文字サイズ: 12px 14px 16px [July〜長い休みの始まりは〜]-03-

「そ、空を眺めてる理由ですか?」
 そう言って、未だ修行中の神様は目をぱちぱちさせた。
「そう。ピッコロさんが空を眺めてる理由が知りたいのよ」
「空を眺めてる理由。……空がきれいだからじゃないでしょうか」
 ……ダメだ。この神様は純真すぎるわ。だいたいあのピッコロさんがそんな理由で空を眺めてるわけないじゃない。しかもあんなにちらちら盗み見るように見てて、「空が綺麗だったので」なんて言っても説得力ゼロよ。絶対ほかに理由があるはずなのよ。
 夏休み一日目。さっそく神殿に遊びに来たわけだけど、ピッコロさんは水を飲むなり、さっさと窓から飛び出して(せめて入り口から出て行きなさいよ)、神殿の端っこの方で瞑想中。悟飯くんはと言えば今、目の前に盛られた食事を平らげることに必死でこっちの話はまったく耳に入ってない様子。サイヤ人の食欲、ここにありって感じね。こないだ家にお邪魔した時も、おじさん、悟天くん併せて、すごい食べっぷりだったもの。よくもまあ、あれほどの食べ物が胃に収まること。サイヤ人ってもしかして、胃だけ四次元なんじゃないの?
「どうした、。口に合わないか」
 ふいにポポさんに言われてようやく、料理にほとんど手をつけてないことに気付いた。私ったら理由ばっかり気になってて、おなかすいてるのすら忘れてたみたい。
さん、よっぽど気になってるんですね」
 炒飯を口に突っ込みながらデンデくんの一言にこくこく頷いて。
「だってねえ、私はそれのせいで二回もピッコロさんを踏んづけることになったのよ? 理由くらい教えてもらってもいいと思わない?」
「それは確かにそうですが……」
「だけどピッコロ、空なんて見てない」
 そう、見てないのね……ってえええええ? 見て『ない』!?
「ちょっとポポさん、それどういうこと?」
「言った通り。ピッコロが空見てるところ、ポポ見たことない」
「そういえば、神殿ではそんな姿見たことありませんね」
 ちょっとデンデくんまで。しっかりしてよ、神様。ナイスボケで片付けられるようなネタじゃないわよ。注意力散漫、職務怠慢よ。
「神殿では空を見てないってことは、別のものを見てるの?」
「ええ」
「どこ? それどこ?」
「どこって……地上です」
 地上? こんな雲の上から地上を? 見えるわけないじゃない。
「ピッコロ、元神様の能力持ってる。元神様ほどはっきり見えてないが、気で地上の様子を探ってる」
 はあ、そりゃまた器用なことね。どうせ地上の様子ったって、悟飯くん中心なんでしょ。傍から見てればわかるのよ。悟飯くんと一緒に裏山に修行に行ったとたん、すすすっと現れるんだもん。ありゃ絶対私を警戒してるわね。何で私が宇宙人に警戒されなきゃいけないのよ。悟飯くんをとって食おうなんてミジンコの脳みそほども思ってないわよ。
「ふぉーはふぃふぁふぃふぁふぁ?(どーかしましたか?)」
 はい? 口の中のものを飲み込んでから喋ってちょうだい、悟飯くん。
「ねえ、デンデくん。ピッコロさんはいつも地上を見てるの?」
「いつもと言うより、修行してない時だけですけど。でもしてない時はよく見てますね」
 むむむっ! 私のどどめ色の脳細胞が謎を追い詰めだしたような気がするわ! 神殿にいる時は地上を、地上にいる時は空を。結びつけちゃえば、空を見てるイコール神殿を見てるってことにはならないかしら? だって、それ以外にピッコロさんが空見てる理由なんてないわ。どんなにあり得ないことでも最後に残ったのが、紛れもない真実だってかの有名探偵も言ってたじゃない!
 つまりこうよ。神殿にいる時は常に地上を探っているピッコロさん。そのピッコロさんが、地上にいる時は空を見てる。そしてそれぞれの場所には、ピッコロさんが大切に思ってる悟飯くんとデンデくんがいる。地上にいる時は悟飯くんの側にいるし、そうでない時には神殿の――もっとはっきり言っちゃえば、デンデくんの側にいる。二人同時に見ることはできないから、片方と一緒にいる時は、いないもう片方のことを心配しているに違いないわ! と、言うことは。悟飯くんとデンデくんが一緒にいる今は、地上の様子を探らないはず!
 そうとなったらこうしちゃいられないわ。さっさと食事を終えて、私のこの推理を立証しなくっちゃ!
さん、いきなりどうしたんでしょう」
「さあ。だけどすごく楽しそうだね」
 ええ、そうよ。楽しくってわくわくしてたまらないわよ。何が何でもこの謎を解決してみせるわ!

* * *

 かくして、そろそろ暇を告げるという時間になるまでピッコロさんが地上を見ることはなかった。大丈夫。トイレを借りた以外はずっと側にいて見てきたけど間違いはないわ。あとは犯人に推理を突きつけるよろしく、ピッコロさんに私の推理を突きつけるだけね。
「ねえ、ピッコロさん」
「……何だ」
 うわ。何か機嫌悪そう。
「あのね、今日も懲りずに空を見てることだけど」
「本当に何度も懲りん奴だな」
 そんなにズバッと言われても。悪いけど、私は蛇並の執念深さなのよ。ここで諦めるわけにはいかない、と私はお昼ご飯の時に考えた推理を話して聞かせた。ピッコロさんはと言えば、いかにも「聞く気はあまりないけど、しょうがないから聞いてやってる」って感じで、そこんとこちょっと腹立ったんだけど、それでも最後まで話してみたら、話が終わったとたん、ふとため息をついた。あら? もしかして手ごたえあり?
「ねえ、もしかして大当たり?」
 思わず身を乗り出して聞いてみれば、今度はとてつもなく深いため息。ふふふ、どうやら大当たりのようね。さあ、観念なさい。「参りました」と言ってごらん!
「まったく、暇な野郎だ」
 暇って。ちょっと、言うにことかいてそれ?
「そんなくだらんことを考えてる暇があったら、さっさと気の練り方でも覚えるんだな」
 これはもしかしなくてもハズレなのかしら。せめてイエスかノーで答えて欲しいんだけど。
「いつまでそうしてるつもりだ。悪いがオレはお前ほど暇じゃないんだ」
 嘘だー。一日中瞑想してるだけのくせに。だけど、しっしっと手を払われたら、もう取りつく島もなし。
「ね、さん。もう帰りましょう」
 隣に座ってた悟飯くんにまでそう言われて、時計を見ればもう夜の七時。そうね、悟飯くんもそろそろ帰らないといけない時間だし。
「でもピッコロさん。私まだ諦めてないからね!」
「わかった、わかった。とっとと帰れ」
 うわー、たった二歳しか違わないのにこのあしらわれよう。まるで幼稚園の先生に「はいはい、わかりまちたー。もう帰りましょうねー」と言われてる感じで、自分が惨めに思えてくるわ。ええい。こうなったら、どんな姑息な手段を使ってでも絶対に謎を解明してみせる!
「ってことで、やっぱり悟飯くんにも協力してもらいたいんだけど!」
「きょ、協力ですかあ?」
 どうしてそんなに嫌そうなのよ。負ぶわれてる背中に問いかけてみれば、慌てて否定の言葉は返ってきたけど、どうも乗り気ではないみたい。
「けどねえ。私の推理、けっこういい線いってたと思うんだけどねえ」
「そうですねえ。フフッ。でもピッコロさんも……」
 そこまで言って悟飯くんは黙ってしまった。何なの? ピッコロさんも何なの? 第一、今の怪しい笑いは何?
「ねえ、何がおかしいの? 何が『ピッコロさんも』なの?」
「いえ、何でもないです」
「何でもないわけないでしょう。ほらほら、言っちゃった方が楽になるよ」
さん、そういうの好きですねえ……」
「そういうのって?」
「尋問とか、何だか刑事さんみたいですね」
 あら、そんなこと言われたのは初めて。悟飯くんからすると、私ってそう言う風に見えるのかしら。でも、知りたいことを聞いて、それでわかるんならいいじゃない。謎は謎のままなんて、私にはしっくり来ないのよ。
「それで、本当のところはどうなのよ」
「本当のところ?」
「だから、ピッコロさんが空見てる理由」
 再びそう問いかけたら、あろうことか悟飯くんは大笑いして「そのうち教えてあげます」と返してきた。そのうちって。いったいいつなの。
「まあ、そのうちですよ」
「じゃあ、それまで私は自分の推理を支持しとくからね」
「うん。それでいいんじゃないでしょうか」
 あら、それでいいの。ってことは私の推理は当たらずとも遠からずってことね。

|| THE END ||
August〜海と馬鹿ども〜