[ファンタジーな10title]


さらわれたお姫様旅先で知り合った人回復魔法本当は優しい人脱出不可能
ピンチの時の助け仲間との別れ天使のような歌声信じられない事実勇気と言う名の剣

文字サイズ: 12px 14px 16px [01:さらわれたお姫様]

 今ここに、世界の危機を救わんとする者が二人。名をそれぞれ『悟飯』と『』という。彼らは、厳しい戦いから開放され束の間の平穏を楽しむ――こともなく、必需品の入手に走り回っていた。
「みてみて悟飯くん。こんなの見つけちゃった!」
「また人様の家から取ってきたんですか? あれほどやっちゃダメだって言ったじゃないですか」
「だって、このヘアバンド、たんすの隅にくしゃくしゃにしてほったらかしてあったんだよ。もらったとしても、どうせ家の人もわかんないって」
 それに今つけてるのよりも頑丈だし、とすでに頭に装備してはくるりと一回転。見ていた悟飯は深いため息と共に、バレた時の言い訳を考えようと頭をフル回転させる。
「それで旅のお方、他には何かご入用で?」
 悟飯を現実へと引き戻したのは、が来るまで話していた道具屋の主人だ。とたんに悟飯は、にっこりと笑みを浮かべ。
「あ、傷薬ください。それから解毒剤もこの救急箱に入るだけ」
「はい、毎度あり!」
 恰幅のよい主人は悟飯から受け取った救急箱を抱えて店の奥へと消えていった。
「さて、次は新しい防具を……さん?」
 悟飯の視線の先には、先ほどとは打って変わって、少々頬を膨らませたの姿があった。ほぼ初期装備、HP(ヒットポイント)もまだまだ限りなく一般人に近いただの役立たずである。あくまで、今の時点では。
 彼女は悟飯の生まれた村からは遠く離れたところに住んでいたが、何の縁があってか、旅を続けていた悟飯と知り合い、こうして同行しているわけである。ただ、あまりにも弱い上、戦闘では真っ先に逃げようとするヘタレ、そして口だけは一人前という彼女に、正直言って悟飯はスカウトしたことを21パーセントほど後悔している。
「まだ拗ねてるんですか。怒られて拗ねるなんてあなた本当に僕より二つ上――」
「怒る? 誰が?」
「ヘアバンドのことじゃないんですか。だったら何でそんなに仏頂面してるんです」
「別にィ。ただ、いまだに納得いかないの」
 腕組みをしたままが言う。
「だいたいね、何で私がこうして悟飯くんと旅してるわけ? 本来なら私は世界をものにせんとする邪神に捕まって『おお、勇者よ。私を助けてちょうだい』ってやってるはずでしょう」
「そんなこと言ってもさんは一般人でしょう。『町の人A』にならなかっただけいいですよ」
「あんた、意外と言うわね」
「こういうことは初めのうちにはっきりさせとかないと。僕たちが救いに行かなきゃいけない人はいったい誰だかわかってますよね?」
「えーっと……ピッコロ姫?」
「そうそう、よくわかってるじゃないですか。僕たちは命を賭して邪神デンデの魔手からピッコロ姫を救いにいくんです。ああ、もしあの時僕がもっとしっかりしていれば、突然現れた邪悪の腹心ミスター・ポポにピッコロ姫をさらわれることもなかったのに――。待っててください、ピッコロ姫! 僕が必ずや、あの荒野へと帰して差し上げますからね!」
「あ、おじさん。このお守りのネックレス一個ちょうだい」
「はいどうも! 700ゼニーになります」
 一人空を見上げて叫び続ける悟飯はさておき、は道具屋の店先にあった商品をさっさと買い上げる。
「そんな劇的な出会いをきっかけに僕とピッコロ姫は一緒に修行を――ってちょっとさん! 何勝手にそんなの買ってるんですか!」
「だって欲しかったんだもん」
「欲しかったって、他にも買わなきゃいけない物があるでしょうに。まったくあなたって人は。さあ、まずその布の服をどうにかしましょう。そんなものでは邪神デンデに勝てませんからね」
 そう言って悟飯はの襟をつかむとずるずると防具屋へと引っ張っていく。その姿はさながら、仕留めた獲物を引きずっていく猟師のようだ――とは二人を見たこの町の人々の弁。
 かくして、この世界の命運は、勇者悟飯と囚われの一般人の手に委ねられたのだった。

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文字サイズ: 12px 14px 16px [02:旅先で知り合った人]

「そんなわけでいなくなったウミガメを探して欲しいんじゃ」
「ウミガメですね。僕に任せて――」
「そんなことよりさっさとピッコロ姫とやらを助けに行こうよ」
 投げやりなの台詞に悟飯の顔色がさっと変わった。
さん」
「何?」
 頼みごとをしてきた老人に一言告げてから、悟飯はもはや手馴れた様子で、をずるずると椰子の木の陰へと引きずっていく。もちろん、それを見た老人が「仕留めた獲物を引きずっていく猟師のようじゃ」と以下省略。
「あのですね、こういう時は素直に『任せてください』って言うんです」
「なんで」
「いいことをしたらその分、お金や経験値がもらえるんです。邪神を倒すための有力な情報を得ることもできるんです。そうでなくてもですよ、さん。あなたが今まで訪れた町で性懲りもなくやらかしてきた住居不法侵入及び器物破損及び窃盗のせいで、僕たちには悪行ポイントがたまってるんです。ここで善行ポイントを積んでおかないと間違いなく冥府行きなんですよ? あなた詩人に『あなたは今までそうとう悪いことをしてきましたね』って言われたいんですか? ちょっと選択を間違えて冥府のボスと戦闘になんてなったらピッコロ姫を救うどころの騒ぎじゃないんですよ!」
 そう一気にまくし立てた悟飯に、さすがのも反論する気は起きず――法を犯しているのだから当たり前のことである――大人しく悟飯の意見に従うことにしたのだ、が。
「それで、そのウミガメっていうのはだいたいどこら辺にいるんです?」
「さてのう。桃狩りに行ったまま帰ってこんからわからんのう」
「……ウミガメが桃狩り?」
「ワシが食いたいと言ったら『武天老師さまもしょうがない人ですね』と探しに行ってくれたんじゃ。フォッフォ!」
 その時、にははっきりと聞こえた。プツッと悟飯の頭の血管の切れる音が。
「『ワシが食いたいと言ったら』? 我侭な人ですね……」
「な、どどどうしたんじゃ!」
「要するにあなたの身勝手でウミガメは行方不明になった。そういうことですよねえ」
「ちょっと待たんか! 話せば分かる! そ、そうじゃ。お前、孫悟飯と言ったな? もしかして孫悟空の息子ではないのか?」
「だから何なんです」
「何を隠そうこのワシが、お前の父親に武術を教えた武天老師じゃ! つまりワシはお前にとって――」
 が聞き取れたのはそこまでだった。次の瞬間、悟飯の体が金色に輝き、老人の姿は二人の前から消えていた。もちろん、吹っ飛ばしたのは他ならぬ悟飯だ。
「お父さんがあんなちゃらんぽらんになってしまったのはあの人のせいだったんだな」
 低い声でぽつりと呟かれた一言に、が縮み上がったのは言うまでもない。こいつに絶対逆らってはいけない。例えどんなわがままを許してくれたとしても、最後の一線を越えてはならない。
「さあ、用事も済んだし行きましょうか」
「う、うん」
 こくこくと頷くに「さん、何か変ですよ」と悟飯はいつもの笑顔で返し、次の地へと進むべく舟へと乗り込んだ。

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文字サイズ: 12px 14px 16px [03:回復魔法]

 さんは術士でいいですね、と勝手に決められて以来、はせっせと回復呪文を唱える毎日だ。しかし、だからと言って他の攻撃呪文を覚えるわけでもない。ただひたすら、モンスターに襲われたら回復、そんな日々に正直自身も飽き飽きしていた。
 だからこそ、こっそりと町の図書館からくすねてきた呪文の本で攻撃呪文を練習していたわけだが。
さん、何やってるんですか……?」
 ある晩、外で一人せっせと呪文を繰り返していたはついに、悟飯にバレてしまうこととなる。
 寝ぼけ眼のまま外へと出てきた悟飯を見たとたん、はさっと呪文の本を隠した。しかし、いくら寝ぼけているとはいえ、悟飯がそれを見逃すはずがない。
「今、何を隠したんです?」
「ううん。何もないよ」
「嘘言っちゃダメですよ。また怪しいもの盗ってきたんじゃないんですか」
 そんな疑いの言葉には慌てて首を振る。確かに盗ってきたとも言えるが、これはこれから長く続く旅の中で必要となるであろうことなのだ。
 じっと見つめながら迫り来る悟飯に対して、は一歩、また一歩と後ろへと下がっていく。ああ、しかし。彼女の後ろにはすでに宿屋の垣根が退路を断つかのように広がっているではないか。人間、こういう時には本能的に気付いてしまうのか、もまた振り返った瞬間見えた垣根に、さっと軽い絶望の色を浮かべた。しかし、ここで諦めないのが彼女の長所である。ええい、ままよ。そう心に決めては口の中で小さくある呪文を唱えた。
 とたんに、の突き出した指先からぽっと生まれた炎が悟飯目がけて突き進む。
「うわッ!」
 悟飯が小さな悲鳴を上げ、手を払った時点で小さな炎はかき消されてしまった。しかし、驚いたのは悟飯もも同じ。
さん、いったい何を……」
「で……できたー!」
 一人は文字通り驚愕、そしてもう一人は狂喜乱舞。
「できた! できたよー!」
「で、できたって、人を攻撃しといて何ですか!」
「だって、だって。今まで何回やっても成功しなかったんだもん。いやー。これも悟飯くんのおか、げ?」
 その時、の顔は喜びのまま固まった。どさりと音を立てて、柔らかな芝生の上に本が落ちる。
「だからって、僕を攻撃していいって思ってるわけじゃありませんよね?」
「も、もちろん」
「そもそも、さんはまだ回復呪文の中でも一番簡単なやつしかできないんですよね。だから、行く先々で救急箱にこれでもかってくらい傷薬を買い込んでいるんですよね、僕らは」
 こういう時の悟飯はいつになくシビアだ。それは自身に厳しいように、ハイレベルなことを相手にも要求してしまうという、一部完璧主義者のような性格があるからだ、というのはが同行して得た知識の一つだ。
「これから先、どんな敵が出てくるのかわからないんです。ならばまず装備からお金をかけていかなきゃいけない。いつまでも薬ばかり使うわけにはいかないんです。だからこそ、さんの回復呪文が必要だというのに――とは言っても」
 そこでふと悟飯は言葉を切った。そして飛び出したのは意外な言葉。
「モンスターの中には、物理攻撃がほとんど効かないようなものもいます。逆にそんなモンスターは、攻撃呪文一つで一掃できてしまうのも事実。確かに、さんが攻撃呪文を覚えるのも大切なことですよね」
 そう言って悟飯はにっこり笑った。もちろん「回復呪文をある程度使えるようになってからですけど」という一言も忘れない。しかしここで、はニヤリと笑った。
「つまり、次のレベルの回復呪文が使えたら、攻撃呪文もマスターしていいってことだよね」
「そうですけど?」
 首を傾げた悟飯に向かっては呪文を一つ。とたんにぱあっと光が満ち、それがそのまま悟飯の体へと集まっていく。
「こ、これは……? まさかさん」
「へへー。実はもうコレ、使えるんだ」
 それはさっき悟飯が言ったばかりの呪文ではないか。
「実は解毒の呪文も覚えちゃった」
 ええ?と目をむく悟飯には得意満面。どうだ、恐れ入ったかというように、鼻がぐんぐん高くなっているような気がする。
「だったら何で戦闘で使わなかったんです?」
 ふと悟飯が口にした疑問は、と旅を続けていたら自然と出てくるものだろう。何せ彼女は、傷を負うたびにちらりと回復させるだけなのだから。
 しかし、すっかり機嫌をよくしたはここで一言。
「だって、強い呪文使うと疲れちゃうじゃない」
 それを聞いた悟飯の表情がぱっと変わったことにもは気付かない。ああ、余計な一言とはまさにこれを言うのだろう。
さん。あなたはまず、そのだらけきった根性を鍛え直すところから始めなければいけないようですね……」
 はっと気付いた時にはすでに遅し。泣いてもすがっても土下座をしても、悟飯の心は変わらない。
 結局、その後数日旅を中断して、鬼コーチ悟飯による精神修行を受ける羽目となったは「口は災いの元」という言葉の意味を改めてかみ締めるのであった。

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文字サイズ: 12px 14px 16px [04:本当は優しい人]

「西の都って大きいのねえ」
「ええ、僕もちょっとビックリしました」
 眩い明かり満ちる宿屋の一室で、窓の外を眺めながらそう呟いたに悟飯も同調した。
 旅を続けて辿りついたのは、この世界で一番大きいと言われる西の都だ。もちろん、悟飯ももこんな大都会には来たことがない。そもそも、今まで巡ってきた町とて『火がなくとも明るい』光などなかった。それに比べ、この部屋の摩訶不思議な白色の光は何か。
「これ、蛍光灯って言うらしいですよ」
 宿屋の人から聞きました、とちょっと自慢げに言った悟飯にすかさずの声が重なる。
「で、これはどこに火があるの?」
「それがですねえ、これは火で明るいんじゃないんです。デンキというもので明るいそうですよ」
 デンキとは何ぞや。そう説明を求めてももちろん、悟飯にも答えることはできず。
「魔法でもないのに不思議よねえ」
 そうが窓から視線を外したその時、「あっ」と叫ぶ悟飯の声と共に彼女の視界は真っ赤に染まった。
 いったい何が起こったのかわかることもなく、どさりと床の上に倒れこむ。全身が痛いような気もするが、何も感覚がないような気もする。何か感じるとすれば、そう。何かが体中に刺さっているような、そんな感覚だ。
「……ッ!」
 悟飯もあまりの出来事に声が出ない。それもそのはず、窓から突っ込んできた物をもろに受け止め、悟飯もドアを突き抜け廊下まで吹っ飛ばされているのだから。みぞおちに食らった一撃に意識が朦朧とする中、それでも必死に目を凝らしてじゅうたんの上に倒れているの様子を探る。しかし、彼女は血まみれのままぴくりとも動かず、まさかと最悪の事態が悟飯の頭の中を占めた。
(まさか、邪神デンデが先に手を打ったのか……)
 そんなことを最後に考え、悟飯もまた暗闇へと引きずりこまれていった。

 目を覚まして最初に目に飛び込んできたのは悟飯の顔で、なぜこんな間近に彼の顔があるのか、とはふと考えた。もしかして、いつものように寝坊をしてしまったのか。それにしては、悟飯はひどく嬉しそうな顔でこちらを見つめてくる。
「ああ、よかった」
 安堵の息をついた彼の横、視線を巡らせれば知らない顔が二つ。黒い髪を逆立てた目つきの悪い男と、エメラルドグリーンの髪を綺麗にまとめた女がいて、前者はばつが悪そうに、そして後者はニコニコと笑いながらを見ている。
「ごめんなさいね。うちのべジータが突っ込んじゃったみたいで」
「フン。あんなところにいるのが悪い」
「あのホテルはあんたが来る前からあったでしょ。そんなこと言わないの」
 そう言われてもには何が何だかさっぱりわからない。しかし、それも悟飯が丁寧に説明してくれたことにより、ようやく理解へとなった。
 あの夜、夫婦喧嘩をして(この二人はべジータ、ブルマといって夫婦だと言っていた)飛び出したべジータは、街の中をでたらめに飛んでいる最中、目の前を横切った鳥に視界を遮られ、たちが宿泊していた部屋に突っ込んでしまったらしい。それだけならよかったが、いざ痛みに頭を押さえながら辺りを見渡せば、足元には気絶している悟飯、そして部屋の中には血みどろになったが虫の息で横たわっており、慌てて自宅へと担ぎ込んだというのだ。
「さすがにこの人も、重傷の二人をほったらかしておくのは気が引けたみたいね」
 悟飯はすぐに目を覚ましたが、全身にガラスが突き刺さったは、傷を治しても目が覚めるまでに時間がかかった。そうして今に至る。
「どうせならもう少しゆっくりしていってちょうだい」
 そう言ったブルマの言葉に甘えて、二人は二日ほどこの家に滞在した。何でもこの家はこの広い西の都会でも一番の金持ちだという。今まで見てきた富豪の家のような家財道具は見当たらないが、その代わり見たこともないような機械というものがそこかしこに溢れかえっている。物珍しく、赤いボタンをぽちっと押してはブザーが鳴ったり、物が飛び出したりして、はむしろこのままこの家に居座ってしまおうかなどとも考えたが、悟飯はもちろんさらわれた人のことが気になって仕方がない。
 ゆえに、こうして三日目の朝、二人はさらなる旅路へと赴くことになった。
「ちょっと待て」
 門まで見送ってくれたブルマたちに礼を言って歩き出した二人の後ろから声がかけられる。振り返ればそこにはべジータの姿があった。
「これを持って行け」
 投げて寄越されたのは見たこともない鎧だ。軽くて、そのくせ妙にしっかりしている。それなのに、引っ張ればぐいっと伸びる、何とも不思議な鎧を手にした二人は、一瞬ぽかんと口を開けてべジータを穴が開くほど見つめた。
「あの、これは……」
「……せ、せめてもの詫びだッ。じゃあな!」
 悟飯が説明を求めるより前にさっさと行ってしまったその後ろ姿を見て、二人はくすりと笑う。
「怖そうだけど優しい人ですね。お詫びだからって、こんなすごい鎧もらえるなんて思ってもみませんでした」
「そうだね」
 の答えに、にこりと笑った悟飯は知らない。がすでにブルマから五十万ゼニーという大金を見舞いとしてもらっていることを。

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文字サイズ: 12px 14px 16px [05:脱出不可能]

 自分たちは日に日に力をつけている。そう悟飯は確信した。
 訪れた村の人たちに頼み込まれ、こうして洞窟に巣食うモンスターとそのボスを退治しに来たが、最早彼らは敵ではなく、いともあっさりと倒してしまったためである。最近ではの攻撃呪文もかなり役立ち、もしかして自分は最高の相棒に恵まれたのではないか、とどこぞにいるとも知らぬピッコロ姫に「ありがとうございます」と朝夕の礼を忘れない。
 礼を言う相手が間違っているのではないか、という突っ込みは、彼には通用しないのであしからず。
 ただ、難点として挙げるならば一つ、と悟飯は自分のことを棚に上げて横を歩くを見た。
「あれ? こっちだっけ?」
「違いますよ。こっちです」
「だけど、真ん中の道もちょっと怪しくない?」
 村人が普通に出入りしていたほど簡単な洞窟をさ迷うこと早二日。方向音痴に加えて今までほとんど地図という代物を目にしてこなかった二人にとって、光溢れる世界はまだまだ遠い。
「とにかく右の道を行きましょう」
 そう言って悟飯はまた歩を進め出した。仕方がないのでもその後ろについていく。しかし辿りついたのは、宝箱がちょこんと置かれた、人二人が入ってちょうどいっぱいになる小さなポケットだ。
「ちょっと、ここってさっき来たよ」
「そ、そうでしたっけ?」
「だってこの宝箱からスーパーダッシュスニーカーとったじゃない」
 悟飯の足に装備されている靴は、間違いなくこの宝箱に入っていたものだ。驚くことに、地図はさっぱり読めずとも、は自分がどこで何を取ったのか、それだけはきっちりと覚えている。逆に難しい書物を解読することはできても、そういうことには微塵ほども頓着しない悟飯には、どれがどの宝箱なのかさっぱりわからない。
「ほら、この鍵穴。この鍵じゃないと開かないやつだし、この洞窟の中でこの鍵で開けたのって一つだもん」
 腰に下げたいくつもの錠をじゃらじゃら言わせてが言う。旅をしている間にそんな知識まで身につけたようだ。いざ行かん、泥棒街道まっしぐら、である。
「もう疲れちゃったよー。あったかいご飯食べたい、お風呂入りたい、ベッドで寝たい」
 ぐちぐちと零しながら座り込んでしまったに悟飯もほとほと困り果てる。つられるように腰を下ろし、荷物袋の中を見ると、食料はもう一食分しか残っていなかった。このままでは二人とも飢え死にしてしまう。
「仕方がない。穴を開けましょう」
「どこに?」
「この洞窟にです」
 言うなり悟飯は立ち上がると、キッと前を睨み、額の前で手を交差させた。
「魔閃光!」
 とたん、轟音と共に眩い光が突き抜けた。もうもうと立ち込める土煙がようやく収まり、が目をこらしてみると、遠くに外の光が見える。そよそよと風も吹いてくる。
「やったー! 外だ!」
「へへ、すごいでしょ。これはピッコロ姫に教えてもらったんです」
「あ、そう」
 嬉しそうにそう言う悟飯に適当に返事をして、は新しくできた洞窟の出口へと向かって駆け出す。あんなところにいては、体中にカビが生えてしまいそうだ。一秒でも早く外の空気を吸いたい。太陽を浴びたい。そんな一心で走るの後ろ、悟飯もまた駆けて来る。
「それでですねー、その時ピッコロ姫がー」
「はいはい。ピッコロ姫がすごいのはよくわかったからー」
 言いながらはふと考えた。こんなとんでもない技を伝授するほど強い姫様を救い出す必要が果たしてあるのか、と。

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