文字サイズ: 12px 14px 16px [May〜忘れられない贈り物〜]-02-

「えと、二メートルの方ですか?」
「そう。これ、二メートルの奴でもいけると思います?」
「一応伸びるから大丈夫だと思うんですけどね」
 ほらって広げてみせてくれたけど、ピッコロ本人がいないからわからないわよ。
「店長が帰ってきたらちょっとはわかると思うんですけど……あ!」
 頼りない店員さんがぱっと顔を明るくして、思わず私が振り返った先には、クマとも雪男とも言えそうな、何とも形容しがたい感じのおじさんが立っていた。しかも、こう言っちゃ失礼だけど、かなり顔がでかい。なりもでかい。こう、巨大な四角形を重ねた感じね。
「あの、店長」
 そう言ってさっさとそちらへ行ってしまった店員さんが、いろいろと話してるみたい。あまりはっきりとは聞こえないけど、そのたびに店長さんはうんうんと頷いて、やがて待ってる私のところへやってきた。
「どうもお待たせしました。で、二メートルの人っていうのね、よほどのことがない限り、いけると思うんだけどねえ」
 だってほら、と私が見てる前で合わせてみてくれる。うん、確かに大丈夫そうだわ。そもそも、この人でも余裕で180cm越えてるし。
「本当は、ご本人がいたらいいんだけどねえ」
「あの、それはちょっと……」
「プレゼントか何か?」
「ええ、まあ。そういうところで」
 適当にお茶を濁した私に向かって、店長さんはとたんに白い歯を見せてにっと笑った。
「もしかして、彼氏へのプレゼントとか?」
 彼氏? えと、何のこと?
「プレゼントをこっそり買って驚かせてあげたいんだろう? 彼氏もこんなかわいい彼女持てて幸せだねえ」
 ちょちょっ。ちょっと待ちなさいよ、おっさん。なーんで私があんなのの彼女呼ばわりされなきゃいけないのよ! 確かに私、背の高い人ってどちらかというと好みだけど、あれだけはパス! ああ、この誤解を解かないと。
「え? 彼氏じゃないのかい? なら、あれだろ! 好きな人に渡して告白とか」
 余計悪くなってるー! ありえない。何が悲しくて、私がこの貴重な恋心をよりによって、あの緑色でばかでかくて性格最悪の、触角の生えてる大魔王の息子なんて危険因子に抱かなきゃいけないの。ちょっと待って。本気でめまいがしてきた。だいたいねえ、ちょっと踏ん付けただけで、しかも保護色になっててわかんなくて踏んじゃったのに、それで人を蹴り殺そうとする奴に惚れる女なんて、この地球上どこを探してもいないわよ。それを抜きにしてもよ。人が転んでんのに、頭鷲掴みにして安否確認するような奴になんて、絶対、一生、万が一でも惚れたりなんてしないわよ。私が好きなのはね、もっとインテリでスマートでスーツがびしっと決まるような人なのよ。
 ああ、なんかどうでもよくなってきた。そうよ。どうでもいいのよ、あんな奴の誕生日なんて。何で私がお祝いしてあげなきゃいけないのよ。なんであんな奴にプレゼント渡して「お誕生日おめでとう」なんて言ってあげなきゃいけないの。馬鹿馬鹿しい。
 もうヤメヤメ。プレゼント選びなんてやーめた。そうとなったらこんな店にも用はないわ。さっさと帰って――。
 そこで、振り返った私の目に、ベンチからこっちを見てる孫くんの姿が見えた。ううん。たぶん、商品の陰になって私の姿は見えないんだろうけど、こっちを見てる。
 とたんに、さっきの話が頭の中に蘇ってきた。
「おや、あれが彼氏かい?」
 ちょっと。今度は孫くん?
「いや、あの人はついてきてもらっただけで……」
「そうだよなあ。確かにかなり立派な体格はしてるけど、二メートルもあるって感じじゃないしなあ」
 そうだってわかってるんなら言わないでよ。
「あの、それより」
「ああ、これね。このカラーでいいかい?」
「いえ、そっちのオフホワイトのを」
 私が指差したのはマネキンに飾られていたのとは別の色で、それを手に取った店長さんの「プレゼント用でいいんだよね?」という質問に頷く。……そうよね。いつも寂しい思いしてるみたいだし、こんな時くらいお祝いしてやっても、なんて。私もまだまだ甘いわよねえ。
 結局、包装代をおまけしてもらって、私は小さな紙袋を片手に店を出た。この店、いつか潰れるんじゃないかしら、なんていらない心配もしつつ戻ってきた私に、孫くんの顔がぱあっと明るくなる。
「ねえ、何買ったんですか?」
「それは秘密よ」
 だって、孫くんも教えてくれなかったじゃない。私だけ言うなんてフェアじゃないわ。それより。
「孫くん、おなか減ってない?」
「そういえば減りましたね」
「上にちょっといいお店あるんだけど、今からどう?」
 実はかなりお気に入りのレストランなのよね。ここに来る三回に一回は入ってるかもしれない。すごくリーズナブルだし、味もいいし、メニューも多いから飽きないし。こんな田舎にあんな素敵なお店ってことで、いつ来ても並んでるんだけど、今日は平日の午後だから少しは早く入れるかも。
 わくわくしながらエスカレーターを上がって右に三軒目。お目当ての店は、休日の混雑が嘘のようにしっとりとした雰囲気をかもし出していた。
「わあ。きれいなお店ですね」
「そうでしょ。雰囲気も落ち着いてて、すごく居心地のいい店なのよ」
 大学でも裏でけっこう評判の店なんだけど、孫くんは……知らなさそうね。ここ来たのですら初めてみたいだし。
 開かれた白い木のドアをくぐるとすぐに店員さんがやってきて席へと通してくれた。外の白と青で作られた爽やかな雰囲気とは違って、店内はオレンジ色の暖かな照明が外の喧騒なんて忘れさせてくれる。その一番奥の、上から薄いカーテンが天蓋ベッドのように吊り下げられたテーブルに孫くんと二人、すとんと腰を落として。ここ、私が一番好きな席なんだ。普段はいっぱいで座れないことも多いけど、やっぱりすいてるといいことあるもんね。ラッキー。
「さあ、食べるわよー。昼抜きでレポートやってたからもうおなかすいちゃって」
 もう六時近いから、ここで晩ご飯済ませちゃってもいいな。そしたら、こないだ断念したパスタセットにでもしよう。
「そういや、孫くんは休み中にレポートはなかったの?」
「いや、ありましたよ。三つですけど」
 み、三つもこなしてたと言うの。さすがねえ。私なんて一つだけで、それすら忘れてて、今日必死でやったのに。
 私が内心驚いてるとは露知らず、孫くんはメニューをなぞりながらいろいろ悩んでるみたいだった。あれもこれも、と指差す仕草は、まるで子供がお母さんと一緒に出かけた先でレストランに入って、あれも食べたいな、でもこれもっていそいそと選んでるみたいでかわいい――って、何で私がお母さんなのよ。
「よし、これでいいや。あの、さんは決まりました?」
「うん。私はもう決めてるよ」
 それじゃ、と手を上げて店員さんを呼んでくれる。うーん、気が利いてるじゃない。待ってましたとばかりにやってきた女の子に私は自分のメニューを告げて。
「えと、僕は。パスタセットと、ハンバーグセットと――」
え? ハンバーグもセットなの?
「それから、若鶏の粗塩包み焼きと、ベシャメルコロッケで。あ、パスタはパンチェッタとほうれん草のペペロンチーノでお願いします」
 ちょっと。そのベシャメルコロッケってかなり多いわよ。若鶏の包み焼きだって、セットのメイン料理になってるものだし。
「あの、孫くん」
「何ですか?」
「あの、ここってけっこう量多いわよ。セットのパンだって結構大きいのが二つついてくるし――」
 ねえ、と店員さんに目を向けると、彼女も困ったようにこくんと頷いた。
「ベシャメルコロッケはこれほどの――」そう手で大きさを作って。「これほどのものが、三つとなっておりますが……」
「あ、それなら結構ですよ」
「は、はい。それではご注文を繰り返させて頂きます。ハンバーグセットがお一つ、パスタセットがお二つ。パスタはそれぞれカルボナーラがお一つ、パンチェッタとほうれん草のペペロンチーノがお一つ。それから若鶏の粗塩包み焼きがお一つでよろしいですね?」
「それからベシャメルコロッケです」
「え、あ、はい。それからベシャメルコロッケがお一つ。以上でよろしかったでしょうか?」
 ええ? さっきの「結構です」は「いりません」って意味じゃなかったの? いや、コロッケなくてもかなりの量なんだけど、本当に食べきれるの? そりゃ、孫くんは体格もいいし、そういう体育会系の体した男の子ってこっちがビックリするくらい食べるけど、それはちょっと頼みすぎなんじゃないかしら。
 そして数十分後。それはただの杞憂に過ぎなかったってことを、目の前で次々と皿をあけていった孫くんが証明してくれた。私ね、けっこう食べる人も見てきたけど、彼の右に出る者にはこの先、出会えないんじゃないかしら。それくらいすごい。すごいというよりヤバい。彼の胃はいったいどういう構造になってるの?
「ここ、本当においしいですね」
 そうやってにこっと笑われても、返す私の顔は自分でもわかるくらい引きつっている。正直言って、彼のは「大食い」なんてものじゃない。それだというのに彼はとんでもないことを口にした。
「これで、家に帰るまではおなかが持ちそうです」
「い、家に帰るまでって?」
 まさか、家に帰ってからさらに何か食べるつもり?
「家に帰ったら晩ご飯ありますし。普段はお母さんの作ってくれた弁当で何とかやり過ごすんですけど、本当はこの時間っておなかがすいてたまらないんですよね」
 ……この人は、家に帰ってからさらに晩ご飯を食べるつもりなの? これはあくまで晩ご飯までのその場しのぎってことなの?
「まあ、驚かれるのは仕方ないですけどね。サイヤ人ってどうも地球人と食べる量が違うらしくて」
 そういうことなんだ。それで、こんだけ食べても平気な顔してるのね。でもそれって、サイヤ人はめちゃくちゃ燃費の悪い車みたいなもので。
 私は初めて彼と会った時に言われた「うちはお金持ちじゃない」っていうのを思い出した。そりゃこんだけ食べるのが三人もいたら、どんな金持ちでもエンゲル係数がとんでもないことになるに決まってる。むしろ、孫くんのところは本来なら相当なお金持ちなんじゃないかしら。じゃないと、こんな人養っていけない。それに比べたら、水しか飲まないナメック星人は経済的よね、とそんなことを頭の端で考えながら、ちらりと視線を横に移す。
 あいたイスの上には、私のハンドバッグとさっき買ったばかりの紙袋。その中に茶色い包装紙で包まれたプレゼントがある。
「ピッコロさん、きっと喜びますよ」
 まるで私の心を見透かしたように孫くんがそう言った。馬鹿ね。私がわざわざ選んであげたプレゼントなんだから、喜んでもらわなきゃ怒るわよ、なんてね。

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