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[02:静寂]
しん、と静まり返った部屋の中、聞き慣れた音が響き渡る。
がたがたとその身を震わせて、他者からの干渉を知らせる携帯電話。それを手に取り、ふと見慣れた名前にああ、この人も眠れないのか、と安堵の息を一つ。
起きてる?
もちろん、起きてますよ。
勉強中だった?
いえ、ちょうど終わってぼんやりしてたところです。
カチカチとボタンを押す音。それは音としては僅かなものだが、耳に入ってくるものがそれだけならば、また別の話。まるで、気持ちのよいラリーを続けているかのように、目の前の小さなディスプレイを見つめ、時折手元を気にしながら、その音を加速させていく。
自分たちの声も聞いてくれ、と外で虫が美しい音色を奏でだしたとしても、ボタンを押し続ける者には届かない。
さんは、テレビでも見てたんですか?
ううん。今日はゲーム。でももう疲れちゃって、布団に入ったとこだったの。
そうなんですか。そういや、さんの部屋ってすごいですよね。
何が? どう『すごい』のか気になるなあ。
すごく色とりどりだなあって、初めて行った時思いました。
色とりどりかなあ? けっこうシンプルにしてるつもりなんだけど(-_-;)
あ、すいません。そういうのじゃなくって。ぬいぐるみとか本とか、カラフルなのが多いなって。
まー確かにぬいぐるみはカラフルかも。ゲットしたらついつい飾っちゃうんだよねー。
聞きましたよ。暇があればゲーセンに入り浸ってぬいぐるみ取ってるって(笑)
うぬぬ。いったいどこから漏れたのか。
それはトップシークレットです。
ともすれば単調な作業を、頭の中で相手の声を響かせながら続けていく。文字に魂が入る瞬間というものはもしやこれなのかと思われるものを、誰もが意識せずに淡々と繰り返す。目で追っている文字と、それを忠実に再現していく声と、さらにいつしか、目の前に鮮やかなカラー映像が広がり、実際に相手と会話しているような錯覚に陥りながら、静寂の中、ある種の空想世界に身を浸す。
この時、まるで自分は肉体を持たないただの意識の集合体であるかのように感じられるのに。それだというのに、文字を打ち込み、『送信』というたった二文字の言葉を選択しただけで、あっという間に現実へと引き戻される。
薄暗がりの中、己の息遣いや鼓動、身じろぎした時の布の擦れる音が耳に響いて、やはり自分はこの世界の中で、個として存在しているのだと、嫌というほど思い知らされる。
そしてまた、小さな機械が起こす震えと共に、ぱっと明るくなったディスプレイの向こうにある幻想へと連れ去られていく。
まるでモノクロとカラーのフットステップ。少しずつ余韻を残しながら、二つの世界を行ったり来たり。
そんな相容れないはずの世界が、ふとした瞬間に同じ時間軸で重なる時がある。
悟飯くん、外見える?
見えますよ。
相手の声を反復しながら、ふと窓を見上げ。
ねえ見て。月が綺麗だよ。まんまるで明るくて――。
そこまで打って、ぱたりと手を休める。
空想世界から見上げたはずの月が今、現実世界の使者として、その部屋に再び静寂を連れて来た。
|| THE END ||
* あとがき *
いつもよりかなり短めに。メールやり取りってどう文で表しゃいいんでしょう。