文字サイズ: 12px 14px 16px [November〜ソバ焼き日和〜]-01-

「はいはい、いらっしゃいっ。おいしいおいしい焼きそばだよォォォッ!」
 ……はあ、疲れた。声を出すのってこんなに疲れることだったかしら。腹筋がびんびん悲鳴を上げてるんだけど。
 時は十一月頭、世間のあちこちで文化祭が開かれるこの時期、もちろんのことうちの大学でも文化祭が催された。しかも何がすごいって、訪れる人の数ね。この一帯、こんなに人いたかな、と思わず首を捻るほど集まってくる人、人、人の群れ。半径数十キロにわたって他の大学がないこの辺では、毎年うちの学祭を楽しむだけに、近隣の町や村から人が押し寄せてくる。ましてや今日は最終日、祝日ってこともあって、昨日おとついの比じゃないくらい大量の人が遊びにきてる。普段はだだっ広いキャンパスなのに、今日はどこを見ても人しか見えない。はあ、うちの学祭ってこんなに賑わっていたのね。私、一回の時初日にちらりと見て回って、去年は三日間友達と旅行行ってたから、こんなにしんどい祭りだとは露ほども知らず、あっさり模擬店なんて出しちゃったじゃないの。
 まあ、もともとの原因は悟飯くんにあるんだけど。
「僕ねえ、一度でいいからこういうのやってみたかったんですよねえ」
 初日の悟飯くんのはしゃぎっぷりは尋常じゃなかった。どれくらいかって、ピッコロさんが十人くらい現れて、悟飯くんの頼みを何でも聞いてやるって言い出したってくらいはしゃいでた。ううん、自分でも例えがよくわかんなくなってきた。けどいいか。悟飯くんに関しては、とりあえずピッコロさんを物差しにすりゃいいんだもんね。
 じゃあ、友達とやればいいじゃない、って思うんだけど、悟飯くんの友達はみんな、あまり学祭に興味を示さない人種らしい。それよりも目の前にぶら下がる準備期間を入れた四日間の連休に目がいってるみたいね。去年の私みたいに、じゃあ旅行行っちゃえーっ、って人やバイトがんがん入って稼ぐぜ!って人ばかりで、学祭はやりたい人がやりゃいいんじゃないの?って案外ドライな人が多い。もちろん、私もその部類だった――のに。
 あれはまだ梅雨が来る前。悟飯くんが大事な話があるって言うからてっきりピッコロさん関連かと思いきや、目を輝かせながら話されたのは、学祭で並ぶ模擬店の一般募集だった。
 うちの学祭の模擬店には三種類あって、一つは各ゼミの皆さんが出すもの、もう一つはクラブに入ってる人たちが出すもの、残る一つがそれ以外の学生が自由に出すものってなってる。
 この一般募集っていうのが曲者で、いろいろ制限事項がある上に、かなり早い時期から何をどうするかとか、こまかーいことをみっちり決めて、書類を作って期日までに提出しなきゃならない。しかもその上で実行委員会が「これはダメ」っていうやつを排除して、さらに抽選で100近い出店が決められる。要は、かなりの狭き門ってやつなのよ。
 それをやりたいと言い出したの、悟飯くんは。しかも私を道連れに。
さん、文化祭の連休って予定あります?」
 そんなことを言うからてっきり、何か遊びに行こうとかそういうのだと思ったのね。そしたら、学祭に出たいとか言い出すじゃない。出会ってたった二ヶ月の人間に、そんな大仕事切り出すかってパニックなって、とりあえず、それがどれだけ大変なことなのかを、友達から聞いた経験談なんか交えて説明したんだけど、一度決めたらてこでも動かないのが悟飯くんの長所であり短所であり、私の必死の説得にも応じず、しまいには、
「じゃあ、無理ですね……」
 としょんぼりされたら、こっちとしても何だか申し訳なくなるじゃない。そこでついつい、いつものノリと勢いで私はゴーサインを出してしまったわけ。だけどね、正直言って受かるなんて思ってなかった。
「えっと、規定として生ものを使うのはダメなんですよね」
「素手で触るのもダメ、食中毒とかあるからね。学祭で食中毒とかなったら新聞載っちゃうし、来年の開催も危うくなるしね。確かおにぎりはダメ、念には念を押して、卵オンリーは火を通してもダメ」
「じゃあ、出すのは火を通すもので……火はどうしましょう」
「カセットコンロの貸し出しがあるから大丈夫。ついでに電気を使う時は、発電機も貸してくれるから大丈夫」
「……さん、やけに詳しいですね」
 ええ、そりゃね。何を隠そう(?)この私も、一回の時にチャレンジしようとしたのね。だって、大学生なって初めての学祭って心が躍るじゃない! 自分も出てみたいって思うじゃない! それを阻んだのがこのくっそ細かい規約なんだけど。もう読んでるだけで頭痛くなってやめた。これじゃ、書類出す前から諦めろって言ってるようなもんじゃない。きっとこれも実行委員会のワナね。書類提出数をなるべく減らして、自分たちの仕事を少なくしようっていう。
 そんな私の悲しき武勇伝もよそに、悟飯くんはほんの少し悩んでぽつりと言った。
「ここはやっぱり中華まんかな」
 中華まん。悟飯くん、中華まん好きねえ。三日にいっぺんくらい食べてるの見るんだけど。でもそれには問題が。
「それどうやって作るの」
「餡を皮で包んで蒸すんですよ」
 違う。私が言ってるのはそういうことじゃない。
「何百個って必要なのよ? それぜーんぶ、二人で一個ずつ包んで準備するの?」
 学祭始まる前に腱鞘炎になって何もできなくなりそう。改めてプロのすごさを思い知る瞬間ね。
「だからね、出すんだとしたらもっと簡単な――って、悟飯くん。聞いてる?」
 座ってた椅子の背もたれにどっかりもたれかかって話を進めようとして気付いた。悟飯くんの様子がおかしい。なんだか、呆然としちゃったような……まさか、そこまで中華まんに思い入れが!? やっぱり、出すんだったら何がなんでも中華まん!? そこだけは譲れないって言うんなら、人数を増やしてくれない限り、私は参加辞退することにするわ。
「いったい、どれだけ作るんですか?」
 だけど、呆けたままの悟飯くんの口から飛び出したのはそんな疑問だった。なるほど、うちの学祭の規模をご存知なかったようで。
「参考までに言うと、去年友達が出した肉団子スープでざっと1200食、肉団子三つ入りだったから、×3で3600個?」
 よく考えてみれば圧倒するような数よねえ。3600個の肉団子って並べると何キロになるんだろう。しかし、3600個もの肉団子を作り続けた友達もすごいわ。
「ええと。食べ物はやめますか」
「じゃあ何するの」
「うーん。開催は十一月ですよね。そろそろ寒くなる時期だからセーターとか」
 どうしていきなり衣料品。しかもまったく売れそうな気がしない。さらに編んだことないのダブルパンチ。卒業するまでに編めるようになるか否かの問題だわ。
「それじゃあ、ジュースはどうでしょう」
 そして飲食に戻るのね。でも、中華まんに比べたらかなり建設的。ただ問題は材料よねえ。果物とかって意外と高いのよね。しかもミキサーは貸し出し一覧には入ってない。
「問題が山積みですね……。ええと、貸し出しがあるのは、コンロ、発電機、テーブル、大鍋、鉄板――鉄板?」
「焼きそば作るためのでしょ。でも焼きそばで出す人って多いからそんなに――」
 そこまで言った時、ぱっと頭の中に浮かんだ。そうだ、これがいい!
「焼きそばしようよ、焼きそば!」
「えっ? でも出す人多いんですよね? よほどの工夫をしないと」
「だからその工夫! あのね、焼きそばって言ってもここら辺の、なのよ。だったら違う焼きそば作ればいいじゃない。ほら悟飯くん、一回お弁当で大量に焼きそば持ってきたでしょ。あれ見て私『悟飯くんとこってこんなのなんだ』って言ったでしょ、覚えてる?」
「え、ええ」
「あれって、私たちのとことはかなり違う焼きそばなのよ。だから、あれにしたらちょっとはお客さんの目を引くかも!」
 悟飯くんが持ってきた焼きそばは、おばさんご自慢の中華焼きそばだった。あれ、おいしかったなあ。焼きそばって一種類じゃなかったんだって知ったのはあれのおかげね。
 よしよし、何とか先が見えてきた。あとは材料の調達ね。肉は何とかなるとして、他に何が入ってたっけ?
「ちょっと待ってください」
 うーん、何か用かね、悟飯くん。
「焼きそばって他にも種類があるんですか?」
 そこで私は思い切り椅子からすべり落ちた。そう、ついこないだまでの自分のことは、あっさり棚の遥か上空に放り上げて。

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