文字サイズ: 12px 14px 16px [November〜ソバ焼き日和〜]-02-

 かくして、私と悟飯くんの学祭チャレンジは始まった。まずコストを抑えるために、入れる具は豚肉とピーマン、もやしのみ。豚肉は、隣町に業務用のお肉屋さんがあるからそこで買えばかなり安く上がる。ピーマンも物を選ばなきゃそんなに高いものじゃないし、もやしに至っては、給料日前の超財政難の時よくお世話になる食材だもの。
「麺はどうしましょう」
「スーパーに前もって言っとけば、箱単位で仕入れてくれると思う」
 何よりも問題は、この書類が選考を通過するかだったんだけど――どうやら『中華』焼きそばっていうのがよかったらしい。九月半ば、無事出店許可が下りた。まあ、その頃には私も悟飯くんもやる気満々だったから、さあどんと来いの精神だったけどね。だって、許可見越して、夏休みに悟飯くんちで、中華焼きそばの猛特訓受けたんだもの。ピッコロさんそっちのけで。
「フン、修行をほったらかして料理か」
 嫌味も言われたけど気にしない。ダメねえ、ピッコロさん。ピッコロさんはまだ地球人の何たるかがわかってない。腹が減っては戦はできぬって言葉があるくらい、地球人って言うのは食べることが大事なんだから。いや、これはぜんぜん関係ないんだけど。関係ないから嫌味言われたんだけど。でもね、そっちが舞空術の修行なら、こっちは料理の修行。師匠はもちろん、悟飯くんのお母さん。
 もうね、私は感心したわ。手つきが鮮やかなんてもんじゃない。プロレベルというのすら申し訳ない、店開いたら大繁盛間違いなしの素晴らしさよ。だけど、それを言うとおばさんは笑いながら、
「そっだもんしてたら、うちの飯作る時間がねえだ」
 そんなことを返してくる。まず家ありきなのね。こんなにおばさんが心込めて料理してくれるんだから、ちゃんと感謝しなきゃいけないよ、悟飯くん。
「それはもちろん、僕だって悟天だってしてますよ」
 あれ、おじさんは抜きなの?
「悟空さはオラがうめえ飯作ってくれっのが好きだって言うだ。オラも、悟空さがうまそうに飯食ってんの見てる時が一番幸せだ。だからそれでいいだ」
 ……要するに、今のはお惚気なのよね。それでいいんですよね。お二人とも、いつまでもお幸せに。
 おばさんのお惚気を聞きながらも、修行はどんどん進んだ。まあね、私も悟飯くんもまず包丁の握り方から怒られたんだけどね。一人暮らしとは言ってもそんな手の込んだ料理をするわけでもないし、包丁なんて切れたらいいや、と思っていたのが甘かった。おばさん曰く、包丁をうまく使えない人間に、料理の素晴らしさはわからない、とか。おかげで私、実家帰ってからお母さんに褒められちゃった。それどころか、悟飯くんちに電話までしてお礼言い出す始末。いや、お礼は最初の二言三言で、あとの二時間はどう考えても世間話。初めて話すのに、なんであんなに共通事項が多いんだろう。家庭の主婦ってイロイロあるのね。

そんな風に夏休みは終わって、出店許可が出て、そこからは私が動きまくる番だった。だって悟飯くん、ここら辺のお店ってなーんにも知らないんだもん。知ってるのはせいぜい、文房具とか本屋とか。ただ、スーパーにピーマン見に行った時に、
「ここのは高いんですね」
 とぼやいてて、ピーマンの買出しだけは、悟飯くんちの近所(と言っても数十キロ離れてる)市場で買うってことになった。見に行ってビックリしちゃった。近所で売ってるのの二倍くらいでかいピーマンが2/3くらいの値段で売られてるの。貧乏生活で食費をいかに削るか頭を悩ませてる私は、思わずこれからの生活を悟飯くんに頼ろうかなって思ったくらい。言ったら悟飯くんは即OKしそうで怖いから言わないけど。
「とりあえず、麺が300食、肉が8キロ、ピーマンが150個、もやしが60袋。しめて、45500ゼニー。うーん、5万近くかかりますね」
「あとスープとかあるから、結局5万はいくのよねえ。麺を半分で1皿にするから、1皿100ゼニーで6万ゼニー……ぎりぎり採算取れるってもんね。もうちょっと欲しいなあ」
「あまり儲けばかり考えるのはよくないですよ。完売するかもわからないんですから」
「そうねえ。じゃあ、それを見越して150ゼニーってとこかな」
 材料費はとりあえず私が貯金から出すことにした。最初、悟飯くんも出すって言い出したけど、二人で持ち寄ってとなるとあとあと計算がややこしくなるじゃない。だから私が出して、あとで儲けからその分を頂くと。もし、足りなかったら、足りない分の半分を悟飯くんからもらうってことで話はついた。ああ、こういう時ピッコロさんの指からピッていうのができたらいいのに。そしたら私、じゃんじゃんお金出しちゃう。神殿行った時に言ったら、ピッコロさんに無言で首絞められそうになったけど。せめて何か一言欲しい。「殺す」でいいから。心の準備ができないじゃない。
 でもねえ、ここ数日ピッコロさんの機嫌はすっごく悪い。というより、神殿の空気自体が何か変なのね。そわそわしてるっていうか、びくびくしてるっていうか。うまくは言えないんだけど、なーんかいつもと違うの。やっぱり、ピッコロさんの機嫌が悪いからかな。特に最近は、学祭の準備に追われてて、裏山にもほとんど行けないし、必然的に修行もぜんぜんしてないし。だけど、別にのけ者にしてるわけじゃないのよ。ピッコロさんが同じく学生だったら、真っ先に声をかけるんだけどなあ。いや、ピッコロさんが学生って自分で言っててぜんぜん想像できないわ。むしろ必死になって想像しようとしたら怖くなってきた。やめやめ。
 それにしても、何かに夢中になってる時って、時間が経つのがものすごく早いってほんと。あれもしなきゃ、これもしなきゃとやってるうちに、あっという間に学祭がやってきた。前日うちの冷蔵庫に放り込んだ材料を悟飯くんと一緒に運び出して、セッティングしたのが開始の合図の十五分前。うちはメインストリートから右に入る道の、入って数軒目で、店の位置としてはかなりいい感じ。あとはいかにうろつく人たちを捕まえて叩き売るか。そこんとこは、私たちの腕にかかってるのよ。頑張れ私、そして悟飯くん!
「捕まえるって……もっと穏やかにいきましょうよ」
「ううん、学祭は戦いなのよ。引いたらそこで負け。押して押して押しまくらなきゃ!」
 ああ、何て言うの。血が騒ぐっていうの。日々やってる接客業の集大成が今、試されようとしてるのよ。まずお客さんが近づいたらいい笑顔で。そして捕まえたら、何が何でも買いたくなるような営業トークと有無を言わせない態度で!
 一応ねえ、20食分売れるってのは確定してるの。必死になって事前アピールしまくったから。最初は旅行に行くって言ってた友達も買いに来てくれるって言ってたし、ゼミの先生も来てくれるって言ってたし。悟飯くんの友達もそうみたい。一人なんて、快く車を貸してくれて、思わず私は拝んじゃったわね。うんうん、こういう時に持つべきものは友ってね。

 そんな意気揚々とした雰囲気の中、ついに学祭が始まった。最初はまばらだった人も、一時間が過ぎ、二時間が過ぎとなるにつれてかなり混み合ってきて――私たちはといえば、すでに半分ボロボロの状態になっていた。ちょっと、こんなにしんどいなんて聞いてない。
 用意していたパイプ椅子に座るなんて、合計してもほんの数分。始まってから今まで悟飯くんと交わした会話はほぼ注文のみ。私が肉や野菜を炒めて、その横で悟飯くんが焼いた麺に混ぜていって。ただそれの繰り返し。皿に盛ったところで、お客さんに渡して、また新しい注文聞いて会計して。これこそまさしく戦場。自分で言ったけど、ちょっと激戦すぎるのよ。
 確かにちょっと工夫したら売れるかもとは言ったけど、こんなに忙しくなるなんて誰が想像したというの。このままじゃ、用意した材料で三日間なんてもつわけない。となると、今夜のうちに新しい材料を用意して、とそんなことを考えながらも、もう手は自動的に動いていく。
「すごいですね。こんなに来るとは思ってませんでした」
「私も」
 ほんのちょっとだけ人がいなくなった時にそんな話をした気もするんだけど、いかんせん忙しすぎて何にも覚えてない。友達も来てくれたんだけど、そんなにしゃべる時間もなく、数分話したらバイバイ。これはさすがに予想してなかった。もっとまったりのんびりだと思ったんだけどなあ。だってまだ一日目だもの。そんなに人も来ないだろうからこそ、がっちり捕まえようと闘志燃やしてたのに、こんなに来られたら、その闘志ですら燃えカスになっちゃう。
 それは悟飯くんも同じだったようで、午後五時に終了の放送があったとたん、二人して椅子に座りこんでしまった。一日中立ったり座ったりを繰り返して、もうふくらはぎはパンパン。今夜マッサージしとかないと、明日になったら立てなくなっちゃう。
「それで、どんだけ売れた?」
「……312皿です」
 312ってことは、残ってる麺は144袋。明日もこのペースで売れたらとてもじゃないけど足りない。しかも最終日は午後七時まで店を出すのよ。完売御礼の札を出すのもいいけど、やっぱやるからには最後までやりたいじゃない。
「とりあえず100食。あと100食仕入れよう」
 その日、店をたたんでから私の家で作戦練り直して、買出しを終えて別れたのはもう夜九時だった。ううっ、明日筋肉痛になってないか、それが心配だわ。

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