文字サイズ: 12px 14px 16px [May〜忘れられない贈り物〜]-01-

 問題の五月九日はもう明日へと迫っていた。
 さて、どうしようと携帯の画面を見て考える。そもそも、私は「行く」なんて一言も言ってないんだけどなあ。でも、孫くんはすでに私もメンバーに加えてるのね。困ったことに。
 ちょうど昼間バイトが入っちゃって行けないことになった時は、これはきっとこの世で一番ラッキーなことなんだ!と思ったわよ、もちろん。だというのに。
「ああ、それなら。神殿で二次会やるんで、来て下さいよ」
 二次会まですんの。そもそも神殿てどこよ。
「ちゃんとご案内しますからね! それじゃ、六時にさんのアパートのところで」
 そんな勝手に約束を決めて、孫くんは電話を切ってしまった。――意外と身勝手なとこあるわよね。
 第一、私はあの一件以来、ピッコロには会ってないのよ。あの翌々日から大学はゴールデンウィークに入って、私は実家に帰って、正直、あんなやつの誕生日なんて綺麗さっぱり忘れてたわよ。その間も孫くんとは少しメールのやり取りをしたけど、ピッコロの誕生日については触れてこなかったし、だいたい、私があいつにプレゼントをあげなきゃいけない義理なんてないじゃない。それだっていうのに昨日いきなり「そういや、あさっての予定なんですけど」なんてメールを見て、そりゃビックリもするわ。一瞬、約束なんてしてたかなんて考えちゃったじゃないの。
 そしてさらに今日。二限で孫くんと同じ授業を取ってた私は、どういうことか二人で座ることになって、友達からの追求をはぐらかしつつ話をして、逃げ道を失ってしまった。だってねえ、目をキラキラさせながら「ピッコロさんのお誕生日をまた今年も祝えるなんて」とため息つくような男に、「やっぱり無理」なんて言ってみなさいよ。目の前で泣かれるわよ。
「手ぶらで行くわけにもいかないしなあ」
 かといって、行こうなんて気もわいてくるわけじゃないけど。嘘をついて断るのも何だか気が引けるし。ほら、ドタキャンってあまり好きじゃないのよ、だからよ。
「参ったなあ。さすがに例のクッキーはまずいし、でも何あげたらいいかなんてわかんないし」
 友達の誕生日なら、何をあげようかなんてすぐ決めてしまう。そういえばあの子はこんなものを集めてた、あの子はこんな感じの服が好き、って具合に。でもね、たかだか一回会っただけ、しかもほとんど話もしてないような奴の好みなんてわかるはずないじゃない。
 ついさっき完成したばかりの、今日提出のレポートでパタパタあおぎながら、そう考えて。
「こうなったら、歩くピッコロ大辞典に聞いてみよっと」
 バッグを抱えて図書館から抜け出すと、私はこないだメモリーに突っ込んだばかりの電話番号を探し出した。

* * *

「もちろん、お付き合いします!」
 電話口でそう元気に答えられてから十分。無事レポートを提出した私と孫くんは正門で待ち合わせをした。
「すみません。何か余計な気まで使わせてしまって……」
 顔を合わせたとたんそう言って詫びてきた孫くんには気にすることないと伝えて、正門を出てすぐ左の路地へ。もちろん、ここから市街地まで一発ぽんと飛んでいくつもりよ。まあ、私が飛ぶんじゃないけどね。
「ここまで来たら大丈夫ですよね」
 辺りに人影がないことを確認した孫くんに抱えられて、私たちは一路、ここら辺で一番大きなショッピングセンターへ向かった。そこに行ったら、そんな大それたものでない限りたいていのものは手に入るもの。それにしても空が飛べるって便利よねえ。電車で二十分かかる場所がたったの五分。気だか何だか知らないけど、あんまり風も受けないし。素晴らしいわあ。
 回転ドアを抜けて入った建物の中は、午後のひと時を満喫する主婦の皆さんと、走り回るお子様たちと、それからまったりと老後を楽しんでる風なご夫婦がまばらにいるだけ。あまり若者がいないのは元からだけど、平日昼間というだけで、ここまで変わってくるものなのね。
「それで、あのおっさんは何が好きなの?」
「おっさん?」
「ピッコロよ、ピッコロ。あいつの誕生日プレゼント買いに来たんじゃない」
 そこまで言ってようやく、孫くんは「ああ」ととぼけたような声を上げた。「ああ」じゃないわよ、「ああ」じゃ。じゃなきゃ一人暮らしのこの私が、わざわざ出費を覚悟するわけないじゃない。
「おっさんって誰のことかと思いました」
 私より二つ『も』上の奴をおっさん呼ばわりして何が悪いのよ。人を蹴っ飛ばすような奴を「お兄さん」なんて言ってたまるもんですか。
「ピッコロさんはね……困りましたねえ」
「困るって何が」
「それが……」
 そこで私はピッコロの秘密・その何番目か忘れたけど、新しい秘密を知ることとなった。まず、食べ物はダメだってこと。ただ、ナメック星人は生きていく上で水しか必要しないのだと聞かされても、別に驚きはしないわ。だって宇宙人ってきっと私の想像を超えてるんだもの。そんなのがいても不思議じゃない。それよりも困ったことは、適当なプレゼントを選ぼうにも食べ物はNGっていうことなのよね。
「しかも、あまり何かを欲しがることもなくて。僕も毎年いろいろ考えてるんですけど、難しいんです」
「じゃあ、今年は何あげるの? もう決めてるって言ってたけど」
「それはまだ秘密です」
 笑いながらそう言われても、こっちのものとかぶったら困るからと返したらその心配は無用だと。何をプレゼントするのかしら。気になるわ。いや、それよりも今は私のプレゼントよ。何が欲しいっていうのもなく、食べ物も特にいらない。そんな奴に何を渡せばいいのよ。……しかも、あまり高くない範囲で。そうよ。財布の中には一万ゼニー入れてるけど、これを半分でも使う気はさらさらないわ。
 まず浮かんだのはコップ。でも、とそれを打ち消す。ピッコロだって、さすがに川に直接口つけて飲んでるわけじゃなし、神殿なんてところにいるんだから、コップの一つや二つくらい持ってるでしょうね。それどころか、妙なコレクターだったりして。やだ。想像したら笑えてくるわ。
 次に思い浮かんだのは洋服。だけど、あの人に合う洋服なんてあるのかしら。
「えっと、孫くん。ピッコロって身長何センチあるの?」
「いや、はっきりとはわからないですけど、二メートルくらいあると思います」
 二メートル。そりゃ想定の範囲外だったわ。そもそも、それは男性もので言ってどのサイズなら何とか入るサイズなのかしら。まずLLは余裕で超えてるよね。しかも、マントの下から出てたあの太くて長い腕。あの腕の入る洋服って、この建物の中にあるのかしら。
 そんなことを考えて、男性ものの階に踏み込んだとたん、孫くんも珍しそうにきょろきょろしていた。何か欲しいものでも見つけたの。
「すごいですよねえ。こんなに色んな服が売ってるなんて」
 もしかして、自分でお買い物したことないの?
「いえ、そういうわけじゃないんですけど。僕はたいてい、Tシャツとズボンだけですから」
 そういえば孫くんもあまり格好には拘らない方みたいで、いつも(と言ってもしゃべるようになってからの見解だけど)同じような服ばかり着てる。別に一緒に歩くのが恥ずかしくなるほど変な格好はしてないからいいんだけど、彼女は何か言ったりしないのかな。あれ、そういや孫くんって彼女いるんだろうか。――意外と超絶美人の年上彼女とかだったりして。母性本能くすぐられるとかそういう理由で。
「そういや、孫くんって彼女いるの?」
 思い切り直球で疑問をぶつけた私に、孫くんは「何をいきなり」と心底驚いた顔をくれた。
「ふと気になって。孫くん、彼女とこういうとこで買い物したりとかしないのかなって」
「ああ、そういうことですか。そんな、お付き合いしてる人なんていませんよ。だいたい、付き合っても、あまり時間取れないし」
 色恋沙汰より勉強の方が大事なのね。今時いるのね、そんな人。
「じゃあ、今まで付き合ってきたことは?」
「二人ほどいましたけど、フラれちゃいました」
 あら、意外。てっきり彼女いない歴=年齢だと思ってたわ。孫くんが言うには、高校時代に付き合った子がいたことはいたけど、通学時間と勉強でほとんど会うこともできず、相手からさっさとサヨナラされたらしい。
「大切には思ってたんですけど、勉強と両天秤にかけられても、そんなの選べるわけないじゃないですか」
 うんうん。いわば「仕事と私とどっちが大切なの」って聞かれるようなもんだもんね。確かに選べるわけない。けど、その調子じゃ再び彼女が出来る日は遠いかもね。
「だから出かけたこともほとんどなくて。こういうとこ自体、あまり来ないんですよね。お母さんの買い物に付き合って来ることはあるんですけど」
 と、そこで孫くんは一回言葉を切った。そして、顔ににっこりと笑顔を浮かべて。
「そういえば昔、もう十年以上前ですけど、一度ピッコロさんとこういうとこに来たんです! 楽しかったなあ」
 ちょっと。いきなり思い出の世界にトリップするのはやめて。しかもまた『ピッコロさん』。本当にこの子、あいつのことが好きねえ。
「三年ほどピッコロさんがうちに住んでた時期がありましてね、その時にお母さんの買い物手伝って三人で来たんです。それでその時にお母さんが『ピッコロさにも、その辺うろつけるような服買ってやらなきゃな!』って探してくれたんですけど」
「サイズがなかったとか、そこら辺?」
「そうなんです。ピッコロさんってすごく背が高いでしょ。何軒か店のぞいたんだけど、一番大きいサイズでも合わなくて。ピッコロさんはね、そんな服はすぐに出せるからいらないって言ってたんですけど、お母さんがどうしてもって言って。結局、ビルの中のお店全部見たんだけど、見つからなかったんですよ」
 あの時は悔しかったなあ。そう言って孫くんはようやく現実世界に帰って来た。でもきっと、頭の中ではその時の映像がぐるぐる回ってたりするんだわ。――ん? 『出せる』って何。もしかしてあいつ、ちゃんとした服持ってるの? ププッ。どんな服着てるのかしら。
「僕ね、いつかピッコロさんが人の目を気にせず、町中を歩けるようになったらいいなって思うんです。でもやっぱり、ピッコロ大魔王の恐怖って完全に消えたわけじゃないから、何も変装しないで歩いて回るっていうのは難しいかもしれないんですけど。それでもやっぱり、ちょっとずつマシにはなってると思うんです。
 なのにピッコロさん、必要以上に人の目を避けてるんです。人間と同じ服を着ても、何かの拍子に自分の姿がピッコロ大魔王に似てるってわかったら、みんなが怖がるだろうって。パニックになるだろうって――ピッコロさん自身がやったことじゃないのに、そうやっていつもほとんど人間がいない場所にばかり行きたがるんです」
 ああ、大魔王の子供っていうのもいろいろ大変なのね。犯罪者の子供が、自分は悪くないのに引きこもってしまうのと同じ感じかしら。自由に町も歩けないっていろいろ不便そうよねえ。
 ふとそこで、いい考えが浮かんだ。そうだ。ちょっとでも相手が必要そうなものを贈ればいいのよ。それがプレゼントの基本じゃない!
「ちょっと待ってて!」
 私は孫くんを吹き抜けのベンチに押し付けて、目に入った店へと飛び込んだ。

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