文字サイズ: 12px 14px 16px [December〜雪見の丘より〜]-01-

「お前は精神力が弱い」
 それはいつもピッコロさんから嫌ってほど言われてる言葉なんだけど、どうも最近ひっきりなしに言われてるような気がするのよね。
 いつも引き合いに出されるのはもちろん悟飯くんだけど、私だって彼ほどじゃないにしろ、ちょっとは世間の荒波を経験してきてるのよ。バイトが決まって半年で会社が倒産したり、男にふられたり、近いとこで言えば宇宙人に集中講義の末ぼこぼこにされたり! 宇宙人って誰とは言わずもがな。
 こんだけいろいろ経験してきた以上、ある程度の精神力はあると思うのね。なのにピッコロさんはまだまだ一般人だって言う。そんなんじゃとてもじゃないけど空を飛べるように気を扱うのは無理だって。
 いや、自力で空を飛ぶこと自体が地球人としては無茶なことなんだけど、やっぱり無理って言われたら胸にぐさっとくるわよ。高校の時先生に言われた「第一志望は無理」レベルで傷つくわよ。
 でもここで私は謝ってだなんて言わない。ううん、謝ってと言うより先に私は首根っこを掴まれ、息苦しさに暴れたところで悟飯くんに助けてもらって、今こうして悟飯くんの背中越しに前を行くピッコロさんを見てる。
 空って一度飛び出しちゃうと、方向がてんでわからない。地上はね、まだ地図とか見てるからわかるけど、ここにはただ足元のずっと下に白い雲海が広がっているだけ。うーん、知識を総動員したら、軽く高度10000メートルくらいいってるってこと? 飛行機よかずっと低いけど、高いことに変わりはない――と考え出したら、悟飯くんの首に回してる腕にも力がこもるってもんよ。何かの拍子に落ちたら最後、二度と好きなおやつも食べられなくなるし、服だって着れなくなっちゃう。それどころか、果たして私の肉体がこのまま残るかって話よね。
 風の音もうるさい中、どれくらい飛んだだろう。結構長いこと飛んで、ようやくピッコロさんが下降しだした。ってまた、ピッコロさんって頭を下にして垂直に降りるのよねえ。なんちゅー危険な降り方。それに比べて悟飯くんは、くるくると旋回しながら、飛行機が降りるみたいに降りていく。そうそう、これがきっと正しい降り方なのよ。これはあくまで私が背中に乗ってる時限定らしいけど。最初の頃、垂直に降りる悟飯くんからぱっと手が離れてあわや私は地面に激突――というのがあって、それ以来、悟飯くんはこうやって降りるか、ゆっくりゆっくり立った状態で降りてくれる。あの時はもうダメかと思った。パラシュートなしのスカイダイビングよ。気絶するより前に助けられたけど。
 そうやって私たちがゆっくり地上に降りていくと、そこにはもう腕組みをしてじっとしてるピッコロさんの姿があった。
「遅いぞ!」
 私たちを見つけるやいなや、そう大声で叫んで。ああもう言い返していい? 「あんたが早すぎます」って。あっ、でもそんなこと言ったらピッコロさんにはほめ言葉になるんだった。前にもあったもの。「歩くの速い」って言ったら、すごく得意そうな顔で「お前とは違うからな」って言われたこと。ええい、悔しさ戻ってきた。意地でも褒めてなんかあげないんだから。
 それよりも私は地上に降りたとたん叫び声を上げることになった。何でって寒い! いや、痛い!
 さっきまであったかい神殿の庭にいたのに、どうしていきなりこんな寒いとこへ。ノースリーブの修行着から飛び出した腕に、風が刺さってぴりぴりちくちくする。顔も首筋も全部風に晒されて、少しでも風を避けようと慌ててしゃがみこむ。これでもまだ辛いのよ。何だってこんなとこに。もしやピッコロさん、私を凍死させるつもりなの! でも怒鳴ろうとしても声が出ない。奥歯ががちがち当たって、息するのすら辛い状態よ。ああ、そろそろ意識が薄れ――ってあら、あったかい。いきなりどうしたというの。
「ピッコロさん、さすがにここはどうかと」
 真後ろから声が聞こえて振り返ると、何だか体の回りが目に見えて光ってる悟飯くんがぴったりくっつきそうな距離にいた。……いったいいつの間に発光体に。もしかしてもともとサイヤ人っていうのは発光体なのかしら。あれ、それにしては、悟飯くんのおじさんは生粋サイヤ人のはずなのに光ってなかったな。
 でも、そんなことどうでもいいわ。この光に囲まれてる部分はあったかいもの。その証拠に、指をちょっと突き出してみると、とたんに冷たい風に触れて、私は慌てて指を戻した。いったいどうなってるの。
「そもそもここどこ」
「ユンザビットだ」
 ようやく口を開いて尋ねたら、そんな答えが。ええと、ユンザビットって、ユンザビット高地以外にそんな名前のとこあったっけ。一応私の頭の中には、世界の果て、北極圏に一部突っ込んでるユンザビット高地ってインプットされてるんだけど。
「ユンザビットってユンザビット高地?」
「他にどこがある」
 いや、どこがあると言われても。
「さすがにユンザビットは無理ですよ。さん、裏山でも無理だったじゃないですか」
「そうそう」
「まだ気を扱うのもままならない状態で、ここに来るのは無茶すぎますよ。もしここに五分放置されたら、さん死んじゃいますよ」
 そうそう、って恐ろしい現実をずばりと言うとはさすが悟飯くん。だって今、北半球は冬なのよ。真夏だったらまだ長袖になって動き回れば大丈夫かもしれないけど、十二月の、しかもここ数日は一月下旬並の寒さだって言われてる時にユンザビットって。
 ああ、そう。ついでにピッコロさんに聞きたい。なんだって、こんな寒い場所でそんなにマントばっさばさたなびかせながら、腕丸出しで平然とした顔してられるのか。もしかしてそれが精神力の違いってやつ?
 でも真相はそうじゃなかった。
「そんなに寒いのか」
 半ば驚いたような顔で聞かれて、こっちが逆に驚いた。ちょっとーっ。触覚麻痺してんじゃないの?
「確かに少しばかり寒くはあるが……死ぬほどの寒さではなかろう」
 いや、死ぬほどの寒さです。放り出されたら間違いなく死ぬ。ほら、ピッコロさんには見えないの。自分の吐いた息が一瞬で凍ってるのが。雪すら降らない極寒の地なのよ、ここは。
「そうですよ、ピッコロさん。地球人がこんな格好で生きていける場所じゃないんですよ」
 悟飯くんが続けて言って、ようやくピッコロさんはその違い――というより、自分が変だということに気付いたみたい。
「死なれるのは面倒だな」
 面倒。面倒なのね。悲しいでも辛いでも残念でもなく面倒なのね、と寒さで卑屈になってる私を差し置いて、ピッコロさんはすーっと上昇を始めた。そのままあっという間に重たい雲の中へと消えていって、私たちはそれをぼんやりと見つめること数十秒。
「僕たちも行きましょうか」
 悟飯くんに腕を引っ張られて私たちも上へと昇っていった。
 ああ、さよならユンザビット。もう二度と来ることもないけど。

NEXT