文字サイズ: 12px 14px 16px [September〜頼みの綱は〜]-01-

「ちょっとうそ、これ全部?」
「これだけじゃない。この下に何階もある」
「ええーっ!」
 この驚きこそ、私が初めて神殿の図書館に入った感想だった。どこまでも延々と続く本棚。この中から目当ての本なんて今日中に探せそうには思えない。

 悟飯くんに泣きついたのは昨日。もちろん、夏休みの宿題ってやつよ。レポートも全部やったしあとは新学期を待つのみ、とたかをくくっていた昨日、ぺらぺらと手帳を見返していて、一つやり忘れがあることに気付いた時はまだ余裕の笑みを浮かべてた。資料なんて図書館行ったらあるわ、なんて超前向き思考で学校行ったらどうよ。一冊もないじゃない。関連書籍で何とかしようと思っても、これまた一冊もない。仕方がない、適当に仕上げちゃえって教科書開いたらぜんぜん何言ってるのかわかんない。
 そこでちょっとやる気なくなったんだけど、頑張って私はえっちらおっちら町の図書館まで自転車をこいだ。そしたら、その本自体元からないって。聞いた瞬間、意識がふーっと遠のいた。
 でも諦めたら単位は取れないって思い直して、なぜか電話をかけたのは悟飯くんのとこ。こう、バレないように、
「悟飯くん、もしレポートやる時に本もない、教科書もよくわかんない、ネットで調べてもヒットしないって状態の時ってどうする?」
 と、やたら回りくどい聞き方で聞いてみたら一言。
「え、そういうことってなかったのでわかんないんですけど……うーん……」
 あっさりと沈黙されてしまった。こりゃダメだ。そういや悟飯くん、レポートは出されたその日に手をつけるとか言ってたわね。なんて優秀で真面目なの。爪切ったら全部ちょうだいよ。煎じて毎日飲むから。
「やっぱりいい。自分で考えるよ」
「で、でも。さん、困ってるんですよね」
 うん、正直言って困ってる。ピッコロさんに「今すぐ殺す」って言われちゃったってくらい困ってる。だって、提出は新学期一発目の授業よ。あと四十八時間切ってる!
「そうだ。神殿の図書室がありますよ!」
「神殿?」
「そう! あそこ、この地球上の書物は見つけ次第収納してるんですよ。きっとさんの探してる本もありますよ!」
「ほ、本当に?」
「ええ。明日迎えに行きますから。何時くらいがいいですか?」
「うーん。なるべく早く」
「じゃあ、朝五時ごろで!」
 いや、それは早すぎる。寝てるどころの騒ぎじゃない。
「じゃあ……九時ごろは?」
「あっ、それならOK!」
「そしたら明日の午前九時にアパートの前で」
「うん、本当にありがとう!」
 そうして電話を切ったらすることはあと一つ。明日に備えて早く寝る!

 で、早く寝たはずなのに、私はインターホンの音で目が覚めた。
さーん。起きてますかあ」
 ドンドンとドアをノックする音に時計を見たら、九時十分過ぎ。……夢じゃない。どう見ても九時十分過ぎ。
「おーい。さーん」
「はあーい」
 返事をした自分の声が思いっきり寝ぼけてた。これはもう笑うしかない。昨日十時前に寝てこの時間に起きるって、私どんだけ眠りたかったの。気づかない間にそんなに疲れがたまってたの、私の脳と体は。
 だけど悟飯くんをほったらかしてるわけにはいかず、ドアを開けたら、最初の一声が「うわあ、すごい寝癖ですね」ときたもんだ。ほっといて。ただ、眠かったんだろうとフォローしてくれた悟飯くんの優しさは有難く受け取っちゃう。そう、きっと私は無意識のうちに眠いと思ってたのよ。
 悟飯くんにとりあえずコーヒー出して私はさっさと支度。朝ごはんも適当に済ませて、約三十分後、私たちはようやく神殿に向かい。
「わあ、いらっしゃい」
「何しに来た」
 そんな対極とも言えそうなほど温かい出迎えと冷たい問いかけにこれこれと説明をしたら、とたんに鼻で笑われた。笑ったのは――言わずもがなピッコロさん。
「何だ。泣きつきに来たのか」
 その一言は思っても言っちゃいけない一言よ。いや、真実なんだけど。ええそうです。おっしゃる通り、レポートができなくて泣きつきに来たんです。でも泣きつくのはピッコロさんじゃないもん。デンデくんだもん。
「ね、憐れな地球人を一匹、ちょっとだけハッピーにするつもりで」
「いえ、それは全然構わないんですけど……困ったなあ」
「そう言わずに、ね? 神殿の掃除でも何でもするから!」
 文字通り神様にすがりついた私に、デンデくんは相変わらず顔を曇らせるばかり。なに。何が望みなの。おいしい水? 神様を物で釣るなんて間違ってる? 今はそんなこと言ってられない。
「……見苦しいもんだな」
 ええい。外野は黙ってて。これは私とデンデくんの問題なの。
「デンデ。僕からも頼むよ」
 悟飯くんまでがそう手を合わせてくれて、二人で拝み倒した結果、デンデくんはようやく申し訳なさそうな視線を向けてきた。むむっ。その意味深な視線は何? もしかして、神様の掟でそうできないことになってるとか? ううん、でもデンデくん、さっき「それは構わない」って言ったよね? それは私の願いを聞いてくれるってことじゃないの。何か別の意味があるの。
 でも、デンデくんが言いよどんでいた理由は他にあった。そう、私のレポート云々どころではない、もっと根本的な問題があった。
「あの、別に神殿の図書室を見てもらうのは構いませんし、活用してもらえるのならそれほど嬉しいことはないんですが……実は」
 もう歯切れ悪いわね。もっとこう、しゃきっとぱりっと……え?
「ポポさんがいない?」
 私と悟飯くんの口から飛び出したのは、そんな疑問。そういやポポさんの姿見えないけど、それと図書室とどう関係があるの?
「実は、図書室の管理は基本的にポポさんがしてるんです。僕も手伝ったりはしますけど、どこにどういった本があるのかよくわからなくて」
「わかんないなら、片っ端からしらみつぶしに当たればいいじゃない」
「できるものならな」
 ん? それどういうこと、ピッコロさん。
「一度自分の目で確かめてみろ。そっちの方が早い」
 言うなりピッコロさんは私の腕を掴んでずるずると神殿の入り口へ。半端なく引きずられながらも何とか体勢を立て直してついてくと、階段をかなり下りたその先に扉が一つあった。珍しい。この神殿でドアがあるなんて。
「なに、このドア」
「ここが図書室の入り口です」
 と言っても、入り口の一つなんですが、と説明してくれたのは後ろからついてきたデンデくん。
 私はといえば、もう一度指差したドアをしげしげと見つめてみる。両開きの、真ん中に引き取っ手のついてる大きめの木でできたシンプルなドア。これが図書室の入り口の「一つ」ってわけねえ。高さは二メートル半くらいかな。ピッコロさんが通れそうだからそうとう高いと思う。私なんかがジャンプしてもてっぺんには届きそうにないわ。
 でもとにかく、今から大捜索開始ね。
 そう意気込んでみたものの、ドアを開けたピッコロさんの後ろから中を覗き込んだ私は本日もめまいがした。そりゃ廊下の明かりもぼんやりとはしているけど、それでも奥までまったく見えないってどういうこと。
 思い悩んでいると今度は勝手に明かりがついた。とっても古風な感じの、薄ぼんやりとした明かりが等間隔で部屋の奥へと向かって並んでる。だけどまたまた目を凝らしてみても最奥は見えない。いったいどんだけ広いの、この図書室。そこいらの図書館よりうんとずっと広いじゃない。蔵書数何万部なんて規模じゃないわね。きっと何億冊、いやどうだろう。どれくらいなのか見当もつかない。
 そして、冒頭の驚きに戻る、と。
 でもね、私はまだこの図書室を見くびっていた。手近な本棚を見れば、本当に綺麗に整理されてるんだもん。きっと目録とか、分類番号とか記号とか、そういうのが棚にぺたりと貼って――いない。どうしよう。どうやって探せばいいの。
「だから言っただろうが」
「でもピッコロさん、前の神様の記憶あるんでしょ。わかんないの?」
「あいつもはっきりとは把握してなかったらしいな」
 ええーっ。ちょっとしっかりしてよ、元神様。そして隣で「すみません」と小さな声で呟いた現神様デンデくんも含めて。
「だけどきっと、何か法則があるはずですよ」
 背表紙をなぞっていた悟飯くんの言葉にちょっとだけ希望が見出せた。そうよ、整理してあるんだもん。きっと何かの法則が。
「法則が見つかるのにどれだけかかるかが問題だがな」
 どうしてそう、悲観的なことを言うの。そんなに私を落ち込ませたいの。
「あ、でも。ポポさんが帰ってくるのを待って探してもらうのも一つの手よね。デンデくん、ポポさんいつ帰ってくるの?」
 そう、その手があるじゃない! ねえ、デンデくん!
「それが、今日はずっと閻魔大王様のところに行っていて、帰ってくるのは明日の午前中かと……」
 明日の午前中って授業が始まっちゃう。……ああ、これ以上ないってぐらい絶望的。

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