文字サイズ: 12px 14px 16px [December〜雪見の丘より〜]-03-

 凍死とは。体内温度が下がることによって、酸素供給がうまく行われなくなり、内臓の機能が停止して死に至ること。よく雪山で、
「寝るなーっ。寝たら死ぬぞーっ」
 なんてシーンがあったりするけど、あれって眠るから死ぬんじゃなくて、体温が下がって体がエネルギーの消費を抑えるために眠くなるから、寝たら死ぬだとか。テレビで言ってたっけ、それとも本で読んだっけ。
 神殿のあったかいベッドで布団にくるまりながら、そんなことを思い出す。あの時感じたのは無我の境地でも何でもない、こん睡状態に入る合図だったってことね。うーん、何て貴重な体験をしたのかしら。もうピッコロさんってばほんとに加減を知らない……では済まされない。私の命が! 地球より重い(らしい)私の命がかかってるのよ! 加減を知らないどころの騒ぎじゃない!
「今回ばかりはもう駄目かと思いました」
 そんなことを言ってほっと胸をなでおろすのは悟飯くん。その横では同じような顔をしたデンデくんと、むすっとして腕を組んでるピッコロさんの、いつものナメック組。って、元凶が何で一番不平たっぷりな顔をしてるのか、そこんとこをまず問いただしたい。
 私の異常に気付いたのは、意外や意外、ピッコロさんだったらしい。何でも、瞑想を始めてしばらくして、私の気が急にすうーっと弱くなったとか。変に思って呼びかけても揺すっても、もちろん反応はなし。顔全体が白くなってきてるのに気付いて、慌てて神殿まで運んできたんだって。おかげで私は九死に一生を得たってわけ。
 その後はデンデくんが治療して、ポポさんと悟飯くんが部屋を暖めてと大騒ぎだったらしい。救急救命病棟24時 in 神殿って状態よ。デンデくんの話によると、おそらく仮死状態に近かったとか。
 やっぱり、いきなりユンザビットで修行ってのは無理があったのよ。いくら冬とはいえ、大学の辺りは8度そこら辺って地域に住んでる人間が、ぱっとマイナス50度以下のとこに来て修行できるわけがない。ちょっとできるかも、と予想した私も甘かった。ユンザビットを舐めてたわ。
 だけど忘れられない、あのふわふわした感じ。気持ちよかったわあ。
「体温が下がると幻覚、幻聴が起こるというからな」
 何それ。つまりあのふわふわは幻だったっていうの。ううん、信じない。私は確かにあのふわふわ感を感じたもの。
「感覚があったのだとしたら」
 そこで、ピッコロさんはやれやれ、といった嫌味な顔をして。
「お前が瞑想に集中していなかった証拠になるな」
「何で?」
「瞑想とはすなわち、己の最深部にこもることだ。そこには感覚も何もない」
「つまり、感じることがないってことです」
 悟飯くんの解説でようやくわかった。でも、だとしたら何でピッコロさんは私の異変に気付いたの。それって感覚があったってことにならない?
「お前みたいな足手まといがいては、早々瞑想にこもることもできんからな」
 はいはい、そうですか。足手まといでどうもすみません。私だって足手まといになりたくてなってるわけじゃないのよう。ただ、あとの二人が常軌を逸してるってだけで。そう、そうよね、デンデくん。
「はあ、そうなんでしょうか」
 しまった。デンデくんは常人とはいえ、超人の中でもまれてる人なんだった。どうも神殿には、私と同じ感覚の人はいないみたい。

* * *

 その晩、私は大事をとって、ということで神殿にお泊りとなった。あったかい布団でぬくぬくとして、ポポさんのおいしい朝ごはん食べて、ピッコロさんに抱えられて神殿を後にして。昨日とはてんで対応が違う。
「ねえ、ピッコロさん。私、やっぱりユンザビットって無理だと思うの」
「だろうな」
 空を飛んでいる最中、そんなことをぽつりと告げた私に返ってきたのはいかにも諦めましたって感じの声。そのそっけなさが胸に染みるわね。もうちょっとオブラートに包むとか方法あるじゃない。まあ、そういうことを一切合切しないのがピッコロさんのピッコロさんたるゆえんなんだけど。逆に、妙に優しい言葉とか来たら、何を企んでるのか警戒しちゃう。
 そういえば、悟飯くんもほとんどそういう経験はないって言ってたっけ。とにかくピッコロさんは、励ましたり褒めたりっていうのが極端にない人みたい。ピッコロさん曰くモットーは「心の中で叱咤激励」らしいけど、叱咤はさっさと心飛び出すどころか口から飛び出て、激励は胸の深い、ふかーいところにひっそり潜んでるんじゃないの。エスパーでもない私には、その激励の部分がちっとも感じられないんだけど。悟飯くんは、
「何となくですけど。でもわかりますよ」
 なんて言うけど、それがわかるのはたぶん、宇宙全部ひっくるめて悟飯くんくらい、せめてデンデくんと二人ってくらいのレア率じゃないのかしら。小学校の頃、男子が集めてたシールで、ウルトラゼウスのキラ出たぜーっていうのの、何千兆分の一の確率なのか。きっと天文学的数字よね。
「貴様、さっきからいらんことばかり考えやがって」
 ん? ……もしかしてあっさり読まれてたとか。そういえばピッコロさんは心が読めるとか何とか。最低だわ、乙女の純な心をのぞき見るなんて! ……とまあ、そこんとこは許してあげるわ。どうせ読まれてもいいようなことだし。代わりに反論するわよ。今度は口に出して!
「でもねえ、ピッコロさん自体がレアなんでしょ。そしたら、そこからさらに感情の起伏云々の詳細が見て取れるって人の存在って、正直、一人の人間が生まれる確率よりうんと低いわよ」
 ねえ、だってそうでしょ、ともう一度言っても、ピッコロさんはむすっとして答えない。あっ、今のは私でもわかるわ。確実に不機嫌になってる。何でこう、悪いものに限ってわかるのかしら。
「レアだレアだと人を珍獣みたいに言いやがって」
「だってレアじゃない。ナメック星人の中でも、戦闘タイプって今はピッコロさんだけなんでしょ?」
 種族の中で一人って、それだけで希少価値あるじゃない。そう返そうとして――私は、すごい勢いで空中を落下していた。違う、ピッコロさんが放り投げたんじゃなくて、急にぴたっと止まったから。すると私は慣性の法則に従って、ピッコロさんの腕から抜け落ち、そのまま、ってのんきに解説してる場合じゃない。すごい勢いで地面が迫ってるはずなの。助けて、ピッコロさん!
 私の叫びが通じたのか。雲を通り抜けたあたりで私はようやく捕獲された。もう止めてよね。何度私を死にかけさせたら気が済むの。
「急に止まるなんてひどいじゃない。ピッコロさん、慣性の法則って知ってる?」
「知らん」
「あのね、慣性の法則っていうのはね。……ってその前に、どうして急に止まるのよ」
 なんか私、最近悟飯くんの癖が移ってきたみたい。ピッコロさんが知らないっていうと、無条件で教えたくなるの。何て言うのかしら。地球人として、文明社会に生きる人間としての使命に近い?
 だけど、そんな使命忘れるくらい、ピッコロさんの答えは意外だった。
「……驚いたもんでな」
 驚いたあ? 私、何も驚くようなこと言ってないじゃない。「ピッコロさんと一緒の墓に入りたい」とか、そんなあり得ない話をしていたわけじゃないのよ。ごく普通に、ピッコロさんがレアだってこと言っただけなのに。
「だいたい、お前がオレを珍しいと言うのがわからん」
「だから、説明したじゃない。ピッコロさんはあ、ナメック星人で、しかもその中に一人しかいない戦闘タイプで――」
「オレは戦闘タイプじゃない」
 じゃあ、何だって言うのよ。実は地球人でした、なんてドッキリでもあるの。
「馬鹿か、貴様。龍族だと言ってるんだ」
 へえ。龍族なの。
「え?」
「どうした」
「今、龍族って言った?」
「だから何だ」
 私の知識を総動員して。確かナメック星人っていうのは繁殖を担当する龍族と、その龍族を外敵から守る戦闘タイプっていうのがいて、龍族っていうのはデンデくんみたいなので、戦闘タイプっていうのはネイルさんみたいなので。ってそう考えたら、ピッコロさんどう考えても戦闘タイプじゃない。そもそも見た目が。
「ピッコロさんでも冗談言うんだ」
「冗談に聞こえるのか。お前の耳は相当なものだな」
 そんな。ラストオブ希望まで派手に握りつぶしてくれなくても。
 でもそれ以上は何を聞いても答えてくれなかった。面倒だの一点張りで。面倒って、ねえ。ここまで言っといて説明しないなんて。誰それが犯人ですって言っといて、推理披露も何もしないで終わる推理小説でも、ここまで不親切じゃないわよ。
 だけど、ああだこうだと言っているうちにタイムリミット。私の大好きな、そしてピッコロさんの大嫌いな我が家の屋根が見えてきた。ああ、ここでもう一ふんばりしたいんだけど。
「それじゃあな」
 言うだけ言ってピッコロさんは帰っていってしまった。何よ、それ。つれないったらありゃしない。気になって気になって、バイトにも手がつけられないじゃない。
 私のこのもやもやした疑問、いったいどうしたらいいのっ。
 思わずそう叫びかけた私にふわりと舞い落ちるものが一つ。見上げれば、空からは雪が降りてきていて、代わりにさっきまで見えてたはずのピッコロさんの姿は、かき消されたように見えなくなっていた。

|| THE END ||
January〜ヒミツのナメック〜