文字サイズ: 12px 14px 16px [August〜海と馬鹿ども〜]-05-

 結果として私は助かった。ピッコロさんも助かった。そう、ピッコロさんもね。
 火事場の馬鹿力っていうのはやっぱり実在する。人間必死になったらとんでもない力が出るものよね。だいたい、普段の生活って筋肉が出せる力の半分も使ってないって言うし。だいたい、そんな馬鹿力発揮してなけりゃ、助けにきたピッコロさんを海中に引きずりこむなんて芸当、このか弱い私ができるわけないじゃない。
「まあ、オレが油断していたのもある」
「だけど、あっという間の出来事でしたよ。さんがピッコロさんの足掴んだ瞬間、ピッコロさんが見えなくなったんですから」
 二人が森から出てきたその時、目に飛び込んできたのは溺れてる私の姿。そこで慌てて二人して救助に向かってくれたのはいいんだけど、私がピッコロさんを海に引き込んじゃったからさあ大変。ピッコロさんは海水飲んで気絶、悟飯くんが私たち二人を抱えて岸まで運んでくれたらしい。素早い救助のおかげで私は意識を失うこともなく、パニックが収まったらそれでよかったんだけど、問題なのはピッコロさん。
 そりゃ私も驚いたわよ。落ち着いて隣見たらピッコロさん寝てるんだもん。しかもずぶ濡れ。いつもばさばさ風を受けてるマントも胴着も全部濡れて張りついてて、呼びかけてもうなるばかりで返事がない。すぐさま悟飯くんは森の奥に水を汲みに行って、その間私は意識のないピッコロさんの横で何をするでもなく様子を伺って。だって何もできないんだもの。しょうがないじゃない。ただ、ちょっとマントを直してみたり、気休めばかりに手をさすってみたり。なんで、溺れてた私よりピッコロさんの方が大変なことなってんのかしら。
 ほどなくして、川の水を飲ませたおかげでピッコロさんは復活した。
「まったく……お前と出会ってから散々だ」
 その言葉、そっくり返してもいいかしら。どうも私とピッコロさんって二人集うとよろしくないことが起こるようになってるんじゃない? ほら、一人の時はそうでもないのに、二人そろうとなぜかトラブルが起こるってあるじゃない。雨女みたいな。さしずめ、私は雨女、ピッコロさんは雨男で、悟飯くん一人がちょっと強い晴れ男と。普段は悟飯くんの晴れパワーが効いてるから私やピッコロさんといても何にもないけど、私たち二人がそろうと、雨パワーが勝っちゃって雨になっちゃうって感じ。
「でも、二人とも何ともなかったからいいじゃないですか」
 ああ、ポジティブシンキング。悟飯くんのその一言で何とか危険は回避されたけど。
「だけど、ピッコロさん。前に海水飲んだことあるって言ってなかった?」
「言ったか? そんなこと」
 いや、言った言った。忘れるの早すぎる。
「でもその時は気絶しなかったんでしょ。どうして今回はこうなったの?」
「きっと量の違いじゃないでしょうか」
「量?」
「そうです。僕にも教えてくれましたけど、前は飲めるんだろうかと気になって恐る恐る、ちょっとだけ飲んだって言ってましたよ。ね、ピッコロさん」
 悟飯くんがそう言ってピッコロさんを見ると、ピッコロさんは「さあ」と言わんばかりに首をかしげた。もしかして覚えてないとか?
「でも今回の場合、いきなり大量の海水を飲んでしまったので、反応が遅れてしまったんじゃないでしょうか」
 ああ、気合の違いってやつなのかしら。
「僕が持ち上げた時、さんには意識ありましたけど、ピッコロさんはすでに意識ありませんでしたからね。一種のショック状態だと思います」
「なるほどねえ。やっぱ普通のお水しか飲めないんだ、ピッコロさんは」
 見た目に寄らずなんてデリケート。
「お前、今下らんことを考えただろう」
 ……どうしてそう突っ込みを。褒めてるんじゃない。
「それよりピッコロさん」
「なんだ」
「自分のだけじゃなくて、私の服も乾かしてよ」
 悟飯くんの考察を聞いてる間に、ピッコロさんはさっさと自分の服だけ交換していた。それってちょっと優しさが足りない行動だと思うのね。どうせなら私のTシャツとジャージもさっさと乾かしてほしいのね。濡れたままじゃ、助かったとしても風邪ひいちゃう。
「お前の服か……」
 ピッコロさんは一瞬考えたあと、指先からピッと光を出した。やったー。ありがとう!
「わあ、さんもその胴着似合いますね!」
 え? 胴着?
「先ほどの服よりは動きやすいだろう」
 何を言ってるのかわからないまま、私は自分の体を見渡した。一見何も変わって――って変わりすぎ。私の白いTシャツも黒いジャージも、全部紫色に染まってた。ううん、染まってるんじゃない。これはどう見てもピッコロさんと悟飯くんとおそろい。
「あの、ちょっと聞きたいんだけど。私のTシャツとジャージは?」
「さあな。オレもよく知らん」
 知らんって。そんな無責任な。あれ、私の部屋着なのよ。ツーセットのうちのワンセットなのよ。あれなくなっちゃったら、私これから部屋でどんな格好すりゃいいの。いくら安物ったって、両方で1500ゼニーはかかってんのよ。ああ、私の1500ゼニー。
 だけど、呆然としてしまった私に、ピッコロさんは容赦ない一言を降らせてくれた。
「ふん。嬉しすぎて言葉も出んか」
 いったいその自信はどこから来てるのよ。そこんとこ、小一時間聞かせてもらおうかしら。

* * *

 その後の数日を、結局私は紫の武道着で過ごした。ありがたーいことにスペアまでもらっちゃって、もうってば感激して泣いちゃうって言っちゃいたい。棒読みで。
 そもそもこんなの着慣れてないから着るのも一苦労よ。まずズボンにゴムも入ってなけりゃ、ボタンがついてるわけでもない。上着中に入れて、ズボンを必死で引き上げながらサッシュを巻く。そりゃ私も巻いたことはあるけどね。お洒落で。アクセントとして。でもこんな本気でベルト代わりに巻いたことはないのよ。おかげで何度もズボンがずり落ちたり。それ繰り返してやっと着れたと思ったら、今度は修行で走ってる最中に緩んでズボンが脱げたりね。最初は「キャーッ」なんて言ってみたけど、慣れって怖いもので、三回くらい脱げたらもう何とも思わなくなった。二人とも素で無視するしね。女子大生のパンツなのに。悟飯くんなんて、
さん、パンツ見えてますよ」
 とか、平気で指摘してくるしね。言われなくてもわかってる。
 どうも二人とも、一般的なデリカシーってやつが欠けてると思う。お風呂入る時も、頑張って地面掘って――これは来てから初めてわかったんだけど、川の砂を掘ったらあったかいお湯の出てくる場所があって。悟飯くんの言ってたのはこういうことだったわけだけど、まさしく秘湯だわ、と喜ぶのはここまで。
 さあ、お風呂に入るからどこか行って、と言ったとたん、二人そろって何でだって聞くのね。悟飯くんもピッコロさんもさっさと服脱ぐし。
「お前、一人で入る趣味なのか」
 それ以前の問題です。何で私が三人仲良く家族風呂しなきゃいけないのよ。家族じゃないのに。こう見えても私、二十歳の女性なのよ。男二人の前でさっさと素っ裸になるほど恥捨ててないわよ。そしたらパンツはって聞かれそうだけど、あれはもういいの。でもさすがに裸になるのには抵抗が。
 それでも一人で入りたいと言い張ると。
「いちいちうるさい野郎だ」
 そう言ってピッコロさんは退散。だけどまだ悟飯くんが残ってる。
さん、ピッコロさんとお風呂入るの嫌ですか……」
 そんなしょんぼりしなくても。
「嫌っていうか、私一人じゃないとお風呂入れないのね。その、友達とお風呂入るのはいいんだけど、悟飯くんとかピッコロさんとは……」
「僕たちだって友達じゃないですか! もしかして、友達だとは思ってないんですか?」
「いや、だからそうじゃなくて、女友達とは入れるけど、男友達とは入れないってこと!」
 だいたい、混浴なんて聞いてないっ。
「じゃあ、ピッコロさん呼んできますね。僕はちゃんと別の場所で入りますから」
 え? 何でそこでピッコロさん呼んできちゃうの?
「ピッコロさん、男性でも女性でもありませんから大丈夫ですよ!」
「ちょっと待って! 呼ばなくていい! 呼んでこなくていい!」
 性別がどっちでもないとか関係なくて、どう見たって男じゃない! 私は見た目を気にするタイプなのよ!
「ほ、ほら、ピッコロさんも悟飯くんと入りたいだろうし」
「それなら、いつも神殿で一緒に入ってるから大丈夫です。だから――」
「いや、その、ほらあれだ! 私、お風呂の時に一日のこと振り返ってみたり、ね! 今日は特にいろいろあったから、時間も長いだろうし、そういうの考えるのって一人の方がいいし!」
「……そうですか?」
「そうそう。だから」
 お願い。これで納得して。これで納得してくれなかったら、もう断る理由が一つもない。
 でも私の願いは通じた。きっと必死になったからね。
「お父さんが『裸の付き合いしたらいい』って言ってたんですけど……仕方ありませんね。僕はいつでもOKなんで、さんが都合のいい時に言ってくださいね」
 それはつまり、裸の付き合いをしろと。地球人男と、性別不明ナメック星人と裸の付き合いを。救いなのはその決定権を私に譲ってくれたことかしら。
 ようし。一生言わない。今決めた。

 そんなどたばたもあり、一週間ぶりに私は家に帰ってきた。ああ、ようやくくつろげる我が家ってやつね。旅行は楽しいけどやっぱり我が家が一番。まあ、楽しいだけでは済まされない一週間だったけど。
「ただいまあ」
 玄関を開けると同時に奥から出てきたお母さんは、私の姿を一目見たとたん、驚きの声を上げた。
、ちょっと痩せたんじゃない?」
「痩せた?」
「うん、痩せたってよりも引き締まったんじゃないかしら。どんな旅行だったの?」
 そりゃもうサバイバル満載、生きて帰れたのがある意味不思議な……とは口が裂けても言えないから、
「ちょっと体力作りとかしてたの」
 と、とってもアバウトな返事をしたらお母さんはそれで納得してくれたみたい。
「あの子、すごく健康そうだものねえ。あなたもちょっとは見習いなさいよ」
 健康どころか超人だって。それももちろん秘密にして、私は二つ返事で二階へと続く階段を駆け上った。

|| THE END ||
September〜頼みの綱は〜