文字サイズ: 12px 14px 16px [August〜海と馬鹿ども〜]-03-

「うなされていた」とはピッコロさんの弁。うなされてたんなら起こしてよ。起こしてくれなくてもいいけど、原因を取り除くくらいはしてくれたっていいじゃない。アリの時には助けてくれたのに。
「いや、悟飯が気持ち良さそうに寝ていたからな」
 あーはいはい。悟飯くんの安眠を妨害したくないから、その下でうなされてる私はほったらかした、と。はいはい、わかってますよ。ピッコロさんは悟飯くんが一番大事だもんね。悟飯くんと私の扱いの間には超えられない嘆きの壁があるってわけね。天と地ほどの差なんてもんじゃない、ヴァン・アレン帯とマントルくらいの距離があるのよね。
「僕、家ではそんなに寝相悪くないんですけど」
 だけど他所に来たら寝相が悪くなると。いるいる、そういう人。しかもそれはすでにピッコロさんも証言済みなの。神殿で悟飯くんがお泊りした時、夜中に何かが落ちる音がして見に行ったら、窓際のベッドから入り口まで悟飯くんが移動してたって。しかも寝たまま。どれだけ寝相が悪いのよ。まあね、人の上に乗っかってて、揺すっても目が覚めないくらいですからね!
「だからそれは……許してくださいよ」
「そうね。学食でチョコパフェ奢ってくれたら許したげる」
「ええっ? あの馬鹿でかいやつですか?」
「そうそう。750ゼニーのビッグチョコパフェよ」
 あのパフェ、本当においしいのよねえ。下がフレークじゃなくてアイスだし。チョコたっぷりかかってるし。友達は甘すぎるとかしつこいって言うけど、私は大好きなのよね。ってあら、目の前に似たようなパフェが。
「悟飯にたかるんじゃない」
 ……ピッコロさんの気持ちはよくわかる。愛弟子がたかられてたらついつい横から手を出してしまうっていう親心ならぬ師匠心。けどね、それはTPOを考えた方がよりGOODな結果になると思うんですが、どうでしょう、解説の孫悟飯さん。
「あっ、さん。ご希望のチョコパフェですよ」
「ですよ、じゃないの。朝から、しかも食べたばっかでこんなもの入るわけないでしょ」
 何が一番辛いって、このパフェ、高さがゆうに三十センチはあるわ。私が言ってたのはね、もう少し小さくてね。
「何だ。食わんのか」
さん、おなかいっぱいみたいです」
 そして私は耳を疑った。ええ? 「だから、僕が食べますね」? 何言ってるの、悟飯くん。あんた、さっきマグロレベルの馬鹿でかい魚を丸ごと食べたばかりでしょ。その上、このピッコロさん超勘違いお手製(と、指先から出したものをそう言っていいのか)巨大パフェを平らげるというの?
「いただきます!」
「うむ」
 ピッコロさんの返事を合図に、悟飯くんは目の前でパフェを食べ始めた。それがまたすごいスピードなの。食べてるってより、流し込んでるって言った方がいい。悟飯くんにかかれば、あちこちでやってる時間制限ネタも新記録続出間違いなしだわ。
 だけどねえ。すごくおいしそうに食べるのね。こんなにがっついてるのに、すごくおいしそうなの。
「ねえ、一口ちょうだい」
「食わないんじゃなかったのか」
「だから全部は食べられないってこと」
 一口くらいならいけるわよ。ほら、悟飯くん。この頑張ってあけた口に――ちょっと待って。それは多すぎる。
「でも一口でしょ」
「私はその三分の一が標準だから」
「そうなんですか。ほんと、さんって小食ですよね」
 私が小食なんじゃない。悟飯くんが食べすぎなのよ。でも小食って響きは悪くないから、そのまま誤解したままでいて。
「一口寄越せと言ったり多いと文句垂れたり……わがままな奴だな」
 そしてやっぱりピッコロさんは悟飯くんの味方、と。何だか私、一人でどんどん悪者になっていくみたい。

 ところで、おなかを満たせば後は修行しかすることがないわけで。こうしてもう三時間も座りっぱなしというのは少々きついんだけど、二人はじっと動かないままだから、私もそれに倣うより他にないのね。
 だってねえ。三時間よ、三時間。自慢じゃないけど、私って一箇所でじっとしてられない人間なの。しかも、ずっと座禅を組んで瞑想なんて、私にとったらおやすみタイムってことよ。からりと晴れ上がった空だけど、木陰に吹いてくる風はちょっと涼しくて、私は一時間もしないうちにうとうとと舟をこいでしまったのね。そしたら、
「いっ……いたたたた!」
「今度やったら耳を引きちぎってやる」
 おとうさーん、おかあさーん。は今、宇宙人に耳を千切られそうになりました……。
 そもそも、ちょっとうとうとしたからって、耳ひっ掴んで起こすことないのよ。もうちょっとソフトな起こし方があるってもんよ。こう優しく肩を叩くとか、揺すってみるとか。あっ、でもピッコロさんのそんな姿想像してたら悪寒がしてきた。止めだわ、止め。
 まあ、ピッコロさんの脅しも効果はありなのね。耳を千切られるかと思うと、緊張しすぎて眠気なんてどこかに飛んでっちゃった。そんなの冗談に決まってるじゃないって聞いた人は言うかもしれないけど、ピッコロさんなら実際やりかねないってとこが怖い。おかげで瞑想に集中できる、と考えてさらに二時間。今度はおなかの虫が鳴きだした。ほら、慣れないことするから無駄にエネルギーを使ってしまったのよ。
 だけど、この状況で「おなかすいた」なんて暢気なこと言えそうにない。だって二人とも本気なんだもの。本気であちら側の世界を旅してる感じなんだもの。きっと私のおなかの音なんて聞こえてやしないわ。いや、聞こえてても無視してるのかも。きっとこれで私がそわそわしたら、悟飯くんが気付くより先にピッコロさんが気付いて「集中してない証拠だ」とか言ってまた怒るのよ。もうわかってんだから。いいよねえ。水しか口にしなくても平気な人は。私はもう暴れたいくらいおなかすいてるのに。
 ほら、ぐーって音が……って今のは私じゃないわよ。でも、この場所で私以外にこの音を出すといえば一人だけ。
「ちゃんと集中しろ」
「はい、すみません」
 おお、なんて素直な師弟のやり取り。あーあー感動しちゃ――「ぐーっ」って今のは私。
「貴様、性懲りもなく――!」
 え? 何で私にはそんな怖い目でにらみつけてくんの。差別よ、差別。師弟差別だわ。
「転寝をしたかと思えば今度は――」
「だ、だっておなかすいちゃったんだもん。おなかの虫まで抑えられるわけないじゃない!」
「うるさいっ。それくらい気合で何とかしろ!」
 いや、それは無理。絶対無理。悟飯くんでも無理なこと、ずぶの素人の私ができるわけないでしょ。ちょっとはこう、人間の常識(って言っていいのかわかんないけど)というものを確認してから怒鳴ってほしいわ。
 しかもなに? 立ち上がって私のことにらみつけてまで言わなきゃいけないわけ? そういうことを。
「ええい、いちいちごちゃごちゃとうるさい野郎だ」
「だって私のことわかってくれないんだもん!」
「アホか貴様。そんな気など元からないっ」
 ええーっ。そりゃちょっとないんじゃないの。ここまでいろいろしがらみがあるっていうのに。――それなのにそんなこと言うのね。許せないっ!
「ほ、ほら、二人ともそう熱くならずに……」
「お前は黙ってろ!」
「あんたは黙ってて!」
 ちょっとタイミング悪すぎよ、悟飯くん。もうこうなったら真っ向勝負しちゃうんだからね。もう一回、腹わって話し合ってやろうじゃないの。これからの付き合いってやつを!
 こっちも立ち上がって睨みつければ、いつもの五割増ほどキレた顔はもう目前。だけど、今日は何が何でも引かないわよ。
 だいたいねえ、何で私が宇宙人と仲良しこよししなきゃなんないのよ。そりゃね、友好的だったら別にいいのよ。だのに、何でここまで言われなきゃならないわけ? 地球人代表として猛然と抗議するわよ!
「フン。しぶしぶ付き合ってやってる奴にそんなことを言われる筋合いはない」
「はあ? その言葉、そのままそっくり返してやるわよ、このミドリハゲ!」
「なんだと貴様、チビのくせに!」
「チビィ? あんたがでかすぎるだけじゃないの?」
「ハッ! 悔しかったら――」
「いい加減にしてくださいっ!」
 もうっ、外野は黙って――て?
「おい、ごは……」
「まったく二人とも! 何でそう二言目には怒鳴り合いになるんですっ。もうちょっと落ち着いて話し合おうって気はないんですか! しかも言うことなすこと、子供の喧嘩とたいして変わらないじゃないですかっ」
「だ、だって」
「こいつが」
「だってとかこいつとかそんなことはどうでもいいんですっ!」
 ぴしゃりとそう言い切られるとぐうの音も出ない。ただね、一つだけ聞きたいことがあるだけど……あのう、悟飯くんは何でいきなり、そんなに目つきが鋭くなってるの?
「二人そろって二十歳超えて、何でそんなに大人げないんです! ちょっと自覚が足りないんじゃないですか!?」
「あの、その前に」
 そうしゃべろうとしたのに口が塞がれた。っていうか、鼻まで塞がってるんだけど。いつの間に私の後ろに回ったのか。この馬鹿でかい緑の手はピッコロさんしかありえない――ってなに?
「おい。あまり悟飯を刺激するんじゃない」
 な、なに? 私別にそんなこと言うつもりじゃないんだけど。
「お前はいちいち一言多いんだ。またいらんことを言って――」
「わ、私が何を言うっていうのよ」
 無理やり手をはがしてピッコロさんと同じように小声でそう抗議したとたん、ぶわっと音を立てて、正面から風が流れてきた。
「二人とも、人の話を聞いてるんですか?」
 き、聞いてます、聞いてます。聞いてますからそんな怖い目しないで。お願い、早くいつもの悟飯くんに戻って。

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