文字サイズ: 12px 14px 16px [January〜ヒミツのナメック〜]-01-

 あれから一ヶ月。大晦日もお正月もぱぱぱーっと過ぎて、一月ももう中旬になって、テストやレポート目前でヒーヒー言いながらも、やっぱり私は考えていた。何がって、ピッコロさんが残した謎の言葉よ。
 だいたいね、ウソをつくにももうちょっと言い方があるでしょうに。「オレは龍族だ」ってあんな顔してなーに言っちゃってんの、と私は思うの。だって、どう見たってネイルさんとそっくり、デンデくんとは触角と緑色しか似てるとこないじゃない。そもそもあんな凶悪な顔して「龍族です」って言ったら、きっとほかのナメック星人龍族の皆さんが泣くわよ。会ったことないけど。
 まあ、こういうことは悟飯くんに聞けば、するりと答えが出てきたりするんだけども。でも、悟飯くんともなかなか会えない日が続いてて、会った時でもついうっかり聞き忘れちゃったりするのよね。ほら、よくあるじゃない。聞こう聞こうって思ってても、その時になるとなぜか頭からすぽーんと抜けちゃってること。その部類なのよ、ピッコロさんの龍族発言って。もしかして真実を知ることを、私の脳が無意識に拒否してるのかしら。
 細かい字ばかりがびっしり並ぶ教科書から目を離して、もう一度考えてみる。例えば、戦闘タイプっていうの自体が職業のようなものだとしたら? ううん。それじゃあ、悟飯くんが教えてくれたナメック星人っていうのに矛盾する。種族なんでしょう、龍族とか戦闘タイプっていうのは。種族ってことは、職業云々じゃないよね、やっぱり。もしかして本当にピッコロさんがウソをついたとか。うん、それはありえる。なーに、ちょっと騙してやろうなんて魂胆なのかしら。こんだけ考えてウソでしたとかなったら、私、自分の命を顧みず、ピッコロさんに殴りかかっちゃいそう。こうね、世の中にはついていいウソと悪いウソがあるっていうのを教えてあげないとね。もちろん、これは後者。まったくピッコロさん、常識を知らないんだから!
 いや、今はピッコロさんの常識云々言ってる場合じゃなかった。とにかくレポート。これを落としたら私、来年卒業できるか怪しい。それにね。こういうのは早い目に片付けないと。だって、来月下旬には初めての企業説明会が。そう、ついにこの田舎に住まう私にも、一般よろしく就職活動の波がやってくるのよ!
 ……悟飯くんはこれから除く、だけど。
「ええ、行きますよ」
 何って、院に、よ。「偉い学者さん」になるには、院に行ってさらに勉強するって。よくやるわよねえ。さらに二年とか四年勉強なんて私には無理、絶対無理。ここまで勉強してこれ以上勉強したら、頭壊れちゃう。元から使いものになってない頭が余計に使えなくなっちゃう。
「でも、院ってどんな感じなの? やっぱり皆授業受けて、勉強するの?」
「というものでもないんですけどねえ。勉強と言うよりも研究なんですけどね、ちょうど今先生のチームが培養してる菌があって――」
 とまあ、聞いた私も悪かったんだけど、それから延々一時間以上、その先生の育ててる菌がいかに環境の向上に役立つか、そもそもどのようにして役立つのかを聞かされたのね。もちろん、半分以上意味わかんなかったわ。専門用語言われても学部違ったらわかんないんだもん。
 だけど、悟飯くんって、語る時は語るのよね。何て言うか、ある意味オタク系? 普段は適当って言ったら悪いけど、その場の雰囲気に合わせて喋ってる感じ。ところが、自分の研究対象とか興味あることになると、それはもう熱く、激しく語り倒すの。たまに昔の彼女の話とか聞きだしたりするけど、その話聞いてたら、何となくフラれた理由がわかるわ。正直、この会話をちゃんと聞いてくれるのは、同じ部類の人か神殿の皆さんくらいよ。でもこれだけは言い切れる。神殿の皆さんは絶対に私より理解度低いわ。ポポさんやデンデくんはうんうんって聞いてすごいですねえ、で終わっちゃうだろうし、ピッコロさんに至ってはたぶんまったくわかってない上に、悟飯くんですら「理解させよう」って気はぜんぜんないと思う。ただピッコロさんに話せればいいやって感じなのね。見てると。師弟って親子みたいなもんよね。とりあえず聞いてもらえればいいわって状態。
 そもそも私のリサーチによると、ピッコロさんの知識は相当狭い。相当っていうか、すごく狭い。戦いのことと、古臭い知識と(これはピッコロさん曰く元神様の知識らしい)悟飯くん情報くらいしかない。まず流行りのことはほとんど知らない。機械なんてもってのほかで、悟飯くんの話によると、数年前まで携帯電話も知らなかったとか。携帯知らないのよ! 初めて見た時、テレパシー発生装置だと思ったとか。テレパシーって。そんな超常現象が浮かぶ方が不思議よ。
 ついでに一般常識っていうのもほとんど知らない。まあね、初対面の人間を蹴飛ばす人だからね。あるって方が不思議なんだけどね! それもきっと、神殿引きこもりライフを送ってるからよ。悟飯くん曰く、最近は地上にもあまり出向かず、神殿で瞑想してるか、たまに閻魔大王様――本当にいるのよねえ、悪いことはできないわ――に呼び出しくらったデンデくんの護衛とか、ポポさんの使い走りとか。護衛以外ロクなことしてないじゃない。こんな生活はダメだと思うわ。もうちょっとアクティブにいかないと。せめて神殿の図書室で現代地球の文化をお勉強するとか。いっつもデンデくんにはうちのお母さんみたいに勉強しろ勉強しろって言ってるくせに、自分はてんでやらないんだから。ダメねえ。
 まあ、ピッコロさんの悪口はいつでも言えるからいいわ。それより龍族問題よ。私がデンデくんから聞いたところによると、龍族と戦闘タイプは姿かたちこそ似ていて同じナメックなんだけど、その実中身はぜんぜん違うらしい。ってことはやっぱり、ピッコロさんの発言ウソなんじゃない? どう見たってデンデくんと同系統の生物じゃないわよ、あれは。ネイルさんの方がずっとデンデくんに近い。気性とか。つーか、もしかしてピッコロさん、ナメック星人っていうのがそもそも間違ってるのかも。うん、そうに違いない。

* * *

 だけど確かめるすべもなくさらに一週間。今日も私は差し迫った苦手科目の勉強をしていた。正直優先順位をつけると、ピッコロさんのウソより単位の方が大事。こっちは進級がかかってるのよ。もし留年なんてことになったら、もう実家に帰れない。ピッコロさんは怒ったらすごく怖いけど、直接的な意味からいうとうちのお母さんには負ける。もしかしたら、この歳にして庭の物置に閉じ込められるかもしれない。それだけはゴメンだわ。あそこは普通に座っててもお尻が痛いのよ。正座ならなおさら。
「どうしたんですか、さん。気分でも悪いんですか」
 思い出にひたるあまりすっかり忘れてた。今日は悟飯くんも一緒に図書館に来たんだった。
 大学の図書館は神殿ほどではないけど十分広い。在庫もすごい。もちろん、こんなところ一人で探そうって人はあまりいなくて、まずパソコンで検索してガイドロボに頼むか、ジャンルの場所だけ指定して、あとは地道に探すか。私はもう決めた本があったからさっさとロボに頼んだけど、悟飯くんはいろいろ探すんだって言って、二十分ほど前に席を立って、今戻ってきたばかり。しかしまあ、すごい量の本よね。これを持てるだけでも大したもんだわ。
「えへへ。本探してるうちに面白そうなのに目がいっちゃって」
 そうやって笑いながら本を置くと、どすんとテーブルが揺れる。好きな本に出会ったら加減知らずなのね。しかも仕分けを見る限り、「面白いと思った」本の方が多いって。何か間違ってるわ。
 でも考えてみれば、悟飯くんは私ほど切羽詰ってない。私は進級ギリギリだけど、悟飯くんはもともと飛び級してこの学年なんだし、しかも前期の単位は全部取れてるプラス、後期でもほとんどはまず何もしなくても単位がもらえる状態。私が寝坊したり、しんどいな面倒だなと思って自主休講した日も、悟飯くんはちゃんと出て、ちゃんといろいろやって、さらに先生の心象もかなりいい。ほらね、同じ授業を取ってるのにこの差。ほんと、学生間での単位受け渡しとかできたらいいのに。そしたら私、悟飯くんにお願いしていくつかもらっちゃう。晩ご飯一回分とかで。
 だけど悲しいかな、自分で勉強しないと単位はもらえないのよねえ。うきうきとした様子で本を読み始めた悟飯くんの向かいで、私はまた大嫌いな教科書を開いて、ここは出そうだとヤマをつける。だって、教えたところ全部範囲っておかしいわよ。そもそも一年の蓄積(あまりないけど)を、たった一枚のペーパーテストでやるには無理があるわ、うん。かと言ってテスト増えられたらそれはそれで困るんだけど。なるべくなら、ここからここって明確な範囲指定がほしかったのに。
 そんなことを考えつつ、やっぱり勉強に身が入らなくて悟飯くんをちらりと見る。そう、こうやってる時はただの本好きってだけなのにねえ。なぜかおかしいくらい頭が良かったり、筋肉ムキムキだったりするのよねえ。人は見かけによらずとはまさにこのこと。
 そういや前に趣味を聞いたことがあったっけ。そう、勉強が趣味という恐ろしいことを聞いたから忘れようとしたんだわ。趣味は勉強って。私の辞書にはありえない。
「で、でもほかにもあるんですよ」
 悟飯くんはそうやって取り繕ってみせてるかのようだったけど、出てきたものは読書とピッコロさんとの修行。まあ読書はいいわ。無難だし、読書が趣味って人はそれこそ世界中にいるもの。だけどピッコロさんとの修行って。そもそも修行って「趣味」の範疇に入れていいものなの? それってもっと精神世界だとかわけわからない方面のものじゃないの。まあ、それを言うなら、きっとピッコロさんも趣味は瞑想だろうけど。
 何より、悟飯くんとピッコロさんの修行はどこからどう見てもただの殴り合いにしか見えない。とは言っても、普段やってる時はわかんないんだけど。デンデくんと二人、お茶飲みながらのんびり見てると、いきなり姿が消えて、数秒したら微妙に息を切らして、また数秒消えて、そのたびに二人ともちょっとずつ疲れていっての繰り返し。一度何やってるのかわかんないって言ったら、二人曰く「ハエがとまるほどの」スロースペースでやってくれたんだけど、私にはカンフーの数倍速い殴り合いにしか見えなかった。もう未知の世界だわ。
「お二人とも、あの間に何百発というパンチを繰り出してるんですよ」
 デンデくんがそう言うので、目を凝らしてみたんだけど、何も見えない。じゃあデンデくんには見えてるのかというと、
「いえ、ピッコロさんから聞きました」
 と、何ともオシャレな答えが返ってきた。要するに見えてないのね。
 ポポさんはいくつかは見えるけど、全部はわからないって言うし、本当にあの二人の修行っていうのはいったいどうなってるの。

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