文字サイズ: 12px 14px 16px [September〜頼みの綱は〜]-02-

「と、とにかく、手分けしてその本探しましょう。さん、本のタイトル教えてください」
 そうね。こうなったら一刻の猶予も許されない。私は慌てて持ってた手帳を開いて、書いていた文字を読み上げた。
「ええと、『脳生理学から解く恋愛論』。出版はエイジ762年。出版社は……」
 ん? なに、この微妙な空気。
「文化学部ってすごいことやってるんですね」
「恋愛? 地球人はそんなことまで学問にするのか」
「何だかよくわかりませんが、不思議な響きの本ですね」
 なんて三者三様な答え。こんな多種多様の答えなんて、ふつう町の中じゃ聞きたいと思っても聞けない。さすがは神殿ね。
「ええと、一応大学の図書館では人文科学の書架に入ってたけど。まあ、ここがそういう分類ならね、ってことで」
「要はそのタイトルの本を探せばいいんだな。よし、オレと悟飯はこっちを探す。、お前とデンデはそっちを探せ」
 ちょうどど真ん中(なのかしら、ここは)を走る通路の左右を指差されて、私たちは二手に分かれた。ピッコロさんと悟飯くんは早速、そこからさらに二手に分かれて、棚を一つずつ見ていくみたい。かたや私たちといえば。
「この本棚、何センチあるの?」
「さあ、ピッコロさんよりちょっと大きいくらいじゃないでしょうか……あ、だけど僕、上の方見えますから!」
「じゃあ、私は下の方を探すわ。えっと、ここから上はデンデくん、下は私ね」
「はい、頑張りましょう!」
 そんな、超非効率な方法を取るしかなかった。だって私、目は悪いわ飛べないわで、棚まるごと一つチェックするなんて到底無理。しかも分けられてから気付いたんだけど、四人中二人の高身長はそろってあちらへ。残されたのは、身長アンダーアベレージな私と、これまたアベレージぎりぎり、170cmあるかどうか怪しいデンデくん。ちょっとピッコロさん。まず分け方を間違ってる。いや、でもでこぼこで分けたら、あっちみたいな探し方はできないのか。ううん、よくわかんなくなってきた。
 とりあえず、デンデくんの「希望的観測」によると、比較的新しい本は上の階にあるらしい。そしてここが図書室最上階と。そこら辺、普通の図書館と似てるみたいね。古い文献や利用者の少ない本は地下へ、ってやつ。まあ、この図書室の利用者が年間何人かなんて数えなくても、きっと神殿の住人以外にいない。それだけは断言できる。
 だけど、本を探すって結構骨の折れる作業なのね。私はずっと膝をついたまま平行移動。その上をデンデくんが飛びながら平行移動。どっちが早いかと言えばデンデくんで、私が横にいくつも並ぶ棚の三分の二ほどをチェックした時点で、もう端っこまで行ってしまったみたい。
「先に裏に回ってますね」
 そう一言告げて見えなくなってしまった。うーん。飛べるというのにはこういう利点もあるのね。普通の図書館じゃとてもできないけど、習得してみる価値はやっぱりある。……何年先かは飛べてたらいいな。地上五十センチくらい。でも、それってすごいことだと思うのよ。悟飯くんは「きっと飛べますよ」って笑顔で言ってのけちゃうけど、私にとっては、まさしく小さな人類の大きな一歩よ。もしかして、もうちょっと軽い方がいいのかしら。ここは気合入れてダイエットするべきなのかしら――あ、いけないいけない。本を探さなきゃ。
 でも私、実は単調作業って本当に苦手なのね。おかげで本棚一周見終わった時点でしんどくなってきちゃった。ずっと微妙な体勢のせいか、腰もどことなく痛いような。すでにデンデくんはどこにいるのかわからない。きっと、この本棚の山のずーっと向こう側を飛んでるに違いないわ。
 時計をふと見るとすでに三時間経過してた。ちょっとー。一周するだけで三時間で、端っこからのぞいたらまだまだ本棚は続いてて、いったい全部見終わるのに何時間、いや何日かかるのよー!
 というより、おかしいのよね。神殿の直径自体は、あの一番上のタイルの部分でも端っこから端っこまでかろうじて見えるのに、ここ明らかに寸法おかしくない? 神殿って外から見たらどんぶり型になってるから、下に降りれば降りるほど直径が小さくなってるはずなのに、どうもそうは思えない。そもそも、いくら本を探してるとはいえ、あの悟飯くんとピッコロさんが三時間も経って、まだ引き返してきてないって時点で何かがおかしいのよ。もしかして、もう反対側は奥まで行ってて、こっちの棚を見ながら引き返してるのかしら。でもそしたらどこかでデンデくんと鉢合わせるはずよね。……うーん。そんなのも感じられない。いったいここはどうなってるの?
 そんな疑問を抱きながらも何とか三列目の棚を見終わった時点で午後五時。よく考えたら、神殿来てからずっとここにこもりっぱなしなのよねえ。おなか、すいたなあ。最初は気持ちよかった本の匂いもちょっと辛くなってきた。しかも、目的の本は一向に見つかる気配ないし。もうへたりこんじゃいそう。というより眠くなってきた。
 あ、眠くなってきたって思った瞬間、ほんとに眠くなってきちゃった。うーん、三十分。いや、十分だけ。ほら、だらだらと作業してるより、適度に休憩取った方が効率も上がるってよく言うじゃない。
 自分で言い訳をしつつ、後ろの本棚に背を預けて、私はほんの十分ほど仮眠を取ることにした。

* * *

 とんとんと誰かが肩を叩いて、それを私が振り払う。それを何度か繰り返したとこで、はっと目が覚めた。ちょっと、今何時?
 慌てて時計を見てほっとする。何だ。まだ五分くらいしか経ってないじゃない。よかったあ。――あれ? さっき肩を叩いたのは誰? まずピッコロさんじゃない。ピッコロさんだったら、私が寝てるってわかった瞬間「人が探してやってるのに、貴様という奴は!」と怒鳴りながら殴られる。間違いない。
 かと言って悟飯くんでもない。悟飯くん、いつも人を起こす時は顔を覗き込むのよね。今まで授業中に何回も経験した。起きたら真っ先に視界に入るのは悟飯くんの顔。だけどさっきはそれが見えなかった。となれば、残るはデンデくん? でも辺りを見渡してもデンデくんはいない。
「どうした、迷子か」
 ふといきなり後ろから声が聞こえて、心臓が跳ね上がった。それから恐る恐る後ろを振り向いて、目に飛び込んできたのは――ポポさん?
「入り口まで送ってやる」
 そう言ってぐっと腕を引っ張って私を立たせると、通路へと出ようとする。ちょ、ちょっと待って。違うの、ポポさん。
「あのね、ポポさん。私、本を探してるの」
「探してる? 本をか」
「う、うん。ちょっとレポート書くのに必要で……」
 本って単語を耳にしたとたん、ポポさんの目はぱっと輝いた。あのいつもの黙々と仕事をして、褒められた時に見せるようなのじゃなくて、もっとこう、まるで子供が好きなおもちゃを目の前に出されたみたいな、そんな輝き方。
「本、どんな本だ」
 わくわくしてるポポさんに私は再び手帳に書いたタイトルを告げた。とたんにポポさんはこくんとうなづいて。
「762年。たぶんこっち」
 そうして、今度は入り口と反対側へと歩きだす。ちょうど私が転寝してたとこからもいっこ先の棚について、そこから本棚の移動をして、ついにある一点でぴたりと止まる。
「ここ、762年。ただ、この辺あまり本集まってない。あるかわからない」
「ううん、ありがとう。ところで、どうやって分けてあるの?」
「中身で分けてる。さっきの本、たぶんここら辺にある」
「わかった、探してみるよ。でも、デンデくん呼んでこなきゃ……」
「いい。お前座っとけ」
 え、いいの? そう問いかける前にポポさんはすーっと浮かび上がって、本棚を眺め始めた。その探し方がまたすごいの。本棚の真ん中辺りでじーっとして目だけ動かして、見つからなかったらそのまま横に移る。それを見てるうちに再びぴたりと止まったポポさん、おもむろに本棚から一冊取り出して持ってきてくれた。
「あったぞ」
 差し出された本は紛れもなく、欲しがっていた一冊だった。
「そう、これ! この本! どうもありがとう!」
 やったー! これで何とかレポート書ける。今六時前だから、要点だけぱらぱらっと読んで、書き始めれば今日中に終わるかも!
 歓喜の声をあげながらポポさんにお礼を言うと、ポポさんはいつもの顔でにっこり笑って、こくこくと頷いていた。
「見つかってよかった。それじゃ」
「あ、あれ? ポポさん?」
 唐突な別れに驚いて追いかけようとしたんだけど、そんな私の目の前でポポさんの姿は闇に紛れるように見えなくなってしまった。おかしいなあ。いつもならいろいろおしゃべりするのに。仕事忙しいのかな。そういえば、閻魔大王様(ってほんとにいるのよね、悪いことできない)んとこに仕事出かけて、まだその仕事が残ってるのかもしれない。早めに帰ってこれたけど、まだ仕事は山積みで、だけど私たちが図書室にいるってわかって来てくれたのかな。本当にありがとう。

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