文字サイズ: 12px 14px 16px [August〜海と馬鹿ども〜]-04-

「そもそも、どうしてそんなにいがみ合う必要があるんです。仲良くするって約束したのに、それを違えて、こんなくだらない言い合いばかりしてっ」
 うん、くだらないと言えばくだらない。だって原因がおなかが鳴っただの何だの――ん? ちょっと待ってよ。私は喧嘩吹っかけられただけで、だいたい、ピッコロさんが怒鳴らなきゃいいんじゃないの。何で私まで怒られなきゃいけないの。
「喧嘩を買った時点でさんも同罪ですっ」
 あ、左様でございますか。わたくし、思い違いをしておりました。申し訳ない。
「それにピッコロさんだって」
「なっ、なんだ?」
 あっ、ピッコロさんの声が思いっきり裏返った。
「ピッコロさんだって、どうしてそんなに突っかかるんですか。さんは集中力もないし、動きも鈍いし、僕たちに比べたらできないことだらけなんです。何だかんだと失敗もします。でも、そういう時こそ、年長者の心の広さを見せなきゃいけないのに、真っ先に突っかかってどうするんですか!」
 後ろのピッコロさんが一瞬歯を鳴らした。って、さり気なくけなされてるんだけど、今は指摘しない方がいいわね。うん、指摘したら火に油を注ぐ結果に。余計に怒られちゃう。……でもちょっと引っかかるわね。
「そりゃ最初のうちは仕方がないと思ってましたよ。でもね、こうやって何度も顔合わせて、一緒に修行して、ずっとやってきてるのに、未だに何の改善も見られないなんて。お二人とも、互いを思いやる気持ちが欠けてますっ」
 ……ん? 思いやる気持ち?
「なんで私が――」
「なんでオレが――」
「ほら、またそんなことを言う!」
 ご、ごめんなさい。もう言いません。
「だいたい、お二人とも少々自己中心的に過ぎるんですよ。自分さえよけりゃそれでいいって、そんな理屈がまかり通るほど世の中甘くないんですよ。それなのに我を張り合って、自分の意見を押し通そうとして。それで喧嘩になったこと、今までどれだけあったんですか。いっつもそうじゃないですか。そりゃ何でもかんでも我慢しろとは言いません。でももう少し我慢を覚えてもいいんじゃないですか?」
 ううっ。何か久しぶりにお父さんに怒られてるような気になってきた。うちのお父さん、普段のんびりしてるけど、怒ると怖いのよねえ。そう、ちょうど悟飯くんと一緒。いつもはにこにこしてるんだけど、ほんのたまーに、こうやってめちゃくちゃ怒る時があるの。……原因は私なんだけど。
「お二人とも、返事は?」
 え、あっ、返事。へ、返事ったって。どうしようと思って後ろを振り返ると、ピッコロさんとばっちり目が合って。
「わかった」
 どちらともなしにしぶしぶ返事をしたとたん、悟飯くんの顔はぱっと明るくなった。え、もしかして今まで怒ってたのって演技?
「そうです。わかってもらえればそれでいいんです」
 すごい。口調までがらりと変わっちゃって。
「お二人ともね、せっかく出会った縁なんですから。いがみ合わないで、もっと広い心でお互いを受け止めましょうよ。ほら、仲直り」
 仲直り?と問い返す暇もなく、悟飯くんに手を掴まれて、半ば無理やりピッコロさんと握手。どうでもいいけど、ほんとでかい手ねえ。簡単に握りつぶされ――いててっ。痛い痛い。ちょっと強く握りすぎ。手が潰れちゃう。
「あっ、ピッコロさん。さん、痛がってますよ」
「は? あ、ああ」
 ちょっと間抜けな返事をして、ピッコロさんは力を緩めてくれた。わざとじゃなかったのね。こんな後だから、てっきりわざとかと一瞬、いやいや、そう。広い心、ひろーい心だったわね。一般人と触れ合う機会が少ないから、力加減もあまりわからないと。そう、そうなのよ。
「これでもう大丈夫ですね。じゃあ僕、お昼獲ってきますから」
 握手の上に手を置いていた悟飯くんはそう言うなりぱぱぱーっと海の方へ走っていってしまった。そう。手握り合ったままの私たちを残して。はっと気付いてすぐ手を離したけど、何だかね。この状況で残されちゃうとね。どうすりゃいいのよ、いったい。
 でも完全に怒りは抜けちゃった。それと同時に足からも力が抜けて、少しばかりの草の上にぺたんとしりもち。はあ、参った。まさか悟飯くんがあそこまで恐ろしい人間だったとは。
 目の前に広がる海をぼんやり見ていると、今度は隣でため息をつく音が聞こえた。それと同時に座り込んだのはもちろん、残されたもう一人、ピッコロさん。あぐらかいてるのはいつもだけど、膝にひじ付いてるなんて珍しい。
「なんでオレ様が……」
 その呟きには同意。なんで私が。でもそれよりも、師匠なのに弟子に怒られちゃったピッコロさんのショックは相当なものよねえ。ショックっていうか、プライドを傷つけられたってやつ? でも、悟飯くんが言ってたことは事実といえば事実かなあ。
「……お前、今何か考えただろう」
「えっ?」
 ちょっと。もしかして私の心読んだ? ピッコロさんならやりかねない。
「お前の考えることなんか読まんでもわかる」
「……私だってわかるもん」
 そう、わかるわよ。心なんて読まなくてもピッコロさんの考えてることぐらい。
「ピッコロさん、いつも悟飯くんのことしか考えてないもんね」
「そういうお前は食い物と遊びのことばかりだろうが」
 ええーっ。それはちょっとひどすぎる。でも私の言ったことは図星だったようで、ピッコロさんの顔はどんどんむすっとふくれていく。ふふふ、おそれいったか。
「……あいつはオレの弟子なんだぞ」
「だから、それを想う親心みたいなもんでしょ。あ、師匠だから師匠心?」
「馬鹿言え。そんなもんじゃない」
「そうだって。ピッコロさんって、悟飯くんのこと甘やかしすぎだもん。おばさんより甘やかしてんじゃないの?」
 言ったとたん、ピッコロさんはついに横を向いてしまった。いやいや、最近はもうよくわかってるよ。ピッコロさんは図星を指されると機嫌が悪くなるんだよね。で、その次は。
「どこ行くの? もうご飯なのに」
「……修行だ」
 そう言うとピッコロさんはすすっと森の奥へ。追いかけようかと思ったけど、そろそろ悟飯くんが帰ってくる頃だし、そのまま追いかけていって迷っても困るし。そんなわけで私は一人草の上に座って、悟飯くんの帰りを待ち続けた。
 もちろん、帰ってきた悟飯くんが、キレイなお水片手にがっかりしてたのは言うまでもない。

* * *

 昼食が終わってもピッコロさんは帰ってこなかった。悟飯くん曰く、一度修行をしだすと平気で数時間は帰ってこないらしい。下手したら数日とか言ってたけど。私からすれば、よくそんだけ修行できるな、って思うんだけどね。私、二時間でもう限界。
 対して私たちと言えば、水際でばしゃばしゃ遊んでたんだけど、ふとさっきのピッコロさんとのことを言ったとたん、今度は悟飯くんの気分がみるみる下降。
「思わず言い過ぎちゃったんです」
「でもさあ、言ってることは当たってたよ」
 そう慰めてみても、悟飯くんは首を振るばかり。いいえ、僕が悪いんです、とそればかりで、どうしてそうネガティブになるのかと聞いても、もう気分は直らないようだった。
「僕、ピッコロさんにも謝ってきますね」
 私に対する謝罪を口にした後、悟飯くんはピッコロさんの気を伝って(と言ってた)森の奥へ行ってしまった。結局、波打ち際には私一人。つまらないから、木陰にでも座ってようと思ったその時、ちらりと視界に何かが映った。
「わあ、こんな魚いるんだ」
 思わず口に出してしまうほど、きれいな魚がそこにいた。体は銀色で、ところどころ黄色とも赤ともつかない色が光っていて。大きさはイワシ程度だけど、ゆらゆらと波間を漂ってる姿は、下の白い砂もあって、まるで絵本から抜け出てきたようだった。
 でも、こういう魚って群れで行動するんじゃないっけ?
 だけど、どこを見渡してもそれっぽいものは見えない。そもそも、こういう魚ってもっと沖の遠いとこにいて、こんな波打ち際にはいないんじゃ。もしかして迷子なのかしら。
「ねえ、どこから来たのかな〜」
 作詞作曲バイ私。だって一人で黙ってたら死んじゃいそうなんだもん。寂しくて。
 だけど、魚はもちろん無視、っていうよりこっちの言うことがわかるはずもなく、すいすいと尾びれを動かして波打ち際を泳いでいく。私はぱしゃぱしゃと小さな水しぶきを上げながら追いかけていく。そのたびに魚はびっくりしたようにまたすすすっと泳いでいく。
 そんな追いかけっこをどれくらい繰り返したんだろう。はっと気付いた時にはもう、腰まで水に浸かっていた。おかげでジャージはびしゃびしゃ。だけど、魚はさっさと沖へと向かって泳いでいく。これから先はさすがに服着て追いかけられないわね。あきらめよう。
 私はくるりと振り返って岸へと向かって歩き出した。こんなに外は太陽が照ってるのに、水の中って意外と冷たいのねえ。気持ちいい。なんか鼻歌なんて飛び出し――て!?
 一瞬底がなくなった感じがして、次の瞬間口の中に水が! ちょっと、どうなってるの? 私、さっき腰まで水があったとこにいたのに、どうして足がつかないの?
 ちょっとこのままじゃ溺れちゃう。誰か、誰か助けて!
 必死になって手を伸ばすと何か棒のようなものを掴んだ。これだ! これだけでも掴んでたらちょっとは助かる可能性があるかも! これこそ藁にもすがる思いってやつね! ――ってそんなことに感心してる場合じゃなくて、とにかく水の上に顔を!
「あっ、おい! 離せっ!」
 ん、ピッコロさん? だけどこれを離したら死んじゃうじゃない。絶対に嫌、嫌よ! こんなとこで溺れ死んじゃうなんて絶対に嫌!

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