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[May〜忘れられない贈り物〜]-04-
二次会というからどんなに羽目を外したものかと思ったら、騒がしいのは一部だけで、残りはしみじみと思い出話をする場だったみたい。
「それで、ナメック星でピッコロさんが――」
「僕がピンチになった時に颯爽と駆けつけてくれて――」
先ほどから小さなテーブルを囲んで、私と孫くんとデンデくんで延々そんな話。もちろん私は聞いてるだけ。すぐ側にいるミスター・ポポさんって神様の世話係さんが、カップが空になるたびに、おいしい紅茶を注いでくれる中、話題の本人はといえば、テラスから離れたところで、悟天くんとトランクスくんのおチビさん二人組相手に何やかんやとじゃれあってるように見えるけど、実際には修行をしてるらしいわ。そうは見えないけど。
結局、二次会は孫くんとデンデくんの『ピッコロさん秘話』に終始した。これは本当に誕生日会の二次会なの? あの緑はまだ外で子供二人を従えて座禅なんてやってるわよ。ああ、こうやって上から見てると、ちょっとした青空教室みたいで微笑ましいんだけど、先生がアレだからねえ。
ふとその時、ピッコロが立ち上がった。何をするのかと思いきや、目の前に座っていた二人を両脇に抱え上げてそのままこっちに向かってくる。まったく、何も怒ってなくても怖い顔してるわね。
「おい、悟飯」
「あ、ピッコロさん。二人とも寝ちゃったんですか」
二人とも大騒ぎしてたからなあ、なんて孫くんの言葉にふと視線を落とすと、テラスの外、宙に浮いたままのピッコロの脇に抱えられて二人はすうすうと安らかな寝息を立てていた。よくそんな場所で寝れるわね。二人揃って将来大物になるわよ。
「そろそろ家に帰した方がよくないか」
「そうですね。さんはどうします?」
どうしますも何も、孫くんがいないと帰れないじゃない。そんなに話すこともないし、もう帰るわよ。
「じゃあ、まずさんを送ってきますね。それから悟天たちを……」
「いや、こいつらはオレが送っていこう」
「あ、そうですか。すみません」
よかった。もしここに残れなんて言われたら、私は泣きながら抗議するわよ。とにかくこれで孫くんとの約束も果たせたし、明日からは平穏無事な生活が帰ってくるのね。
じゃあ、帰りましょうかと孫くんに促されて私はデンデくんとポポさんにご馳走様と告げて、立ち上がった。今から帰ったらあの番組見れるわ。予約してきたけど、それまでについたら消して、そのまま見ちゃおう。
「。忘れ物だ」
なあに、ポポさん。私はこのポシェット一つで来た――ってその紙袋は。
「ああ、そうだ。さん! せっかく買ってきたんだから!」
孫くんまで余計なこと言わないでよ。いい感じに忘れてたのに。どうしてこんな時になって、みんなそんなことに気付いちゃうの。もう、これはデンデくんへのお近づきのしるしにしてしまおうかしら。でもサイズがなあ。デンデくんだったら明らかに大きすぎるし。
「聞いてください、ピッコロさん! 実は昨日さんがですね、ピッコロさんの誕生日プレゼントをですね!」
「な、何?」
「さん、ピッコロさんのためにプレゼントを用意してくださったんです!」
もうこれ以上は止めて。恥ずかしすぎて今すぐこの神殿から飛び降りてしまいたい。これは何かの罰ゲームなの? もしかして、私が一次会に出なかったから、それに対する罰ゲームなの?
あの、もうプレゼントなんて忘れましょうよ、みんな。そうよ。プレゼントなんて元からなかったのよ。
なんてことを頭の中で必死に訴えていたんだけど、ピッコロがぽつりと呟いた一言に、一瞬思考が止まる。
「そんな奴からのものなどいらん」
いらん? この私が汗水流して稼いだ生活費を削ってまで買って『あげた』プレゼントを「いらん」?
はあ? あんた、ふざけてんの? このプレゼント買うためのお金稼ぐのに私が何時間働いたと思ってんの? 何回お客に頭下げたと思ってんの? あんた、そんな苦労も知らないで「そんな奴からのものなどいらん」なんて、なーにカッコつけて言っちゃってんの? あのね、これ買うお金でどれだけ私が食いつなげると思ってんの。最低三日は食っていけるのよ。あんた、私の三日分の食事を犠牲にして買ったこれにそんなこというわけ? 人様が好意で用意したものに「いらん」なんて常識なさすぎよ。例え本当にいらなくても、そこはぐっと抑えて適当に濁すのが礼儀ってもんでしょ? 二十三になってそんなこともわかんないなんて、あんたどうかしてるわよ。もう一回、幼稚園からやり直しなさいよ、馬鹿!
ああ、ほんっっっとーに腹立つわ、こいつ。もう怒りが収まんない。本当にムカつく――!
「ふっざけんじゃないわよ、クソッタレ!」
気が付けばそんな言葉が口を飛び出していた。そして、それがまるで合図だったみたいに辺りはしんと静まってしまって。何か視線を感じると思ったら、目を覚ました悟天くんとトランクスくんが驚いたような顔でこっち見てるじゃない。……いや、こっちを見てるのは二人だけじゃないわ。この後ろや横からびしばしと感じるこの視線は、もしかしてデンデくんやポポさんや、孫くんだったりするのかしら。
「あ……さん……」
デンデくんの震えた声が「なんて命知らずな」と聞こえたように思えて、はっと自分の手を見る。えっと、私の手はポポさんから奪い取った(らしい)紙袋を鷲掴みにしてて、そのくしゃくしゃになった紙袋の先にあるのは、えーっと。ピッコロの、顔?
疑問形も何もそこにあったのは、ばっちりしっかり紙袋を押し付けられたピッコロの顔で、それをしかと確認して、私はさっと青ざめた。でも後の祭り。ずるりとずれた紙袋の先に見えたのは、それはもう素敵なくらい額に青筋を浮かべた大魔王の息子の顔で。
「な……何をしやがる貴様ァァァァァ!」
そんだけ腹の底から声出して清々しそうでらっしゃいますね、大魔王さま。ああ、お父さんお母さん。先立つ不孝をお許しください。
* * *
あの後、孫くん悟天くんトランクスくんの三大ハーフサイヤンの皆様のおかげで、私は何とか無傷で神殿を旅立つことができた。もうね、今まで色んな人の誕生日に呼ばれたけど、あれほど死を予感した誕生日会はなかったわね。きっとこれからも一生ない。断言できるわ。
そんな恐怖の誕生日会から早一週間。まるで当然のことのように、今日もまた私の隣に座ってきた孫くんは、わからない方がおかしいってほど浮かれていた。えっと、これは一応礼儀として「どうしたの?」って聞いておいた方がいいわね。
「それがですねえ」
聞いたとたん、孫くんはデレデレと笑いながらその理由を教えてくれた。曰く「今日は、ピッコロさんとお出かけするんです!」だそうで。もう、その名前は聞きたくない。
「さん、ピッコロさんに白いニット帽贈ったでしょ。しかも中のメッセージカードに、僕が話したこと書いたらしいじゃないですか」
もう、照れますよってバシバシ肩を叩いてくるこのお兄さんは、ちょっとばかり力加減を忘れてるんじゃないの。
えとね、つまり。別に私はピッコロを喜ばせようと思ってあれを贈ったわけじゃないのよ。それをピッコロがかぶって孫くんと出かけることによって、孫くんが喜ぶってことを想定したわけよ。だって孫くん、ピッコロと出かけたそうだったし、ピッコロだって自分の姿気にしてあまり出かけたがらないって言ってたじゃない。まあ、今となってはそれはどうでもいいことなんだけど。
「さすがはさんですよね。あの帽子、ピッコロさんにぴったりだったんですよ。デンデもポポさんも、『測ってもないのにサイズを合わせられるなんてすごい』って褒めてたんですから。それに――」
これはデンデから聞いたんですけど、と小さく前置きをして。
「ピッコロさん、あのカード見てちょっと嬉しそうだったって」
まあ、それは喜んで頂けて嬉しいわ。どうせ、喜んだのは私の言葉じゃなくて、孫くんが忘れてなかったってことでしょうけど。それよりも、私は孫くんのプレゼントの方が気になるんだけど。
「ああ、僕のですか。僕は、夜通し一緒に修行しましょうって言ったんです! 二次会終わった後でって約束してたんですけど、さんがピッコロさん怒らせてくれたおかげで、なかなか充実した修行になりました!」
ありがとうございます、だなんてお礼を言われても。そう返そうとした声は、入ってきた教授の号令にかき消されてしまった。
それからさらに数時間後。私は孫くんからのメールに添付されてた写真に、一人盛大に噴出すこととなる。
うん、まあ。よく似合ってるんじゃないかしら。私のセンスは確かだったってことね。
|| THE END ||
→June〜降り続ける雨の中で〜