文字サイズ: 12px 14px 16px [April〜物体Xは新緑と共に〜]-04-

「まあ、かいつまんで説明するとそういうことなんですけど……わかります?」
 不安そうに聞いてきた孫くんに向かって私は勢いよく首を横に振った。そんな漫画みたいな話すぐ理解できるような脳みそ持ってたら、こんなにのうのうとした人生なんて送ってないわよ。もっとスーパースペシャルなこと、世界征服とかしてるわよ。だいたい、あの目の前で人が飛んだのが種も仕掛けもありませんって言うの? そんなの理解できるわけないじゃないの。理解させたいならもっとこう、科学的に立証できるような説明してよ。説明されてもたぶんわかんないだろうけど。原理とか。
「あの……」
「つまり、あなたたちは気とかいうのを使って戦ってて、ついでにその気ってやつで飛べたりもしちゃうスーパーマンってわけね」
「いや。僕はグレートサイヤマンでした」
 なに、そのダサい名前。
「そのグレート野菜とかいうのは置いといて。あなたは何とか人っていう宇宙人と地球人のハーフで、あのさっきの緑色二人は、何とか星人ってやつで、あのちっちゃい方はその星から地球を治める神として単身赴任してて、でかい方は何とか星人なんだけど、純地球産ってことでOK?」
「ばっちりわかってるじゃないですか! だいたいはOKです」
 何かしら。この、授業中に先生に当てられて、答えたら褒められちゃったみたいな感じの喜びより先に来る気恥ずかしさのようなものは。
 しかし、とんでもないことになっちゃったわけだ。そりゃちょーっと人間とは違うなとは思ってたわよ、緑マンズは。でもこの地球にだって色んな種族がいるし、別に驚くほどのことでもないじゃない。普通に地球人ですって言われてたらまだ納得できたわよ。ところがどっこい宇宙人ときたら、その時点でもう理解不能。わかれって言う方が無茶よ。でも、とにかく私は宇宙人を踏んでそいつに蹴られてその仲間に助けられちゃったわけね。あまりにも貴重な体験だわ。人生で五本の指に入るミラクルな出来事よ。
 ……うーん。人生初めての宇宙人との遭遇があんなに殺伐としたものでよかったのかしら。
「そういや私、その例の神様とやらにお礼言ってないわ」
 ついでに緑マンから謝罪の言葉ももらってないけど。でも不思議よね、触れただけで傷を治すことができるなんて。さすが神様だわ。
「デンデにはそういう能力があるんです。ナメック星人にはそれぞれ特化した能力があるそうなんですが、デンデは特にすごいんですよ。『龍族の天才児』って言われてたんですから」
「へえ、そんなにすごい子なんだ。ぱっと見は中学生くらいなのにねえ」
「遠くから一人で来て、地球の神様やってるって本当にすごいことだと思いますよ。僕にはとてもじゃないけど出来ません」
 私にだってできないわよ。そんな器じゃないけど。でも何より驚きなのは、私を派手に蹴っ飛ばしてくれたあの緑マンがそんな天才くんの後見人ってとこなのよね。何が巡り巡ってあんな性格悪そうな男があんな優しい子の後見人になったんだか。――はっ! もしかして脅したとか?
 そうよ。それはありえるわ。かわいそうに、一人ぼっち遠く離れた地球にやってきた神様デンデくんは、地球でたまたまあの緑マンもといピッコロさん――ええい。私を蹴っ飛ばした奴に『さん』付けなんていらないわ! ピッコロで十分――に出会って「後見人にしなきゃ殺す」くらいひどいことを言われたのよ。それで致し方なく後見人にしたんだわ。ねえ、そうでしょ孫くん。
「え? どこをどう聞けばそんな話に?」
「どこをって、あのピッコロって奴とデンデくんを見たらそういう風になるじゃない」
「ええ? 絶対なりませんよ!」
「じゃあ、どうなるのよ」
「ええと。それを説明するのはなかなか難しいんですが……まず、先に言っておきますけど、ピッコロさんは絶対に悪い人じゃありませんから。本当に心優しい人なんです。それだけはわかってくださいね」
 心優しいお人が初対面の女の子を何メートルも蹴っ飛ばすかしら。
「そ、それはちょっと置いといて。ピッコロさんはもともとある人の子供なんです。といっても、人間でいう子供ってわけじゃないんですけど。ナメック星人にはデンデと同じ『龍族』っていう種族とピッコロさんと同じ『戦闘タイプ』っていう種族がいましてね、龍族は自分一人で卵を産んで繁殖するんです」
「つまりその南無何とか星人は男女っていうのがない上に卵生なんだ」
「そうです。それで、ピッコロさんのお父さん、お母さんのどちらでもあるんですけど、その人はもともとある龍族と分離した人なんです」
 ここまでわかりましたか?と聞かれて私はうーんと唸ってしまった。つまりナメック星人は分身することができて、ピッコロはその片割れの子ってことね? ややこしいけど。
「そうですよー! よかった、わかってもらえて。それでですね、ナメック星人の特性なんですけど、ナメック星人っていうのは同化というのができるんですね。ナメック同士なら誰とでもってわけじゃないんですけど。それで、ピッコロさんはお父さんはもう亡くなってるんですけど、もう一人の、ピッコロさんのお父さんの片割れの人と同化したんです」
 大丈夫ですか?と目で訴えてくる孫くんに私は今度はちゃんと頷いた。人間で言うと、おじさんと同化したってとこね。分離したり同化したり、ナメック星人も忙しいわねえ。
「それで、その片割れの人っていうのが、元地球の神様なんですよ。同化した際にピッコロさんは元神様の記憶を受け継いだんで、地球に来て右も左もわからなかったデンデの後見人として、神様としての教育をしてるんです」
 ああ、そうなんだ。要するにピッコロ本人の実力じゃないってことね。
「そんなにあっさり切り捨てなくても……。デンデがあそこまで立派に神様としてやっているのは、ピッコロさんの優しさと厳しさと努力の賜物なんですから!」
 話してて気付いたことだけど、孫くんはピッコロの話をする時はやたら熱くなる。そりゃ四歳の時から修行つけてもらってて、師として尊敬してるんです!なんて目をキラキラさせてたから、あながちわからないことでもないんだけど。あのピッコロがねえ。初対面の女性を蹴っ飛ばして殺しかけちゃうような奴がねえ。――悪いけど私、かなり根に持つタイプなのよ。
「その、ピッコロさんってたまにカッとなっちゃう時もあるんですけど、普段は本当に冷静沈着なんですよ」
「つまり、今日の私はヒッジョーにナイスタイミングでその珍しい現象の恩恵に預かれたってわけね」
 だいたい、カッとして人蹴っ飛ばすって何歳よ。子供じゃあるまいし。いや、年齢不詳だけど、あの見た目から言って絶対三十五歳は越えてるわ。大人気ないわねえ。
「そ、そんな言い方しなくても……」
「だって、すごく大人気ないじゃない。まあ、言っちゃう私も大人気ないけどさ。あの人いったいいくつなの?」
「え? ピッコロさんですか? 今年二十三になるんです。あ、そういや、そろそろピッコロさんの誕生日なんですよ!」
 誕生日とかどうでもいいから。それより私のこのショックをどうしてくれるの。今年二十三ってことはエイジ750年生まれってことで、私よりたった二つ上ということに。
「ふふっ! 今年の誕生日プレゼントはもう決めてるんですけどね! あ、そうだ。よかったらさんも来ません?」
「き、来ませんって何に?」
「何ってピッコロさんの誕生日パーティーですよう!」
 た、誕生日パーティー! あのピッコロの! ちょっと「やだなあ、もう」とか言って肩叩いてる場合じゃないわよ、孫くん。何がどうなって私があいつの誕生日パーティーにお呼ばれされなきゃいけないわけ?
「ほら、祝ってくれる人は一人でも多い方がいいし、ね!」
 呪ってやる気は満々でも祝ってやる気は微塵もないわよ。そうねえ。プレゼントは超強力下剤入りのクッキーと見事本願叶えた藁人形の詰め合わせなんてどうかしら。
「ね、ね! そうしましょう! ほら、これも何かの縁ですし、ね?」
 何かって殺されかけた縁よ。
「でも、予定がわかんないじゃない? 来月ったって日にちは三十一日もあるのよ?」
「あ、ピッコロさんの誕生日はですね、五月九日なんですけど。予定あいてます?」
 ゴールデンウィーク終わってすぐじゃない! あと約二週間しかない。まずは下剤を仕入れに行かなきゃ。
 ――ん? 五月九日って何かあったような。何かが引っかかるのよねえ。五月九日が。友達の誕生日だっけ?
 その時、私は昔付き合ってた二つ上の男のことを思い出した。ああ、そういやあいつは何かにつけて口にしてたわ。「俺ってピッコロ大魔王が死んだ日に生まれたんだぜ」って。そうよ、それで頭に残ってたんだわ。ちょうど高校の歴史の授業でやった直後だったから余計に覚えてたのよ。
 なんだ。あの人と同じ誕生日ねえ。ピッコロが。――え?
 やだわ、まさかね。たまたま名前がかぶっただけよ。だってほら、よく有名人の名前つけたりする親いるし。
「あの、どうしたんですか?」
 それにしても『ピッコロ』なんて因果な名前つけるわよねえ。何もよりによってそんな名前つけなくてもいいのに。そもそも、あのでかさと顔で名前が『ピッコロ』なんて似合わなすぎて、笑えてきちゃうわよ。
「あのう……」
「あ、ごめんね。何だかピッコロって因果な奴ねえって思っちゃって」
「因果な奴?」
「だってさあ、ピッコロが生まれたのってピッコロ大魔王が死んだ日でしょ? 親御さんもすごい名前つけるなって――孫くん?」
 今度は私が「どうしたの?」って聞き返す番だった。だって孫くんってば、さっと顔を青くしたまま、まったく動かなくなっちゃったんだもの。もしかして孫くんもそんなことに今更気付いたとか?
「ちょっと、孫くん?」
「はっ! も、もうこんな時間ですよ!」
 何、この慌てぶり。怪しすぎるわ。
「ほ、ほら! もう暗くなってきちゃってるし! 家までお送りしますよ!」
 そう言って孫くんはいきなり立ち上がった。あのね。そんなに挙動不審なのに「そうね、帰らなきゃ」なんて私が言うと思う?
「ね? 帰りましょう?」
「嫌よ」
「え?」
「なーんでそんなにうろたえてるわけ? もしかしてまだ秘密があるんじゃないの?」
 しかもピッコロに関する秘密よ。敵を倒すにはまず力よりも知識ってね!
 そんなわけで私は逃げようとする孫くんにとことん食い下がって、やっとの思いでその秘密とやらを聞き出した――んだけど。正直今は聞かなきゃよかったって思ってる。
さんの言ってたアパートってあれですかね?」
 そんなことを聞いてくる孫くんに私はただあいまいに返事することしか出来なかった。もちろん、ピッコロの秘密ってやつで頭がいっぱいで。
 私、人におんぶされて空飛ぶのって初めてなんだけど、今はそんなことどうでもいいの。うん。もう今日一日で私はどんなことを聞かされても体験しても素直に受け入れられる強い女になったから。でもね。
 私が踏んづけたことをピッコロはかなり根に持ってて、あの時は突然のことで慌てたにしろ後でやたらむかっ腹が立って、今夜にでも闇討ちに来るんじゃないかって、それだけはどうしても怖いのよね。
 お願い神様。お願いデンデくん。ピッコロが夜中に出かけようとしたら殴り倒してでも阻止してみせて。私に明日の朝日を拝ませて。

|| THE END ||
→May〜忘れられない贈り物〜