文字サイズ: 12px 14px 16px [January〜ヒミツのナメック〜]-02-

 いや、今は二人の修行なんてチェックしてる場合じゃないのよ。ピッコロさんの嘘をどうやって……ああ、もう面倒になってきた。だって、本人は多くを語らず、悟飯くんに聞こうとすると忘れちゃって、もう最後の切り札はデンデくんしかいないのよ。なに、私に遥か遠くのナメック星とやらまで飛べって言うの。それとも命を捨てる覚悟でピッコロさんに聞けって言うの。でもね、
「えっ、ピッコロさんは戦闘タイプですよ」
 デンデくんの答えに、どんどん口が開いてくのがわかった。私の方がえっ?なんだけど。こんなにあっさり答え出ちゃっていいの。今まで一ヶ月の私の悩みは何だったの? 何と言うか、今のシーンを表現するなら劇画がいい。すっごい顔リアルで、でも顔のしわとか書き込んであって、目をむきながら「えーっ」って感じの。それ以外ありえない。こんなに悩んで、答えがそれ。
「でもね、ピッコロさんが自分は龍族だって」
「えーっ!」
 今度すごい声を上げたのはデンデくんだった。とたんに悟飯くんとピッコロさんが見えた。ちょうどデンデくんの遥か後ろ、早すぎて見えない殴り合いをしてた二人が。そこまで聞こえるほど、デンデくんの声は大きかったのね。
「どーしたんですかあー」
「なんでもないのー」
 そこからすごい声量で聞いてきた悟飯くんに答えて、また声を潜める。だってこれは秘密の会談なのよ。ピッコロさんに言ったら、こそこそかぎまわってるだの言ってまた難癖つけられちゃうんだから! 自分から謎発言しといたくせによくほったらかしにするわよねえ。きっと悟飯くんも何度となくそういう目に合ってるに違いない。それでもまだ師弟関係を続けてあげるなんて、悟飯くんってば本当に誰に対しても優しい。すごいよ、悟飯くん。限りなくパーフェクトパーソンだよ。
「あ、あのっ。ピッコロさんが龍族ってどういうことですか?」
「どういうことも何も」
 声を潜めながらもちらっと先ほどの方向を見ると、またしても二人は殴り合いに没頭しているらしかった。
「本人がそう言ったのよ。ちょうど私が凍死しかけてここに運ばれた日あったじゃない」
「ええ、ありましたね」
「あれの帰りにね、たまたまそういう話なって、戦闘タイプってレアな存在なんだよねって言ったら、違うオレは龍族だって」
 それを聞いたとたん、デンデくんは真顔で首を横に三回振った。
「そんなはずありませんよ」
「そうなの?」
「ええ。前にも言ったかもしれませんが、そもそも龍族と戦闘タイプは体の造りが違います。地球人も男と女で違いますけど、それ以上の違いが龍族と戦闘タイプにはあるんです」
 そこから、今までにはないほど詳しいナメック講義が始まった。何というかもうね、私はこれだけでナメック博士になれそうな気がする。でも体格云々の話はまだわかるとして、気が違うんですと言われても素人の私にはさっぱり。要するに、デンデくんから見てピッコロさんは戦闘タイプなのね。それだけはわかった。
「じゃ、やっぱりピッコロさんのって嘘なんじゃない」
「えっ……。まあ、結論からするとそういうことになるかもしれませんが……」
 あっさり結論を出した私に対して、デンデくんはどうも口ごもって歯切れが悪い。なによう、デンデくんだって男なんだからはっきりしなさいよう。あっ、ナメック星人に男女はなかったんだっけ。
「要はピッコロさんが私をおちょくったってことでしょ」
「え、でも……」
「でも?」
「あっ、はい。でも……その……どうも、ピッコロさんが何でそんなことを言ったのか……」
 あのうと再び口ごもったデンデくんに私はばしっと指を突きつけた。その答えはこの私こそが知ってるわ!
「決まってんじゃない。私を馬鹿にするためよ!」
 これだけは言える。ピッコロさんは私を普段から馬鹿扱いしてる! 血の巡らん野郎だとか(そもそも私は『野郎』じゃないのに)、その頭は飾りかとか、ぐずぐずしやがってこのクソッタレとか。思い出せばまだまだ出てくる。ピッコロさんが私に吐いた暴言の数々。正直訴訟ものよ。メイヨキソンよ。訴えて勝つわよ! まあ、私のハートは宇宙より広いから許してあげてるけど。
「そ、そんな。ピッコロさんはそんなことしませんよ」
「じゃあ何? 私の言ったことが嘘なの? そもそも龍族ってのが私の聞き違いなの? そんなはずないじゃない。私、この耳でばっちり聞いたんだから」
 思わず乗り出してそう言った時だった。ぽんっと肩に手を置かれ振り向けば、そこにはいつもと変わらないポポさんの顔。
、ちょっと落ち着け」
 その一言でようやく我に返った。やだやだ。こんなごときで熱くなってちゃダメだわ。せっかく清楚を売りにしてんのに、デンデくん驚いて立ち上がっちゃってるじゃない。
「お茶淹れた。飲むか」
 うん、飲む。
「そうか。よかった」
 そこでポポさんはようやく持ってきたティーセットをテーブルに置いた。って、いっつも不思議に思うのは、出てくるセットが毎回違うのよね、柄が。今日は青い花と蔓がぐるぐる描いてあるやつ。こないだはピンクのバラ模様だったし、その前はその前は星座がいっぱい描いてあったっけ。いったいこの神殿にはどれだけ食器があるというの。もしかしてポポさんの密かなコレクションだったりするの。密かに下界に買い付けに行ってるの。それともまさか自作?
「これ、前の神様が集めてた」
「前……ま、えーっ!?」
 ちょっと待ってちょっと待って。前の神様ってことはつまりデンデくんの前の神様だから、あのしわくちゃのちょっとオトボケで――。
「先代様が、ですか」
「そう。ピッコロと同化した神様」
 や、やっぱり。あの神様がティーセットを? うーん、想像できるようなできないような。ちょっと人は見かけによらずというか。
「前の神様、ここに来てしばらくは修行してた。下界で修行してたからここでもしてたが、そのうち飽きた。たぶんそれが百五十年くらい前」
 ひゃくごじゅうねん。エイジ600年の初め。いきなり歴史の話になったような。
「その後、神様下界で人間とした生活思い出してた。その時、この器のこと思い出した。初めて見た時、神様すごく綺麗だと思った。この器、自分も作りたいと思った。だから集めだした」
「つまり、研究資料ということですか?」
「そう。神様、いっぱい集めて、同じもの作ろうとした。……でも、作れなかった」
「えっ、えっ。何で?」
 神様なら何でもできそうなのに。そう、千里眼だってできちゃうのに。そう思ってポポさんの顔を見たら、一瞬ものすごく切なそうな顔をした、ように見えた。
「……神様、ものすごく不器用だった。器の形作るのに五十年近くかかった」
 ……それはもう、『不器用』というのすら難しいほどなのでは。グラフで表せないほどの不器用なのでは。
「ポポ、見ててたまに切なくなった」
 うん、わかる。前にポポさんが水差し作ってるの見たことあるけど、それはもうすいすいと作ってたものね。それと比べたら、確かに切なくなっちゃうかも。
「えっ、でも先代様も結局は何か形にされたんですよね」
 すかさずデンデくんがフォローを入れる。何と言うかうまい。絶妙のタイミングだわ。このタイミングは真似できない。もちろん、ポポさんもそれをわかってか、にこっと笑って頷いた。
「作るのにすごく時間かかった。だけど神様らしい、いい作品だとポポ思う」
「へえーっ」
「是非見たいです!」
 言われてかなり興味津々の私とデンデくんに、ポポさんは再度頷き返し、
「片付け終わったら持ってくる」
 そう言い終わると同時にお茶の用意も終わった。まーだあの二人は修行してるけども。とにかく私は先に頂くわよ。だって悟飯くん、一緒にお茶したらクッキーほとんど食べちゃうんだもの。今日は、私がたらふく食べる番よ!

* * *

「は? つまりピッコロさんがどっちかわけわかんないってこと?」
 私はぽかーんと口を開けたまま聞き返した。お茶飲み出して、クッキーもりもり食べてたらいきなりデンデくんがとんでもないこと言うのよ。これで驚かない方が無理。
 対してデンデくんは首を捻りながらも小さく頷いてきた。
「その、僕が初めてピッコロさんと会ったのはナメック星だって言いましたよね。でもその時すでにピッコロさんはネイルさんと同化してたんです」
「それで?」
「あの、ネイルさんは戦闘タイプなんです。これは間違いないです。それでですね、同化というのはそもそも同族同士だからできるものなんです」
「というと」
「龍族は龍族と、戦闘タイプは戦闘タイプと。まあ、龍族は繁殖があるのであまりしませんが……」
 私にはデンデくんが何をそこまで思い悩むのかわからない。同族同士でできて、ネイルさんとできたんなら、ピッコロさんは戦闘タイプってことじゃないの。
「ところがですね、さっきの話で気付いたんですが、ピッコロさんは先代様とも同化してるんです」
「じゃあ、あの神様も戦闘タイプなんだ」
 なーんだ。だったら別におかしくないじゃない。ぽーんとクッキーを口に放り込んで考えてると、デンデくんは激しく首を振って、珍しくテーブルに手をついた。
「違うんです。先代様はナメック星にいた頃、龍族の天才児と呼ばれていたんですよ」
「だったらこう考えてみたらどう? ピッコロさんは生まれた時に戦闘タイプとして生まれたんだけど、もともと神様とは一人のナメック星人だから特例みたいになったとか」
「それならネイルさんと最長老様も同化できることになっちゃいます。ピッコロさんは確かにピッコロ大魔王の生まれ変わりということですけど、ピッコロ大魔王から分離したわけじゃないんです。卵から生まれてるんです」
 そりゃわかってるわよ。だから神様はおじさんみたいなもんなんでしょ。
「そうなんです。だけど、親子でも種族が違えばできない同化が、先代様とピッコロさんでできるとは思えません」
 そう言ったきり、デンデくんは黙り込んでしまった。まだ何か考えがあるのか、もう一度頭の中で整理してるのか。私はといえば、元々人間のことじゃないせいで、もう頭がこんがらがって何が何やら。考えてはみるけどもうダメ。脳みそがついていかない。――ポポさんのクッキーは本当においしいわね。
「僕、ちょっと聞いてきます」
「えっ?」
 どこに? 誰に?
「ムーリさんなら何か知ってるかもしれません。最長老様の記憶を強く受け継いでますし、僕が生まれるより前にそういうことがあったかもしれないし」
「ちょっと待って。ムーリって誰?」
「あっ、ムーリさんは、最長老様が亡くなられた後、ナメック星の最長老になった人なんです。僕が地球に来るまでずーっと育ててくれた人なんですよ」
 つまりはデンデくんの育ての親? でもナメック星の最長老になったんだったら、ナメック星にいるんじゃ? もしかしていきなり呼ばれて飛び出てなんてことができちゃうの?
「いえ、僕がナメック星に行くんです。ほんの少しの間ですけど」
「ほんの少しって?」
「うーん。早ければ十数分で済むと思うんですが……」
 ナメック星ってすっごく遠いんじゃなかったっけ? そんな数十分で終わるなんて何かすごい装置でもあるのかしら。
「あ、はい。ワープゾーンがあるので」
 ワープゾーン!
「ところで、ナメック星って地球と大気は違うの」
「えっ」
「だから。デンデくんここ来た時、ナメック星と地球の空気が違って大変だったりしなかった?」
 そこまで言うと、デンデくんは訳分からないって感じのまま首を振った。
「前のナメック星から突然地球に来た時も大丈夫でしたし……あっ、それに悟飯さんやクリリンさん、ブルマさんも大丈夫でしたよ」
 ブルマさんという単語に私はピンと来た。私は雑誌で知ってる程度だけど、悟飯くんの話じゃ特別武術をやってるとかそういうことはないって言うじゃない。――だったら決めた。
「私も行くわ」
「えっ?」
「だから、ナメック星によ」
 私がそう言うと、デンデくんはさっき以上に口を大きく開けて叫ぼうとした。けど、私もちょっとはピッコロさんに鍛えられてるんだからね! 叫ぶ直前にデンデくんの口を塞ぐのに成功したってわけよ。
「二人とも修行に集中してるみたいだし、ちょっとくらい席外しても気付かないわよ」
「そ、それはそうですけど……」
「ささ、決まったら即行動! レッツゴー!」
 小さな声で気合入れて私はウキウキ立ち上がった。だってタダで簡単に宇宙旅行よ。こんな面白そうなこと、黙って見逃すはずないじゃない!

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