文字サイズ: 12px 14px 16px [July〜長い休みの始まりは〜]-02-

 それから一週間。今日もピッコロさんは空を見てる。よーく注意してみれば、浮いてる時でもさり気なく見てるのよね。それがまた意味深でアヤシイ。
「ねえ、そんなに空が気になるの?」
 そう聞いてみてもはぐらかされるばかり。 しつこく聞いたら聞いたで、「いい加減にしろ!」と怒られる始末。それがまた癪に障るのよね。だけど、言ってくれないもんはしょうがない。悟飯くんに聞こうにも、これまたあいまいな答えしか戻ってこなくて、もしかして二人して地球征服なんて考えてるんじゃないかって勘ぐってしまうくらい。
 悟飯くん曰く。
「そういうお話はピッコロさんから直接聞いた方がいいと思いますよ」
 そりゃ正論。だけど、それができりゃあ苦労しないわよ。
 だいたい、ピッコロさんのその癖で、私は二度、あの肉体を踏んづけることになったわけで。その理由が晴れなきゃ、こっちもしっくり来ないじゃない。いつまでも私は「何ともなしに空を見ていた宇宙人を踏ん付けた地球人」ってわけで、白黒つけたい私からすれば、それは非常に不名誉な称号ってわけよ。
「ねえ、ピッコロさん。そろそろ教えてよ」
「何を、だ」
「空見てること」
「またそれか」
 そうよう。また「それ」よ。だって気になるんだもん。
 別に空見てることが悪いってんじゃないのよ。悪いことだと思ってたら私だって聞かないわ。例えば、ピッコロさんの服にべっとりと血がついてて、それ見て「その血どうしたの」とか聞こうもんなら、その場で私の血も新たに加わりそうなもんだけど、たかだか「空を見てる」ってだけなのよ? 私だって空を見ることくらいあるし、誰だってあるんだけど、「何ともなしに」とも言わず、ただはぐらかされ続けてたらこっちだって気持ち悪いじゃない。
「理由くらい教えてくれたっていいじゃない、ねえ?」
「理由を教える義理はない」
 そうら、来た。今こそ反撃の時。
「理由を聞く権利はあると思うけどね」
 そう言ったとたん、ピッコロさんの表情がピクリと動いた。
「どういうことだ」
「だってねえ、私はそれが原因で、二回もピッコロさんを踏んづけることになったのよ。私だって、踏んでやろうと思って踏んだわけじゃなし、理由を聞けば今後の参考にもなるってもんじゃない」
「そんなもの、お前が足元に気をつければいいだけだろう」
「もう、それじゃ解決にはならないの!」
 あらやだ。私としたことがついつい駄々っ子みたいになっちゃったわ。でも、気になるんだもん。もう、こうなったらピッコロさんに催眠術でもかけて自白させようかしら。うーん。この人、催眠術って効くのかな。
「ピッコロさん、催眠術って知ってる?」
「催眠術? 人間の医療行為に使うやつか?」
 あ、一応存在は知ってるんだ。よし、こうなったら一か八か。
「な、何だ?」
「いいからじっとしてて!」
 ピッコロさんの目の前に人差し指を突き出してぐるぐる回す。えーと。時計回りだったかしら、それとも反対回り? まあ、いいわ。かかりゃこっちのもんよ。さあ、ぐるぐる。あなたはだんだん眠くなる!
「あなたはだんだん眠くなる……眠くなる……」
 そう。眠くなって気が付いた時には前後不覚! そうなりゃ自白だろうが何だろうがやってもらうからね!
「あの、さん」
 何よ、悟飯くん。今とーっても大事な時なの。口を挟まないで。
「それはいいんですけど……それ、トンボを落とすやり方ですよ」
 え? トンボ?
「悟飯。この馬鹿は何をしてるんだ」
「えーっと、たぶんトンボを落とす練習かと……」
 悟飯くんがそう言ったとたん、目の前のピッコロさんは、おなかの中の空気を全部吐き出すかのようなため息をついてくれた。……もしかしなくても、催眠術にはかかってないの?
「馬鹿馬鹿しい。オレはあっちで修行しているからな」
 あ、ちょ、ちょっと待って! まだ催眠術が、と叫ぶよりも前に、ピッコロさんはさっさと飛んでいってしまった。飛んで行ってしまったってことは、もちろん催眠術にもかかってないわけで。これはちょっと改善の余地あり、ね。もういっそのこと、黒魔術でも覚えてかけてやろうかしら。呪いをかけて、夢の中で前後不覚にして理由を聞き出す、と。そんな難しい技、私にできるかしら。ううん、出来ると信じて修行すればいつか出来るようになるわ。
「あの、さん」
「何よ」
「トンボを落とす時は、もっと小さく円を描いて、ですね」
 言うなり悟飯くんは私の目の前で指を小さくくるくると回した。あのう。頑張ってくれてるとこ申し訳ないんだけど、指の動きが早すぎて目がついていけない。――って違うのよ。
「私、トンボなんて落とすつもりないんだけど」
「え? だってさっき……」
「さっき、何?」
「ピッコロさんで、トンボ落とす練習してたじゃないですか」
 だからしてないって。私がやろうとしてたのは催眠術よ。
「催眠術? そんなのピッコロさんにかけてどうするんです」
「決まってるじゃない。空見てる理由を自白させるのよ!」
 言ったとたん、悟飯くんは「はあ」と気の抜けた返事をしてきた。何よ。そりゃ悟飯くんは理由知ってるかもしれないけどね、私はまったく知らない上に、それが原因で一度死にかけて、こないだも身の危険を感じたばかりなのよ。理由くらい教えてもらってもばちは当たらないと思うわ。
「そりゃそうですけど」
「悟飯くん知ってるんでしょ。教えてくれたっていいじゃない」
「そ、それは……」
 ここ数ヶ月でわかったこと。悟飯くんは強く言われるとNOと言えない。何が何でもお願い、と言うとたいていのことは聞いてくれる――んだけど。
「ダメです。やっぱり、ピッコロさんのことですから」
 ピッコロさんが絡むとやたら口が堅くなる、と。やっぱり教えてくれないかあ。仕方がない。やっぱりピッコロさんに直談判だ。
 だからって、どうやったらピッコロさんは教えてくれるんだろう。やっぱり催眠術なんて中途半端な手はダメなのかしら。それよりも、直球でどすんと言った方が案外答えてくれたりして。――いやいや、最初のうちは、ちゃんと面と向かって尋ねてたのに教えてくれなかったじゃない。そうなるとあれかな。やっぱりドラマみたいに取調室で机挟んで、ライトか何かを顔にばっと当てて「どうして殺したんだ!」とか。あ、殺したってのは間違いね。「どうして空を見てたんだ!」って。うん、これで決まり。ちょっと物で釣った方が口を割ってくれやすくなるかしら。やっぱりここは定番のカツ丼? でも、ピッコロさんカツ丼食べられないか。あんなにおいしいのにもったいない。人生の半分損してるわ。あのふわふわのたまごも、さくっとした衣も、噛んだ時に溢れ出る肉汁も。あれほどパーフェクトな食べ物はないって言うのに、ピッコロさんはそれを味わうことができないなんてねえ。ちょっとだけかわいそうな気がしてきたわ。こうなったら私、ピッコロさん専用の超薄味カツ丼でも作ってあげようかしら。
さん、何か下らないこと考えてるでしょ」
 おお、ハーフサイヤンの悟飯くん。私のこの優しさがわからないっていうの。
「だいたい、超薄味のカツ丼って何なんですか」
「どうしてそれを知ってるの」
 まさか、私の思考を読んだとか。まあ! 乙女のプライバシーを覗くなんていくら悟飯くんでもいけないことよ。
「どうしても何も、今言ってたじゃないですか」
 だから、変なこと考えてるなって思ったんです、と言われちゃったら、こっちもどうしようもないじゃない。元はといえば、口に出してた私が悪いんだけど。
「――というわけで、どうにかしてピッコロさんに自白させようと思って」
 だけどそれを聞いたとたん、悟飯くんは「無理ですよ」ときっぱり言い切ってくれた。
「あのピッコロさんが、そんな王道に引っかかるわけないですよ。だいたい、いきなりライトなんて向けたら反射的に殴られますよ」
 ええー? 反射的に殴るってどういう脊髄反射なの。
さんも、そんなことでお顔殴られたくないでしょう」
 しかも、顔を殴るのね。年頃の娘さんの顔を殴っちゃうのね。
さんの頑張りを見てると、僕も何とかしてあげたいって思うんですけどね。知りたい理由っていうのもわかるんですけどね」
「わかるんですけど?」
「常人ならともかく、あのピッコロさん相手じゃ、どんな手段もたぶん通用しません」
 十何年付き合いのある愛弟子が言うんだから、たぶん嘘じゃないわね。いや、ちょっと待って。
「悟飯くんが人質になったら?」
「ひ、人質? 僕がですか!?」
「そう。そしたらピッコロさん、観念して吐いてくれるかもしれないじゃない」
 どうよ。それが一番いい方法なんじゃない? 私ってば頭いい! ねえ、悟飯くん。それでいきましょ!
「絶対嫌です」
 あ、絶対嫌なの。「わかります」とか言ってて、案外協力的じゃないのね。

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