに恐怖を覚えるのだろうか。
「とりあえず時間はあるんだし、片っ端から乗っていこうよ」
「そうですね」
 悟飯はそう答えての後ろをついていく。目指しているのはもちろん、が先ほど指差したジェットコースターの乗り場だ。その階段を昇りながら、悟飯は何か嫌な予感がする、と直感で思ったが、すでに断る時間はなく。
「ちょっと、悟飯くーん?」
「…………」
「だいじょーぶー?」
 大丈夫と聞かれても答えられるものか。手を離してスピードを楽しんでいるに対し、悟飯は無言のままバーにしがみつき、首を横に振った。後ろから悲鳴が聞こえるが、それですらもう悟飯の耳には届かない。頼むから早く終わってくれ、とただただ願うのみ。
 やがて、恐怖の二分間は終わりを告げた。何とか乗り物からは降りれたものの、ふらふらと足取りは覚束なく、手すりにしがみつかなければ階段を降りることさえままならない悟飯を半ば支えるようにして、はすぐそばにあったベンチへと腰を下ろす。
「そんなに怖かったの?」
「……」
「いつもすごいスピードで飛んでるから平気だと思ったんだけど」
「それとこれとは違います……」
 悟飯曰く、普段飛んでいる時は、自分の意思で飛んでいるので平気なのだとのこと。しかし、体を固定されて、予想もつかないコースを猛スピードで走り抜けるジェットコースターは勝手が違うらしい。
「とにかく、もうジェットコースターは嫌です」
「そっかあ。じゃあしょうがないなあ」
 そうとなると、悟飯と一緒に楽しめるものは限られてしまう。もう一度バッグから地図を取り出し、どれがよいのかと考え始めたの横から悟飯も地図を覗き込み、やがてある一点を指差した。
「これなんてどうです?」
 それは風を切ってぐるぐると回り続ける魔法のじゅうたん。
「でも、これも絶叫マシーンだよ」
「だけどこれはただ前後に回るだけでしょう」
 それならたぶん大丈夫です、と言われてはとっさに訝しげな目を悟飯に向けたが、本人が大丈夫だろうというから大丈夫なのだろう、と考える。
 かくして、降りてきた時の悟飯の顔は晴れやかだった。
「ほら、やっぱり大丈夫だったじゃないですか」
「うーん。ジェットコースターはダメで、フライングカーペットは大丈夫なんてよくわかんない」
「要するに、軌道が読めたら大丈夫なんだと思います」
「じゃあ、回転ブランコも大丈夫なのかな」
 だって、こういう動きでしょ、と指で動きを示してみれば、悟飯はこくこくと頷いた。ならば行動、とばかりに同じ絶叫系でもぱっと見て動きが一定だと思われるものに次々とチャレンジしていく。一つクリアしていくごとに悟飯の顔もほころび、「楽しいですね」なんて言葉まで飛び出して、やはり遊園地に来てよかった、などと思い始めただったが、地図を見ていた悟飯の一言にさっと青ざめることになる。
「まだ行ってないのはここと、ここと……」
 そうチェックを入れながらふと「ここなんてどうでしょう」と示されたのは、名前からしてアレなもの、通称『おばけ屋敷』と言われるものだった。
 楽しんでいるうちに景色は昼間から夕暮れ、そして夜へと移り変わり、その中ぼんやりと浮かぶ入り口の光。横に並んだ出口を見れば、放心状態の者あり、あまりの恐怖に涙を流す者あり、といったさまで、それだけでは縮み上がってしまう。だが、悟飯は意気揚々と入ってみようなどと言う。
「ああいったやつは、お祭りに来てるやつで入ったことありますから」
 いやいや、お祭りのものなんて比じゃないのだと言っても悟飯にはわかるはずもない。だいたいは、その手のものは一切受け付けられないたちなのだ。まず暗闇が苦手で、その中を歩いていくのも苦手。しかもああいったものはえてして、後ろから何かが追いかけてくるという仕様になっている。真っ暗な中、得体の知れないものに追いかけられ、逃げなければいけないと考えるだけで、先ほどまで浮かべていた笑顔でさえも消えてしまう。
「あの、その前にトイレ行っていい?」
「あ、はい」
 顔を引きつらせたままトイレに入り、そこではひたすら考えた。どうすればその恐怖に打ち勝てるのか。いや、一緒に入るのはあの悟飯なのだ。きっと大丈夫に違いない。怖くなったら、負ぶってもらってでもいいから全速力で出口へと向かって走ってもらえばいい。そう考えると、不安も少しだけ軽くなったような気になってくる。
「そう。それでいいのよ」
 自分にそう言い聞かせ、はいざ恐怖の始まりへと一歩足を進めた――のだが。
「いっ……ぎゃああああああ!」
……さん?」
「助けて助けて! もうだめもうだめ。もうだめなんだってばー!」
「い、いててて」
「いやーっ! 助けてごはんくーん!」
 入って数十秒後、飛び出してきた骸骨に驚き悲鳴を上げたのをかわぎりに、次々に飛び出す絶叫。確かに人を脅かす仕組みとはいえ、ここまで絶叫するのも珍しく、出てきた頃には当のはもちろん、しがみつかれ激突され、耳元で悲鳴をひたすら聞くことになった悟飯もへとへとだった。
「だ、大丈夫でしたか」
「全然大丈夫じゃない」
 下を向いたままふるふると首を振り、は重いため息をついた。
「僕、飲み物買ってきますから、ちょっと待っててくださいね」
 とにかく落ち着いてもらおうと気を利かして、悟飯はすぐ側の売店へと走る。振り返れば、はまだベンチに座り込み俯いたままだった。
「二百ゼニーです」
「はい、ちょっと待って……」
 ポケットから財布を取り出そうとしたその時、悟飯の目に青黒いものが飛び込んできた。ポケットに手を突っ込んだせいでわずかに押し上げられたコートとポケットの隙間、のぞいた手首にくっきりとあざが出来ている。
(どこかでぶつけたかな……)
 そう考えながら金を払い、ベンチに戻ってからもそれが気になり、の目を盗んで手首を見てみる。打ったにしては不思議なあざだった。先は丸く、その後はまっすぐ伸びてすっと消えているあざは、上下に六本くっきりとついている。ぶつけたというよりも、何かで挟んだようなそのあざに原因を考えてはみるが、昨日風呂に入った時にはなく、ここに来てからも何かで挟んだなどという記憶はない。
「どうかした?」
「いえ、別に……」
 ふと悟飯の行動に気付いたが身を乗り出し、悟飯の手首を見る。
「そのあざ、なあに?」
「それがいつの間にかできてて」
「ふうん。でもけっこう新しいよね」
 そう言ってがそのあざを指でつついたその時、悟飯の中で全ての謎が解けた。この大きさといい、今手首に触れているの指といい。
「どこでついたのかわかりました」
「え? そうなの?」
「ええ。さっきのおばけ屋敷ですよ」
 ほらね、との手を取って自分の手首を掴ませる。はたして予想通り、悟飯の腕にあったあざはの指とぴったり重なった。
「ほらこれ、さんの指の跡ですよ」
「そ、そんなことは絶対ない!」
「いやいや、僕でも驚くほどの怪力でしたからね。絶対そうです」
「そんな、か弱い私が人様の腕に跡なんてつけられるわけないじゃない」
 かわいらしくそんなことを言ってみても、腕についたあざはまさしく動かぬ証拠。
「帰ったらピッコロさんに報告しなきゃいけませんね」
「な、なんでそこでピッコロさん?」
「だって、さんがこれだけ強くなったんですよ。これは日々続けてきた修行の成果です。きっとピッコロさんもさんの成長を知って喜ぶはずです」
「そんなので喜ばれても……」
 いやしかし、元からズレているこの師弟のことだ。もしかしたら本気で喜ぶかもしれない、と考えてはやれやれとため息をついた。

* * *

「僕、観覧車だけは記憶にあるんです」
 どんどん遠ざかっていく地上を眺めながらふと悟飯が呟いた。
「おじいちゃんは体が大きくて乗れなかったんですけど、お父さんとお母さんと三人で、最後に観覧車に乗ったって記憶はあるんですよねえ」
「それで? 怖くて泣いちゃったとか」
「それはないですよ。ただ、観覧車を発明した人はすごいなあって思いましたけど」
 三歳児の考えることじゃない、とはとっさに心の中で突っ込んで、だがそれもそうだと思い直す。さながらちょっとした空中遊泳とも思える観覧車を、いったい誰がどうやって考え出したのか。
「でも、こうやって見るときれいだよねえ」
「まるで星空をそのまま、地上に持ってきたって感じですよね」
「あら、意外とロマンチストなんだ」
「そうですか?」
 眼下に広がる町の風景を見ながら二人でくすくすと笑う。空を飛んでいれば当たり前に思える景色だというのに、どうして観覧車に乗っているだけでこんなにきれいに見えるのだろう。
「あ、そうだ」
 ふと時計を目にしたが慌ててバッグの中から携帯を取り出す。
「電話ですか?」
「うんっとね、確か」
 うろ覚えの番号を押し、耳を澄ませば求めていた声が聞こえてくる。それをすぐにハンズフリーへと切り替える。
『午後十一時五十八分四十秒をお知らせします』
 規則正しい電子音と共にそう告げる女性の声を聞いて、悟飯もようやく納得がいった。
「そろそろですね」
「カウントダウンしちゃう?」
「いいですね!」
 会話をしている間にも刻々と時間は過ぎていく。やがて、今年最後の十秒を告げる声が響き。
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1!」
 二人でそう叫んだとたん、遊園地の広場から盛大な花火が上がった。真っ暗な夜空を煌々と照らし、ばらばらと音を立てながら火花が落ちていく。そのたびに大きな歓声が上がり、今ここにいる全ての人間が、新年を迎えたことを歓び合う。もちろん、それは観覧車の中にいると悟飯も一緒で。
「あけましておめでとう!」
「おめでとうございます!」
 四月に出会ってからの数ヶ月、本当にいろんなことがあった、と思い返しながら、また今年も良い年であることを願いつつ。
「さ、観覧車から降りたら神殿行かなきゃね」
「ピッコロさん寝てたらどうしましょう」
「叩き起こしてあけおめ言う!」
 とたんに悟飯が笑い声を立てた。きっと不機嫌になって怒りますよ、と言えば、新年に免じて許してくれるとが答える。
「今年も、いいこといっぱいあるといいですね」
 悟飯のその言葉に頷くの顔にも満面の笑みがこぼれていた。

|| THE END ||
ちょっとしたおまけ

* あとがき *
3838HITにセラさんからリクエスト頂いた『悟飯と遊園地』話です。
せっかくなので、時期的に年越しと併せてみました。いつもと違ってちょっとだけロマンチックに!
まあ、二人そろって結局〆はピッコロさんなのか、と。