文字サイズ: 12px 14px 16px [December〜雪見の丘より〜]-02-

 さよなら、ユンザビット。まるで歌詞の一節のような言葉を残して旅立ったはずのそのユンザビットに、なぜか私は再び立っている。今度は防寒ばっちりだけど、やっぱり寒いことに変わりはない。
 そして目の前には気を燃やしている(との本人談。あれは気を燃やしたことによる発光だったのね)悟飯くんと、相変わらず季節感&温度感をすごい勢いで無視してる格好のピッコロさん。本当、ナメック星人ってどうなってるの。
 あの後、私たちは神殿に戻った。私が寒い寒いと連呼したのと、悟飯くんの「そういやおなかすきましたね」との一言で。たぶん、後者のがピッコロさんの中では比重が重い……と寂しい想像はやめて、何はともあれ私たちは楽園神殿へ。本当にここは、年がら年中あったかくていいわねえ。
 そんな私たちの前にはいつものようにポポさん手作りの料理が並び、デンデくんとのんびり会話なんてしながら――そこでまさかの新事実発覚だったのね。
「ユンザビットですか。僕も行ったことありますよ」
 ピッコロさんに連れられて、というデンデくんに私は一瞬同情の目を向けた。けど、そうじゃなかったの。
「ひどいわよねえ、あんな寒いとこに連れてくなんて」
「えっ……いえ、確かに少し寒かったですけど、そういうほどじゃ」
 『そういうほどじゃ』? ああ、きっとデンデくんは夏行ったんだわ。しかもきっと、あそこでは「暑い!」って言われるレベルの時に。ほんと、ピッコロさんってば差別激しい。
 でも話が進むうちに真実とやらが見えてきた。何? 去年の一月っていうのは私の聞き間違い?
「ナメック星人はもともと寒さに強いですからね。僕もナメック星に行った時、ちょっと寒いなって思いましたから」
 横から口を挟んできた悟飯くんの一言で私は全てを察した。要はあれね、ナメック星人ってのは、私たちの感覚からしたら北極圏近くに住んでる人ってことね!
 そういやピッコロさんが前に言ってた。ピッコロさんの元になった前の地球の神様って、ユンザビットで何年も暮らしてたって!
 よく考えたら子供が一人、ユンザビットで暮らしていけるわけないじゃない。まあ、食料の問題は水っていうのでクリアできたとして、どうやってあのユンザビットの寒さに耐えてきたかってことよ。いくら宇宙船があったっていっても、それで耐え抜ける寒さではないはず――少なくとも、地球人の感覚からしたらの話。
 ナメック星人っていうのは元から寒さに適応してる種族で、その中でもピッコロさんは自称「精神力を鍛えてる」人だから、そんな寒さなんてへっちゃらってことね。
 あれ? だったら暑いのはどうなの?
「ピッコロさんは平然としてらっしゃいますけど……僕はちょっと苦手ですね」
 そう。つまりピッコロさんはかなり万能に近いと。知れば知るほど謎が深まるナメック。
 でも確かにそんなピッコロさんじゃ、私の苦労もわからないはずよね。いきなり武道着着て裏山集合とか言うし。コート着ていったら怒って、挙句の果てにユンザビット。ショック療法?にしても、ちょっと度が過ぎてるというか、加減を知らないというか。そこんとこ一度腹割って話し合おうじゃないの、と思ってたけど、まずは地球人とナメック星人、ひいては私とピッコロさんの違いってやつを説くところから始めなきゃいけないってことね。ああ、あまりにも長い道のり。もう諦めた。
 そんな暴走列車ピッコロさんは、ここでもまた空気の読めない発言を……曰く、再びあのユンザビットに行くとか。もう勘弁してと縋りついてみたけど事態は好転せず、
「要は死なんようにすればいいんだろう」
 と投げやりな一言と共にお得意の指先からピッで――。
「あ、つ、い」
 ここ何度だと思ってるの。想像だけど、20度はありそうな気がする。その中、頭までばっちり覆うフードと分厚いコート、手袋にブーツと来たら、もしかしてユンザビットじゃなくてここで死ねと言われてるかのような気になってくる。
「大丈夫ですか。顔、真っ赤ですよ」
 悟飯くんが心配そうに聞いてきても、返事をする気力なんてない。一分一秒でも早くここから抜け出したいの。そう、私の意識が遠のく前に。いざゆかん、ユンザビット!
 視界の端でピッコロさんがニヤリと笑ったのは錯覚ではないわね。くそう、私をはめたのね。許せない許せない。いつかやり返してやるんだから。
 悟飯くんに俵のように抱えられながら、私は心の中で復讐を誓った。

* * *

 復讐、なんてかっこいい単語を言ったものの、今私はユンザビットの風に吹かれて鼻をすすってる。そう、確かに温かいこの服の盲点、それは顔までカバーできるものではないってことね。いくら全身隙のない格好でも、顔だけはこの厳しい環境に慣れなきゃいけないってことなのよね。ああ、家に帰ったらスペシャルケアでもしないと。このまま放置してたらきっと、顔がひび割れちゃう。
「それで、こんなとこで何すんの」
「瞑想だ」
 ほらきた瞑想。ピッコロさんの大好きな瞑想。
「精神を統一すればいずれこの寒さも感じなくなるだろう」
「統一すれば、ね」
 その前に感覚麻痺して寒さ感じなくなりそうだけど。あーあーいいわよねー。寒さに強いナメック星人は。ついでに隣でぼんぼん気燃やしてる超人さんは。私一般人な上にぬくぬく育ちだから、ユンザビットにいるって考えただけで倒れちゃいそうなのに。
 悟飯くんはね、そのうちさんにもできますよ、なんて言ってくれるけどね。「そのうち」っていつなのよ、と問いただしたい気持ちでいっぱい。こんなこと、私には一生できるような気がしない。
「何をぶつくさ言ってるんだ。とっとと座れ」
 はいはい、座ればいいんでしょ、座れば。
 そう心の中で返事をして、私は座ろうと腰を下ろして――。
「あっ」
 悟飯くんの叫び声と一緒に後ろにひっくり返った。ごろんと勢いよく、地面に寝そべるように。
「誰が寝ろと言った」
「……別に寝たくて寝たわけじゃないわよ」
 憎まれ口をたたきながらも、体を起こそうとしたんだけど無理。コートが分厚すぎてごろんごろんで、とてもじゃないけど、関節曲げられる状態じゃないの。いったいピッコロさん、私に何枚服着せたの。こんなに着込んで脚組めとか、はっきり言って無理難題よ。どう考えても無理よ。
「あの、起きれます?」
「無理」
「そうですか、じゃあ」
 優しい悟飯くんは、言うなり私を起こしにかかってくれた。でもね、いいとこまで体が上がっても、そこから曲げるっていうのができないのね。手足をじたばたさせてバランス取っても、やっぱり悟飯くんが手を離すと後ろに傾いちゃうの。もうこれは瞑想どころの騒ぎじゃないわね。裏山でコート着てやってた方が数万倍マシ。
 だけどピッコロさんは、そんな私と悟飯くんのやり取りを「遊んでいる」と勘違いしたらしい。
「おい、いつまでぐだぐだやってやがる」
 明らかにイライラした声でそんなこと言われても。
「ねえ、ピッコロさん。もっと薄くてあったかい服ないの」
「薄い?」
「ほら、宇宙服作ってるみたいな、えーと何だっけ」
「スーパー繊維、ですか」
「そう、それ。そんな服出してよ」
 悟飯くんとの見事な連携プレイで無事要望は伝えられた。そう、過酷な宇宙環境でいける服を何枚か重ねれば、ユンザビットなんてぬるいもんよ。ふふっ、ついに私もユンザビット修行デビューってことね。特殊な格好で。
 だけど。その要望は一ミリたりとも伝わらなかった。ピッコロさんのいつもの頑固さじゃない、もっと根本的な理由で。
「スーパー繊維? 超サイヤ人と似たようなものか?」
 ああ、その台詞だけは聞きたくなかった。そもそもスーパー繊維は生き物じゃない。
「ピッコロさん、スーパー繊維というのはですね」
 そして私は別の引き金まで引いてしまったらしい。背後からはとくとくとスーパー繊維とは何かを説明する悟飯くんの声、そして目の前では、話は聞いてるけど、ちっともわかってなさそうなピッコロさんの顔。このだだっぴろい、寒い寒い荒野での講義の後、ピッコロさんの口から飛び出したのは言わずもがな。
「そんなものは知らん」
 そのそっけない一言だった。ええ、ええ、わかってますとも。野生児にして神殿住まいのピッコロさんには、地球の科学なんて下手すりゃ一生触れることもない分野だってことくらい。でもちょっとだけ期待した。期待しただけにこの切なさはこたえるわ。ううっ、涙が零れそうだけど泣いちゃダメ。顔で凍っちゃう。

 結局、私は寝転んだまま瞑想をする羽目になった。服はこれ以上減らせないし、かといって何か別のものにすることはできないし。起き上がれない以上、立って瞑想するのも無理となれば、もう私にはこの体勢しか残されていない。
「だらしのない姿勢だが……仕方がないな」
 そもそも、この元凶はピッコロさんにあるのよ。そこんとこよーく……言ってもたぶんわかんないだろうから止めた。いいの。私このまま頑張るわ。
 えっと、まず深く深呼吸して――この時点で、冷たい空気に叫びたくなったけど、ここで叫んだらまたピッコロさんに怒られるから我慢して。深呼吸で呼吸を整えたら目を閉じて、寝ないように気をつけながら意識を集中して。
 この半年で私もようやく、形だけは瞑想っていうやつができるようになった。悟飯くんやピッコロさん見てるとぜんぜん違うんだって思うけどね。二人とも微動だにしないのには驚いた。森の中とか砂浜とか、色んなとこでやってきたけど、そこら辺の石ころみたいに、自然に風景に溶け込んじゃうっていうの。あれがやっぱり慣れた人っていうのは私でもわかるわ。
 って、こんなことばかり考えてちゃダメなんだった。もう一回深呼吸してやり直して。
 そんなことを続けてるうちに、すっと意識が引っ張られるような感触がした。これが無我の境地っていうのかしら。
 何だかふわふわ浮いてるみたいでいい気持ち。

NEXT