文字サイズ: 12px 14px 16px [01:目覚め]

 誰かが眠りにつく頃、この世界のどこかで誰かが目を覚ますと詠ったのは誰だったか。

「ピッコロさん、おやすみなさい」
 今日も今日とて地球の神は、彼の後見人の部屋を覗き込むとそう言った。もともと彼の住んでいた星では日の沈むことがなかったため「眠くなった時が寝る時間」という、あまり時間に縛られない生活を送っていたので、始め地球の「夜」というものにはあまり馴染めなかった。しかしそれも時間の流れの成せる業か。今ではすっかりこの地球に住む多くの生物がそうするように、夜になれば眠りにつく、という生活を送っていた。そうとは言っても空が暗くなり、夜が訪れてからまだ数時間。彼と付き合いの深い者たちからしたら「もう寝るの?」と聞かれるような時間ではあったが。
「ピッコロさんはまだ寝ないんですか?」
「オレはもうしばらく起きている」
「そうですか。それじゃあ、よい夢を」
 これが、天高くに存在する神殿での何もない毎日の光景。

 神殿よりずっと西に、そしてずっと南に行ったところにパオズ山という場所がある。人もまばらな場所ではあるが、それでもぽつぽつと立ち並ぶ家の皆が眠りに就いた夜半近くの暗がりの中、一つの窓だけにぽつりと明かりが灯ったままでいる。
「そろそろ寝ようかな」
 卓上の時計を見やり、悟飯は誰に言うともなしにそう呟いた。家の中はもう寝静まっている。隣の部屋から時折「バタン、ドタン」と聞こえるのはきっと弟の寝相の悪さゆえだろう。
「悟天は寝てる時も元気だなあ……」
 そう笑って読んでいた本を机の上に置くと、悟飯もまたベッドの中へ潜り込む。昼間、母が干しておいてくれたのか、ふわりと太陽の香りが鼻をくすぐり、彼は幸せそうに目を閉じた。

 上空の星の輝きが少しだけ薄れ朝が近いことを告げる中、一人だけ目を覚ます者があった。
「……夜明けか」
 窓から見える星の動きを見て時間を察し、ピッコロはベッドから起き上がる。
 この平和な時代になってなお、彼は長く眠ることはなかった。生れ落ちたその日から周りには危険が溢れ、ゆっくりと眠る時間などなかったためか、短く深くというように体がなっていったのだろう。
「少し瞑想でもするか」
 ぽつりとそう呟くと、窓からするりと抜け出し、神殿の端のいつもの場所へ行く。ここに暮らして早数年。そこはいつの間にやら彼の定位置となっていた。

 そんなピッコロの定位置から真っ直ぐ西へ数千キロほど行った山々の間に、大きな大学を中心として広がる比較的新しい町がある。そこのまだ朝の訪れは遠い午前三時過ぎ。
「今日紹介する商品は一味もふた味も違うよ。今までのダイエットの常識を覆す最高にナイスな商品さ!」
「まあ! ねえ、何なの。早く教えてちょうだい、ジョン!」
 小さなアパートの一室でそんなやり取りを画面の中に見ていたは、ふあっとあくびを一つ「女の名前はメアリー」と呟いた。
「まあまあ、観客の皆さんもメアリーも落ち着いて。まずはこのVTRから――」
 そこでテレビはぶつりと切れた。
「ほら、やっぱりメアリーじゃない」
 よし、と小さくガッツポーズをとって、はのそのそとベッドへと向かう。昨日はテレビを見たままソファで寝てしまったためか少々体がだるい。今日こそはベッドで寝なければ。
 いつも通り冷たい布団に潜り込み、ちらりと視線をやるとテレビの手前、小さな赤いランプが灯っている。
「起きたらまたゲームしよっと」
 有り余る時間を全てゲームに費やそうと心に決めたその直後、すうすうと寝息を立てては夢の世界へと旅立った。

 ちょうど同じ頃、天空の神殿では、すでに完全にその姿を現し、天頂へと向かって上昇を始めた太陽の下、主がようやく長い眠りから目を覚ます。
「おはようございます、ピッコロさん」
「ああ」
 いつもと同じように会話が繰り返される。ちょうどその時、宮殿の奥から二人を朝食に呼ぶ声がした。
「あ、朝ご飯ですよ」
「わかっている」
「……どうして地球って時差があるんでしょうね」
 いきなりそんなことを口にしたデンデにピッコロは視線だけで意味を問う。それに対してデンデは。
「だって。世界中が同じ時間だったら、悟飯さんやさんも一緒に朝ご飯食べられるのになあって」
「何を子供のようなことを言っているんだ」
 ずばっとそう言われてデンデは一瞬しょぼんとした。それでも「そうだったら素敵だと思いません?」と聞き返す。
「……だったら、今度神殿にでも呼んでやればいいだろうが」
 ピッコロの最大に譲歩したその言葉に神の顔はたちまち明るくなった。
「ねえ、明日なんかどうでしょうかね? あ、ピッコロさん、お二人を呼びに行ってもらえます? 朝ご飯はポポさんにどんなものを作ってもらいましょう? 二人とも朝はご飯みたいだから、たまには趣向を変えてパンなんていうのもいいかもしれませんね。わあ! 僕、ポポさんのパン作りお手伝いしよう! そうだ。よかったらピッコロさんも一緒に――」
 デンデがそう言って顔を上げた時、すでに目の前にピッコロの姿はなかった。慌てて振り返ると、まるでそんな話などなかったかのようにさっさと歩いていく後ろ姿だけが見える。
「ちょっと。待ってくださいよ、ピッコロさん!」
 ひらひらとたなびくマントを追いかけてデンデもまた走り出した。

|| THE END ||

* あとがき *
神殿とパオズ山ってどれほど時差あるんでしょう。意外とありそうな予感。
逆にほんの数時間違いなのかもしれませんが。