文字サイズ: 12px 14px 16px [May〜忘れられない贈り物〜]-03-

 今日は朝から授業、昼からアルバイト。そして今、私は自転車を全速力で漕いで、アパートへと向かってる。約束の時間まであと四十分。その間に、さっとシャワー浴びて化粧し直して、準備しないといけない。ああ、何で私っていつもこうギリギリ行動なのかしら。「もっと余裕を持った行動を」って小学校の時から通知表に書かれてきたはずなのに。
 階段を一段飛ばしに駆け上がり、慌ててバッグから鍵を取り出す。ああ、もう。こういう時に限って、鍵穴にすっと入らない!
 焦りと苛立ちがない交ぜになるのを必死に宥めながら、部屋に駆け込んだ後は、それはもう自分でも驚くほど素早い行動だった。化粧だって、あんなに素早く綺麗にできたのは初めてじゃないかしら。人間、何でも集中すれば素早く、丁寧にできるものね。
 鏡でもう一度自分の全身をチェックして、必要最低限の物が入った小さなポシェットをかける。右手にはもちろん、昨日買ったばかりの紙袋。よし、準備万端だわ。
 戻ってきた時が嘘のように、ゆったりと階段を下りると、ちょうどそこに真正面からすごい勢いで走ってくる孫くんの姿が見えた。ちょっとそれは飛ばしすぎやしないかしら。普通の人が見てたら腰抜かすわよ。
「あ、さん!」
 遅くなりまして、と言ってはあはあと荒い息をする彼に、持っていたペットボトルを差し出すと、彼はあっという間に中身を全部飲み干してしまった。あ、開けたてだったのに……。
「とりあえず、ここは目立つので移動しましょうか」
 一息ついた彼に連れられて歩くこと十数分。ようやく人気のない場所まで来たところで、当然のように肩に担がれてすっと上昇する。有難いことに荷物は孫くんが持ってくれてるから、何かを落とすって心配はないんだけど、どうもこの格好は切ないのよねえ。まあ、元はといえば、孫くんがせっかく持ってきてくれた筋斗雲に私が乗れなかったからなんだけどね。
 あの時はちょっと傷ついたわよ。孫くんが「きっとさんなら乗れますよ!」って差し出してくれたのに、雲を踏むことすらできないじゃない。その時孫くんがふと「おかしいな。心が清かったら乗れるのに……」って呟いてはっと顔を上げて。その時の気まずさったらなかった。そりゃ私だって別に清らかだとは思ってないけど、それほど汚れてもないと思ってたわけ。それが何の偶然か、あんな黄色い雲で判定が出てしまうなんて。きっと私、死んでも天国には行けないわ――って。
「ちょ、ちょっと待って」
「どうかしましたかー?」
「あの、ちょっといつもより、高くない?」
 そう。普段なら町がちょっと小さく見える程度に飛ぶだけなのに、今日はやたらとぐんぐん上がっていて、もうそろそろ雲に突っ込んでしまいそう。こんなに高く飛んで、大丈夫なのかしら。
 それだというのに、孫くんは大丈夫だって言う。何でも神殿とやらは、この雲を突き抜けてさらに上に行ったとこにあるって。ピッコロってばとんでもないとこに住んでるじゃない。常に天空から地上を見て「人がゴミのようだ!」なんて言ってるに違いないわ。ああ、性格悪いったらありゃしない。
 そんなことを考えてる間にも、高度はどんどん上がって、気が付けば私と孫くんは雲の上へと出ていた。そこからは少し緩やかに上昇しつつ、真っ直ぐ前進してしばらくいった頃、急に孫くんが「あっ」と声を上げる。
「何? どうかした?」
「神殿が見えて来ましたよ」
 どこよ。全然見えないじゃない、と答えようとしたその時、目の前に白っぽいお椀のようなものが見えてきた。まさか、あれが神殿?
「もしかして、あの白いのがそう?」
「そうですよ。ああ、悟天もトランクスくんもいるな。僕が一番最後かな」
 孫くんは私を迎えに来るために一次会の最後で抜けてきたらしいけど、他のメンバーはみんな、先に神殿に行ってるんだって。とはいっても、一次会の全員が来るわけでもなく。
「あ、兄ちゃん!」
 真っ先にこっちに手を振ってきたのは、孫くんによく似た男の子だった。ってことは、あれが話に聞いていた弟の悟天くんね。となると、その横でぴょこぴょこ跳ねてる同じ歳くらいの男の子は、その友達のトランクスくんかしら。確か、あのカプセル・コーポレーションの御曹司だとか。そんな風には見えないけどなあ。御曹司って言うんだから、もっと「坊ちゃまです」って感じの格好をしているかと思いきや、そこら辺にいそうな男の子とまったく変わらないんだけど。
 続いて視線を動かして――いた。ああ、いたわ。本日二十三歳になったばかりの宇宙人が。二十二歳が終わる頃に人を蹴っ飛ばして殺しかけた宇宙人――いいわ。今日はとりあえず忘れといてあげる。
「わあ、さん! いらっしゃい!」
 神殿に到着した私にぱたぱたと走り寄ってきたのは、ちっちゃい緑色、もとい神様デンデくんだった。
さんが来られるって言うんで、昨日は眠れませんでしたよ!」
 そして「飾りだって、ほら!」と言いながら、真っ白な建物の方を指差した。その入り口にはご丁寧にも、色とりどりの紙で作られた飾りが飾ってあったんだけど。いや、それは私のお迎え用じゃなくて、ピッコロのお誕生日用なんじゃないの。ほら、デンデの横にいるピッコロの顔がどこかきつくなってるじゃない。ああ、きっとこの人は私の来訪をさほど喜んでないに違いないわ――って、よくよく見たら、見てるのは孫くんの方なのね。子供二人に囲まれて楽しそうにしゃべる孫くんを見てる視線がどこか怖いような、それでいて切ないような。もしかして、愛弟子を小学生二人に奪われてヤキモチなのかしら。ちょっと、しっかりしなさいよ大魔王。
「ほらほら、二人とも。ちゃんと挨拶しなきゃだめだぞ」
 いつもの頼りなさはどこへやら。孫くんは話を適当に切り上げて、二人を連れて私のとこまでやってきた。やっぱり自分の弟たちを前にするとお兄ちゃんらしくなるのね。
「初めまして、トランクスです!」
「ご、悟天です。兄ちゃんがいつもお世話になってます」
 そう言って二人はぺこりと頭を下げた。まあ、なんてきちんとご挨拶のできるお子様たちなの! こないだ、電車の中でぶつかった挙句「バーカ」って逃げていったクソガキととても同じ小学生には見えないわ。こっちも自然に顔がほころんできちゃう。
「初めまして。孫くんと同じ大学に通ってるって言います。どうぞよろしくね」
 そう返したら二人は子供らしくぱっと顔を明るくして。
「それで、さんは、悟飯さんのカノジョなの?」
 は? 誰が? 誰が誰の『カノジョ』?
「違うよ、トランクスくん。兄ちゃんはモテないもん。ピッコロさんのカノジョなんでしょ、ね?」
 あーん。何を言うてるんかいのう、この坊ちゃんどもは。あんたらの思考回路は、あの店長のおっさんと同じなのかしらん。私と彼らの殺伐とした出会いのことを知らないとでも言うの。ええ? あんたたちの大好きな「兄ちゃん」とやらはどんな説明をしてんのよ。
「何言ってんの。こんなやつ――」
「『カノジョ』とは何だ?」
 その言葉に私ははた、と止まった。ええ? カノジョって何か知らないの?
「ピッコロさん。カノジョって言うのは、恋人として付き合ってる女の人のことだよ」
 根絶丁寧にそう説明したトランクスくんに対して、ピッコロはようやく合点がいったように「フン」と口の端を吊り上げた。
「いわゆる恋愛と言うやつか。だが、例えそんな感情があったとしても、こんな女とは付き合わん」
 ……言ったわね。私より先に言ったわね。何で私がこんな緑色にこんな女だの、付き合わないだの偉そうに言われなきゃいけないわけ? 私の方こそ願い下げよ。何で、あんたが私より先に断言しちゃってんのよ。
 ああ、もう頭来た。ビシッと言ってやるわ!――と思って、キッと睨んでやろうと視線を寄越すと、ピッコロはすごい顔でこっちを睨んでた。あのう。正直気絶しそうなほど怖いですよ、あんたの顔。ちょっとは自覚して。年頃の娘さんを見る視線じゃないって早く気付いて。
 だけど、ここでひるんだら女が廃る。そう心に決めて、斜め上四十五度で私の中で最上級の睨みをくれてやったわ! でも、ものすごく怖い。膝が震えてきそうだわ。
「あ、あの。お二人ともそんな怖い顔しないで」
 誕生日なんだし、ね?と間に割って入ってきた孫くんに引き剥がされて、ようやく私は神殿の中へ、ピッコロはおちび二人に連れられてそのまま外の方へ。ああ、ありがとう孫くん。あと十秒あのままだったらきっと、私立ったまま気絶してたと思う。
 あら。そういえば、あの馬鹿野郎にお祝いの言葉あげるの忘れてたけど。ま、いいか。

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