文字サイズ: 12px 14px 16px [September〜頼みの綱は〜]-03-

 さて、見つけたのはいいけど、これからみんなと合流しなきゃいけない。呼んだら聞こえるかな?
「悟飯くーん、デンデくーん、ピッコロさーん!」
 大声出してみたけど返事はない。って返事されてもきっと聞こえない。でもナメック星人って耳いいって言ってたよね。きっと聞こえてるはず。よし、もう一回。
「悟飯くーん、デンデくーん、ピッコロさーん! 本見つかったー!」
 あっ、そろそろ限界。飲まず食わずで六時間近く経ってるんだもん。喉も渇いてカラカラ。早くこっから出て、お水でも何でもいいから飲みたい。そうだ。先に入り口まで行ったら誰か気付いてくれるかも。
 そう思って本棚を見渡す。確かこっちから来たから、戻ればいいと。うーん、何だかんだでけっこう歩いてきた気がするけど、歩いてればきっと通路まで出るよね。
 改めて、ポポさんってすごいよねえ。こんなに広い図書室、しかも何階もあるのに、それを一人で管理してる上に、こんなにあっさり本見つけちゃうなんて。蔵書何冊あるかもわからないのに、それを見つけ出すってすごすぎる。まさしく歩く目録ってとこね。お料理できるし、デンデくんのお世話してるし、閻魔大王様のとこにも仕事に行くし。もしかして、この神殿で一番偉いのってポポさんなのかも。その次がデンデくん。ピッコロさんはどう見ても居候……ってこれを言ったらたぶん殺される。間違いなく、言った次の瞬間に首と胴体が離れてる。ああ、恐ろしや。黙っておこう。

 そんなことを考えつつ、のんびり歩いている間にあの通路らしき場所に出てきたのはいいけど……どうしよう。どっちに行けばいいかわかんない。確か、入ってくる時に右に曲がったような、いや左だったかな? おかしいな。ほんの少し移動しただけのはずなのに、入り口が見えない。もしかして、もしかして私、本当に迷子になっちゃったの。
 ええと、迷子になった時はどうすればいいんだっけ。そう、ちっちゃい頃言われてたのは、とりあえず自分の名札を見せて、ってまず名札がないし、名札を見せる人もいない。ポポさん、助けて。さっきみたいにこの私の困ってるっぷりを感知して助けに来て!
 また叫ぼうにも喉はカラカラ。何だか気付いてから余計にカラカラになっちゃったみたい。どうしよう。こんなとこで見つけられずに野垂れ死にとか。だってすごくおなかも減ってて、なのにどこを見渡しても影なし、出口もなし。巨大迷路に放置されてるようなもんだわ。飛べるならまだしも、歩きでここから出るのはもしかして不可能なんじゃ……。
「――――さん」
 ん? 今声聞こえた? まさか、ついに幻聴まで。きっとおなかがすきすぎて幻聴が聞こえるようになったんだわ。ううっ。レポート仕上げるつもりだったのにこんなところで。諦めきれないっつーか、死にきれない。
さんっ」
 ほら幻聴が――って、ん? 今のははっきり聞こえた。誰かが私の名前を呼んでる!
 呼び声が聞こえた方を探してぐるぐる首を振っていたら、徐々に影が近づいてきた。それがさらに近づいてきて、図書室の薄ぼんやりとした明かりに照らされた顔は、心配するかのような表情を浮かべたデンデくんだった。
「本を探してたらかすかに声が聞こえて。もしかして、さん呼びました?」
 呼んだも呼んだ。二回も声振り絞って呼んだ! よかったあ。やっぱりナメック星人の耳はすごいのね。
「あのね、これ見て!」
 私はさっきポポさんから受け取ったばかりの本をデンデくんの目の前に突き出した。デンデくんは一瞬びっくりして体をそらしたんだけど、本のタイトルを見た瞬間、あっと小さな声をあげた。
「これ、もしかして、探してた本じゃないんですか?」
「そう、そうなの。見つかったの」
「よかったですねえ。これでれぽーととかいうのも書けますね」
 まるで自分のことのように喜んでくれるデンデくんに、自分でも顔がきゅきゅっと笑顔になっていくのがわかる。でもその後には見事なまでのずっこけが。
「あの、ついでにちょっとお伺いしてもいいですか?」
「なあに?」
「その……れぽーとって何ですか?」
 さっきから気になってたんです、とはデンデくんの言葉。
「本の一種ですか」
「いや、それは違うの」
 神殿にいて、地上を見て地球のお勉強をしていても、実際にその世界に触れないとそれは机上の空論に過ぎない、ってうすうす感じてはいたことなんだけど、その差異を少しでも埋めるべく、デンデくんはわからないことがあるとすぐさま尋ねてくる。悟飯くんもすぐ何にでも疑問を持つタイプだけど、やっぱりよその星から来たデンデくんにとって、地球っていうのは不思議の塊のようで、その向学心たるや、そんじょそこいらの学者さんでも敵わないんじゃないかって思うくらい。ピッコロさんが言うには「地球の神としての自覚がある証拠だ」とか。ところで、ピッコロさんのおじさんみたいな元神様はどうだったの、と聞くと、奴は世間にもまれて育ったタイプだから、こういうことはあまりなかったとか。じゃあ、ピッコロさんはどうなのと尋ねると「うるさいっ」と怒鳴られ、さっさと逃げられたのはまだ記憶に新しい。要するに、自分はそうじゃないってわけね。言わずとも行動でわかるピッコロさん。ここの関係者は皆、隠し事はできないタイプと見た。もちろん、そこには嘘をつくのがびっくりするほど下手くそな悟飯くんも含まれる。
 そんな超素直なナメック星人、デンデくんの質問に答えること数分。
「地球人の大学生っていうのは勉強家なんですね」
 うわあと感嘆の声を上げて、デンデくんはそう評してくれた。それは半分ほんとであり半分間違ってる。だってこのレポートは、そんな崇高な志で書くものじゃないんだもの。まあ、勉強家なんて賢そうな単語、生まれて初めて言われたから黙っとくけど。
「とにかく、ピッコロさんたちにも知らせないと。行きましょう!」
「悟飯くんたちの居場所わかるの?」
「ええ、気を探ればだいたいは。さあ」
 そう答えて、デンデくんはいつも悟飯くんがしてくれてるように背中を見せた。うわーっ。神様の背中になんて乗っちゃっていいの。こんなの地球人できっと私だけね。でも、さあって言ってるんだから遠慮なく。
「……あの、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。ちょっと気を抜いてただけです」
 何というか、こんなに悲しい気持ちになったことはない。いつもの要領で私はデンデくんの背中に飛び乗り――そして今、思いっきりお尻の下に敷いている。もしかして、私ってそんなに重い? 背中に飛び乗ったら潰れてしまうほど私って重い?
「今度は大丈夫です。さあ、どうぞ」
 再び体勢を整えたデンデくんの背中に、今度は遠慮がちに乗っかって、見事第一段階クリア。しかし、ここからが大変よ。私を背中に乗せたまま離陸しなきゃいけないのよ。それがうまくいくか、二人そろって墜落するか、ものすごく不安。だってデンデくんってば、すでに膝が震えてるんだけど。
「い、いきますよ……っ!」
 振り絞るように声を出して、デンデくんはそろそろと飛び上がった。こう、ゆっくりゆっくり、少しずつ地面から離れる感じで。その間、もちろん私はひやひやしっぱなしだったんだけど、ふらふらとしていた軌道もようやくしっかりしたら後は大丈夫だった。何でも空を飛ぶのは力の加減ではなく、気で云々の範疇らしい。今も本を探しているであろう二人がいる方向に向かって、ぐんぐん通路を進んでいく。
 だけど、飛んでも飛んでも二人の姿は見えない。もうかれこれ五分は飛んでるんじゃないかしら。
「ねえ、まだ見えないの?」
「はい。ちょっとずつ近づいてはいるんですけど」
 でも、この図書室って五分も飛ばなきゃいけないほど広いのかしら。そんな風には思えないんだけど。
「ここはいわゆる異世界なんですよ」
「えっ? それってどういうこと?」
 異世界って? だって、私たち神殿からドアあけてここは入ってきたじゃない。
「ここ入る時にさん、扉があるんだって言いましたよね。鋭いなって思ったんですけど。この神殿ではあちこち異世界に通じてる場所があるんです。ただ、そういう場所って開いたままにしとくと神殿の空間自体に問題が生じるんで、普段は扉を作って区切ってあるんです」
「じゃあ、ここは神殿とは違う世界なの?」
「平たく言うとそういうことになりますね」
 そういや前に悟飯くんが何たらの部屋って不思議な空間があるって言ってたっけ。確か、普段の一日がそこでは一年とか。いいなー、入ってみたーいって言ったら「でも一歳年はとっちゃいますよ」って言われて止めた。これからはアンチエイジングの時代よ。みんなより一年早く老けるなんて絶対に嫌だもの。
「それは精神と時の部屋のことですよ」
「あ、そうそう。それそれ」
「あそこは悟飯さんも使ってました。ちょうどセルと戦う時――僕が地球に来た時ですよ」
 デンデくんも、最初は驚いたらしい。でも、神殿の内部にはそういうとこがごろごろあって、そういうもんなんだって納得したとか。ううむ。恐るべし神殿。まさしく地球最後のミステリースポットよね。しかもきっと地球人にはどれだけ時間があっても解き明かせないレベルの。
「だけど、この神殿自体も異世界なんですよ」
「ええっ?」
 デンデくんの言葉に私は思わず叫び声を上げた。だって、いつも普通に飛んでたどり着いてるじゃない。どこら辺から異世界になってるというの。
「ここは、カリン塔から如意棒で繋がって存在してるだけで、もともとは異世界なんです」
「その如意棒ってので繋がった時だけこの地球上に現れるってこと?」
「ええ。もう最近は繋ぎっぱなしになってますけど、本来は用事が済んだらまたその如意棒を外して姿を消すんです」
「そしてまた用事ができたら繋ぐと」
「そうなんです。そういや、悟空さんって知ってます……よね?」
「悟飯くんのお父さんの?」
「そうです。今繋がってる如意棒を繋いだのは悟空さんなんですよ」
 ……どうしてこうも驚きの新事実が出てくるのか。あのおじさん、そんなにすごい人だったの? 確かに宇宙人とは聞いてたし、只者じゃないとは思ってたけど(だってあの激しい食いっぷりとアバウトさは尋常じゃない)、そんなことまでしてただなんて。今知ったり、甲斐性なしの裏側ってことね。いや、甲斐性なしってのは私が言ったんじゃないわよ。おばさんが、「悟空さはこの世一の甲斐性なしだべ!」って言ってたんだってば。
「チチさんなら、何度かお会いしたことありますよ。すごくしっかりした女性ですよね」
 うん。あのおばさんがいなかったら、きっと孫家は機能してない。誰がどう見ても孫家の大黒柱はあのおばさんよね。
 それはさておき、いったいいつまで飛ぶのかしら。これだけしゃべって、まだつかないって異世界にしても広すぎやしないの。
「あのお二人で六時間ですからね。かなり遠いところまで行ってると思います」
 そういや本のタイトル言っただけで、どこに何があるのかはわからないんだっけ。でも年代別に並べてたらもう結構なとこに行ってるんじゃないの。
「この階って、いったい何年分貯蔵してあるの?」
「五百年ごとに分けてるそうです」
 ご、五百年。そんなに昔の本がこの階にあるの。
「それで、下にまた五百年。その下にも五百年と。ただ、この地球上で文字を記しているのは人だけなんで、だいたい人の歴史と同じくらいですね」
 ですね、って言っても、今の人類がこの地球に生まれてからもう何千年って経ってるのよ。しかも五百年ごとに分けてるってことは、この下にまだ十階以上にもなる図書室が存在してるってことで。だめだ。あまりのスケールのでかさにめまいがしてきた。

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