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[夏の終わりのその夜に]-後編-
今、はネイルに抱えられて神殿へと向かっていた。それもこれもがうっかり「神殿の図書室に何か手がかりがあるかもしれない」と言ったのが始まりだ。やはりネイル自身も自分の今後については多少なりとも不安があったらしく、しかもピッコロの記憶があるので神殿へと辿り着くのはいとも容易く、「ならば行ってみよう」と元からかなり行動派であるらしいネイルにが振り回されたというのが真相だ。
(だからってネイルさん、何も俵持ちしなくても……)
どんどん通り過ぎる雲をネイルの背中とはためくベストの下に見ながらは思っていた。
最初、軽々とを肩に担いだネイルに「もう少し何か担ぎ方はないのか」と文句を言ったのはだ。ならばどんなものがいいと聞かれたので、ここで幼少の頃ひどくピーターパンに憧れ、いつか絶対ネバーランドに行ってやると決意していたは、手を繋いで空中遊泳というものを提唱した。
「別に構わんが腕が抜け落ちるかもしれんぞ?」
地球人は一度失った肉体は再生できないだろう、それでも大丈夫なのか?とネイルに本気で心配され、の頭の中に浮かんだのは、の腕『だけ』を握り飛行するネイルの姿であった。もちろん、当のはすでに地上めがけて落下している。ああ、あの飛び方は両者共に飛べる体質でなければ無理だったのか、と今更ながらは気付いたのだ。
ならば、と考えておんぶか姫抱きだと考えたが、この年齢になってそんなのはとてもじゃないが恥ずかしくてできない。ネイルは別に気にしないかもしれないが、きっと途中で恥ずかしさに耐えかねて降ろしてくれと言ってしまいそうな感がひしひしとする。いや、今の時点ですでに恥ずかしいので却下だろう。
いろいろ考えてみてもよい考えはついぞ浮かばず、結局は大人しく俵のように抱えられることとなったのである。
「ほら見ろ。神殿が見えて来たぞ!」
いささかはしゃぐように口にしたネイルに一言「私には雲しか見えません」と答える。何が悲しくて雲を見ているのか。何が切なくて荷物のように抱えられているのか。
(いや、確かに飛べないブタはただのブタなんだけどさ)
そんなことを思いながらさらに行くこと数分かかっただろうか。さっと白い石が見えたと同時にトン、とネイルが地面に足をつける感触がした。
「ほら、着いたぞ。長い間よく頑張ったな」
そんな労いの言葉と共にぽんぽんと小気味よくの頭を叩くその仕草に、思わずナメック星人は皆保父の素質があるのではないかと疑ってしまうほどだ。いや、あるに違いない。特にこの戦闘タイプと呼ばれる部類には。
「そんな。ネイルさんこそお疲れ様」
「いやいや。お前は子供みたいに軽かったからな。私は何ともないぞ」
そう言って笑ったネイルには伝えられない。がその昔、付き合っていた男に姫抱きを強要してぎっくり腰にさせてしまったことを。何が何でも言わない、とこの時は誓った。
「さて、ピッコロは……」
ふとネイルが視線を巡らせた。白い石で全てが構成されたこの世界は、なるほど神の住まいというには相応しい。もこれまでに幾度となく邪魔しているが、いつ見ても綺麗なその建物には、見るたびため息をつかずにはいられない。
そんな中、宮殿の中からぽこっと黒い物が飛び出した。
「あ、ポポさん」
そしてさらにその後ろからひょっこり顔を出したのは、この宮殿の主である地球の神だ。
「ネ……ネイルさん!? ネイルさん! ネイルさーん!」
最後の方はすでに涙交じりになっていただろうか。その名を叫びながら出てきたデンデがネイルに抱きつくと同時に手馴れた手つきで、ネイルがデンデを高く持ち上げた。
「ずいぶん大きくなったな」
「はい!」
「地球の神として立派にやってるようじゃないか」
「そ、そんなことはないです」
照れて笑うデンデをこれまた軽々と子供を抱くように抱きかかえて再会を喜ぶネイルの姿はなるほど、先ほどの言葉が真実であるようだ。すなわち、よりも背の高いデンデを軽々と持ち上げるほどの腕力ならば、でも軽いと思われるのかもしれない。
「さんもいらっしゃい!」
「どうも。こんな夜分遅くに……」
夜分遅くに、なんてものではない。もうそろそろ四時だ。だが、どうせ今日も休みであるし、何よりこの事の顛末を見て帰らないことには眠ろうにも眠れない。しかし、十数年ぶりに再会したこの二人の邪魔をするのも何か憚られるような気がして、はここに来た用事も黙っていたのだが。
「突然だがデンデ、ピッコロはどうしている?」
「ピ、ピッコロさんですか? あ、あの! 大変なんです!」
さっきまでの笑顔もどこへやら、いきなりデンデはあわあわと震えだした。何がどう大変なのか落ち着かせてみると、どうも地上から帰ってきてから様子が変なのだと言う。
「ピッコロさん、帰って来た時にすごく疲れてたみたいだから、てっきり悟飯さんと修行でもしてきたのかなって思ったんですけど……。すぐに部屋に引きこもっちゃったし、お水を持っていっても『飲む気がしない』の一言で。それで僕、一度寝たんですけどやっぱり気になって起きちゃって、少しでも体力回復させてあげられたらいいなって思ってさっき部屋に入ったんです。そしたらベッドの上でぐったりしてて! 呼びかけてもあまり返事してくれないし、たまに苦しそうに呻いたりするんです。僕、もうどうしたらいいのかわからなくて……」
先ほどとは違う涙を浮かべてデンデは下を向いた。普段、あれほどしっかりしている彼の弱った姿は、確かに常に彼を頼りにしてきたデンデにとっては大きなショックだろう。だが、ここで話しているだけでは事態は悪くこそなれ、良くはならない。
「よし。ピッコロの部屋に行こう」
ネイルのその声に従って、長い宮殿の廊下をぞろぞろと歩き辿り着いたのは、宮殿でもかなり奥まったところにある部屋だった。扉のようなものはなく、ただ薄紫色の布が入り口を覆うように張られていて、これがピッコロの部屋なのだということを知らせている。
「あの、ピッコロさん。お加減いかがですか?」
おそるおそるデンデが覗き込むように部屋に入りそう聞いてもはっきりとした返事は聞こえない。ただ、だるそうにため息をつくだけだ。続いてミスター・ポポが入り、が部屋に入った時点でピッコロはふと表情を険しくした。だが、普段であれば聞こえてきそうな怒号は聞こえて来ない。
真っ白で、作りつけの石のベッド以外何もない殺風景な部屋に、最後の一人が入った時、ようやくピッコロは僅かながらに声を上げた。
「どうして、お前が……」
「原因はわからんが、の部屋に置き去りにされていた」
ひどく弱々しい声で問いかけたピッコロに対して、淡々と、それでいて穏やかな声で理解させるようにネイルは真実を告げた。
「どうだ? 体の調子は時間が経つにつれひどくなっているのではないか?」
続けたネイルの言葉にピッコロは小さく頷いた。そうだったのか、とその時の頭に閃いたことがあった。最初、がまったく気付かなかったネイルの姿が、夜半過ぎで透けてはいても見えるようになり、今や完全に彼の立つ向こう側の景色を見ることは叶わない。つまり、ネイルがどんどん己の体を取り戻していくに比例して、ピッコロの体力が弱っているのだ。
「原因が私であることはわかっている。しかも――私は分離する時にお前から必要以上のエネルギーを奪ってしまったようだな」
ネイルと同化した時、すでにかなりの戦闘力を誇っていたピッコロである。ましてや彼は元・地球の神とも同化している。単純に言えばネイル一人が抜けただけでここまで弱るはずがないのだ。
「この状況を変える手段は二つ。このまましばらく待って体力が回復するのを待つか、もう一度私と同化することだ。ただ、前者の場合、どれほどかかるかはわからないが、今の体力にお前が慣れるまでに時間が必要だと言うこと、そして必ずしも絶対に回復するとは言い切れないことは考えていて欲しい。同化しても、以前のお前に完全に戻れるかどうかはわからんが、少なくとも時間が過ぎるのを待つよりは即効性があるだろう。同化することに関してはもちろん、私は構わない。だが、お前はどうしたい?」
その時、ネイルの頭を過ぎったのはナメック星で出会ったあの時、ピッコロが口にした一言だ。あの時は何だかんだと言えるような状況ではなかったため、ピッコロのアイデンティティは半ば無視する形で同化へと踏み切ったが今は違う。これだけ穏やかな平和が訪れて、地球を守るだけの力を持った戦士も幾人もいる。そんな中でもまだピッコロは強さを求めて、戦うことを望んで、ただそれだけのために生きるのか、とネイルの言葉は暗に問いかけていた。
「返事をするのも辛そうだな。――ならばこうしよう。もし、お前が時が経つのを待つというのなら、指を一本折れ。もし私と再び同化する気でいるのなら手を広げたままでいろ」
その言葉に部屋の中にいた皆がピッコロの指がある方向へ注目する。だが、肝心の彼の手元はネイルの背中に隠されて見えない。それに皆がやきもきとする中、どうやら二人の間で答えは出たようだ。くるりと振り向いたネイルに、瞬間皆が息を呑む音が聞こえた。
「答えは出たぞ。私はピッコロの中に戻ることにする」
それは、予想できたはずの答えだった。ただ皆の中でのネイルという存在の大きさと、ピッコロの生来の我慢強い性格からして、もしかしたらという考えもあった。だが、もう答えは出たのだ。
「でも、ネイルさん……。せめてもうちょっと……」
ぐずぐずと鼻を鳴らしながらデンデが名前を呼ぶ。すでに彼の顔は涙でぐちゃぐちゃだ。
「ほら、泣くな。別に私はいなくなるわけではないんだ。それに、お前もピッコロの苦しんでいる姿を見続けるのは辛いだろう?」
「だけど……」
「私が長居すればするほど、それだけピッコロは苦しむことになるんだぞ。それがわからないほどお前も子供ではないだろう」
それにデンデは小さく頷いた。応えてネイルの顔がふと和らぐ。
「そうだ。いい子だ」
そう言ってデンデの頭を優しく撫でる。それはきっと、彼らがナメック星にいた頃から繰り返されてきたことだろう。やがて、ネイルの視線は、デンデの背中をさすっているミスター・ポポへと移る。
「体が大きくなったとはいえ、デンデにはまだまだ子供の部分があります。貴方の支えなしではやっていけないこともあるでしょう。それから――」と、ふとピッコロへと視線をやって。「ピッコロもまだ若造です。時には感情に走って迷惑をかけることもあるかもしれませんが……二人をどうかよろしくお願いします」
深々と頭を下げたネイルに対して、ミスター・ポポも同じくらい深く頭を下げる。そして、さらにネイルの視線はその後ろにいたを捕らえて。
「短いながら、非常に有意義な時間を過ごさせてもらった。ああやって龍族、戦闘タイプ関係なしに一人のナメック星人として話ができたのは初めてだったから、ひどく新鮮でな。楽しいと心の底から思えたのは本当に久しぶりだ。本当に、ありがとう。ああ、あと。ピッコロは言葉も態度も荒々しい奴だが、決して皆を嫌っているわけではない。ただ、己の気持ちを素直に表すのが非常に苦手な奴なんだと、他の地球人たちにも知らせてやって欲しい」
もちろんだ、と言わんばかりには力強く頷いた。それから、自分も楽しかった、と感謝の言葉を。
「では、皆も元気で……」
それがネイルの最後の言葉だった。再びピッコロへと向かい合ったネイルは、ピッコロが手を伸ばしやすいように屈みこむ。ピッコロの腕が少しずつ伸ばされ、やがてネイルの体に触れたその時、二人の体が少し光ったような気がした。次の瞬間、まるでいきなり目の前に太陽が現れたかのように眩しい光が包み込み、他の三人は思わず目を瞑る。そして――。
次に目を開けた時、そこにネイルの姿はすでになかった。ただ、先ほどよりもずっと落ち着いた呼吸で眠るピッコロを見て、皆ほっとため息をつく。
「これで、よかったんですよね……」
ふとデンデが呟く。彼も悩んだのだ。ナメック星唯一の戦闘タイプとして自分たちをいつも見守ってくれていたネイルと、地球の神としての何たるかを一から叩き込んでくれたピッコロと。二人とも大切だからこそ、二人ともそばにいて欲しかった。だが、それを望んだせいで一人が苦しみ続ける姿を見ていることもできない。
「二人ともいて欲しいなんて虫のいい話ですよね」
少し残念そうな顔をしたデンデの背中をミスター・ポポが優しく叩いた。
「ネイル、ピッコロの中で生きている。だから大丈夫」
「そうだよ。姿が見えなくなっただけで、どっかに行っちゃったわけじゃないんだから!」
「……そうですよね」
今夜、ずっとその顔を曇らせ続けていた地球の神が、今ようやく笑顔を見せる。
星が輝いていた地球の空に、東側から朝を告げる太陽の光が柔らかに満ち始めていた。
* * *
「おい、貴様! いつまで寝てるつもりだ!」
いきなりそう怒鳴られては慌てて目を覚ました。はっと声のした方を視線で探ると、ベッドの脇に額に青筋を浮かべたピッコロが仁王立ちしていて、とりあえずこれは悪い夢だ、もう一度寝たらきっと現実世界に返ってこれると信じて目を閉じ――。
「おい」そう、ドスの効いた声で呼びかけられ。「永遠の眠りにつきたくないならさっさと起きろ、くそったれ!」
ピッコロがそう叫んだ瞬間に、かぶっていた毛布を威勢良く剥ぎ取られる。それにはさすがのもむくっと起き上がり、まだ寝ぼけ眼のままピッコロに恨みがましい視線を送る。
「ひどいよ、ピッコロさん。せっかく寝てたのに」
「今何時だと思ってる! もう昼を過ぎてるんだぞ!」
「しょうがないじゃない。寝たの五時頃だよ?」
「うるさい! オレが起きろと言ったら起きるんだ!」
何そのわがまま大王っぷり、と内心思ったが、口に出したらそれこそ怒鳴られるだけでは済まない。とりあえず言うならデンデを呼んでからだ、と判断したはもそもそとベッドから降り、はあっと大きくため息をついた。
「何だ。何か言いたそうだな」
「いえね、ピッコロさんにネイルさんの百分の一でもいいから優しさがあればいいなーと思って。あ、でもネイルさん言ってたよね。ピッコロさんは気持ちを素直に表現するのが下手くそだって! うんうん。ピッコロさん、シャイだもんねー。それで私を優しく起こしてあげようと思ってもついつい怒鳴っちゃうわけね。よし、わかった」
「……言いたいことはそれだけか?」
「え?」
「とっとと飯食って帰る準備をしろ! オレは貴様ほど暇じゃないんだ!」
そう怒鳴られては慌てて部屋を飛び出した。そのまま昨晩デンデに教えてもらった通りに食堂へ。ミスター・ポポが腕を振るってくれた朝食はにとって久しぶりに『食事』といえるものであったが、彼曰く「量が少なくて物足りない」そうだ。いつも大食漢のサイヤ人たちを相手に料理を作っているだけあって、逆に一般の地球人の食事の量は難しいと言う。だが、そんな朝食も味わい半分、慌て半分で腹に詰め込んで、はそそくさと神殿を後にした。
「ねえ、ピッコロさん」
昨晩、ネイルにそうされたのと同じようにピッコロの肩に担がれ、たなびくマントを見ながらはそう呼びかける。
「ネイルさんって、本当に優しい人だね」
前を見ているピッコロは何も答えない。
「ネイルさんね、ピッコロさんのことすごく心配してたよ。それでね、私たちによろしくしてやってくれって」
「……フン」
強い風の中でもはっきりわかる、そんな声が聞こえた。
「いらん世話ばかり焼きやがって」
きっと彼は今、そうとうなしかめ面をしているのだろう。それがには見えなくても手に取るようにわかる。そして思うのだ。やはりネイルの言っていたことは間違いではないのだと。
どんどん地上が近づいてくる。そういえば、昨晩ネイルが見た景色は満天の星空とどこまでも暗く続く地平線と、たまに煌々と明かりが灯る夜の都会だった。それを見て彼は美しいと言った。地球というのは、太陽が沈んでも色に溢れた星なんだなと。そんな話を聞きながらはふと思った。こんなに上空から花火を見たらどう見えるんだろうと。打ち上げ花火は球状だから、きっと空から見ても丸く見えるんだろう。だがきっと、地上から見たそれとはまた違って見えるに違いない。
それを話すとネイルはとても興味が湧いたらしい。そして、皆で来年の夏には花火を見ようと言ったのだ。
「ねえねえ、ピッコロさん」
「今度は何だ」
「来年の夏ね、みんなで花火見よう。私と悟飯くんとデンデくんとポポさんとピッコロさんで、みんなで空の上から花火見るの。きっと綺麗だよ」
「馬鹿か貴様。デンデやミスター・ポポが神殿を離れられると思うか」
「そしたら悟飯くんとピッコロさんだけでも。最悪ピッコロさんだけでもいいや」
「何でオレなんだ。だいたい花火なんて馬鹿らしい」
「それはねえ」
が理由を告げると、今度は小さな舌打ちが聞こえてきた。でもそれが肯定の返事に聞こえてはくすりと笑った。
「よーし。そうなったら私、舞空術の練習しなきゃ!」
「フン。気も未だ十分に扱えないお前が、あと一年でマスターできたら褒めてやる」
「うわー! そしたらなおさら頑張らなきゃ!」
ピッコロさんが『褒めてやる』だって!と大笑いで言ったに、ピッコロは今度こそ、腹の底からの怒鳴り声をくれた。だが、そんなことでひるむようなではない。もうすでに心は来年の夏へと飛んでいる。
「よーし、よし。やっちゃうんだから!」
アパート裏の空き地でピッコロと別れてからもはそんな決意を固めつつ、たたっと足取りも軽くアパート正面へと回り込む。と、そこで降りてきた隣の部屋の住人と出くわした。心霊やら風水やらに凝っているらしく、以前も「幽霊がいる」と言って部屋の住人を引越しさせてしまったという相手に、は少々の苦手意識もあってあまり接しないようにはしていたが、かと言って挨拶をしないわけにもいかない。だが、軽く会釈をして通り過ぎようとしたその瞬間、彼女が言った言葉にはぴたりと足を止めてしまった。
「あの、今何て?」
「だから、除霊に行ったんでしょ。昨日の晩、あなたの部屋にいた幽霊がいなくなってるみたいだもの」
「えーっと。それって」
「いたのよ、あなたの部屋に。昨日の夜――そうねえ、八時くらいからかしら。でも朝起きたら気配を感じなくなってたから。除霊に行ったのでなければ、きっと勝手に出て行ったのね」
そうして彼女は教えてくれた。何でもこのアパートは風水的に見てあまりよくない位置に建っているらしく、『そういうもの』がよく出入りしているそうだ。
「ここって本当、聖邪に関わらず、色んなものが通るから。そのせいで変な力が土地自体についちゃって、それに引かれてついつい居座っちゃうのもいるのよ。そういやあなた、もしかして昨日、山の上の廃墟に行ったんじゃないの?」
「や、山の上ってあの観光ホテルですか? 行ったのはおとといですけど……」
がそう答えたとたん、彼女は少々当てが外れたような顔をして。
「そうなの。じゃあ、あそこから連れてきたわけじゃないのね。よかったわね。あそこちょうど鬼門に当たるから、いろいろ悪いものがたまっちゃってるのよ」
あまり興味本位で行かない方がいいわよ、と最後に言い残して、彼女はさっさと出かけて行ってしまった。いったい何だったのか。うん、やっぱりあまり関わらないでおこう、と決めてもまた階段を昇り出す。だが、パズルの最後の一ピースをはめてくれたのは間違いなくその変わった隣人で。
「ネイルさんもそれに引っ張られて出てきちゃったんだ」
きっとそうだよネイルさん、と心の中で呼びかけて、は鼻歌一つ、ポケットから鍵を取り出した。
|| THE END ||
おまけ:夏の終わりのその後で
* あとがき *
本当にネイルさんはたまりませんよ。かっこよすぎますよ。
もう、ヨダレが滴り落ちるくらい大好きです。