文字サイズ: 12px 14px 16px [November〜ソバ焼き日和〜]-03-

 翌日、思った通りに私は筋肉痛になった。もうね、朝起きたら全身痛いの。いくら修行する時に山登りしてるからって、全身の筋肉使ってるわけじゃないしね。その証拠に、使いまくった二の腕がきゅうきゅう言ってる。修行は修行で瞑想ばかりだし、よく考えたら体なんてほとんど動かしてないじゃない。
 それでも学祭はあるの。出なきゃいけないの。そう自分に言い聞かせて準備をしていたところで、悟飯くんが迎えにきた。
「おはようございます! 今日も頑張り……さん?」
「なあに?」
「どうしたんですか」
 その『どうしたんですか』っていうのは、出迎えた私の姿勢にあったと思うの。もうね、よぼよぼのおばあさんみたいな迎え方したから。だけど理由を話したら悟飯くんはあっけらかんと言い放ってくれた。筋肉痛は、無理してでも動かしたら治るんだって。そう、無理してでも。
「つまりは無理をしろと」
「そりゃ体を壊すくらいはいけませんよ。でも痛いからってまったく動かさなかったら長引いちゃうんです」
 なんでも昔ピッコロさんと修行してた頃、足をもんで寝たのに、筋肉痛になったんだって。でもあのピッコロさんが一回休みなんて使うはずないじゃない。次の日も朝早く叩き起こされて殴られてるうちに、気がついたら治ってたんだって。……そんな乱暴な。
 だけど、悟飯くんの言ってたことも一理あった。もはや気合のみで店を開いてやりだして、少し遅めのお昼ご飯を食べてるうちにふと気付いたの。足の痛みがかなり消えてることに。これは盲点だったわ。動かしたら本当に治るなんて。
 だけど、今度はもっと深刻な悩みが出てきた。そう、昨日に引き続いて材料のこと。今日は感覚としては昨日の人出の2/3ってとこかしら。ちょっと忙しいって程度だったんだけど、それでも焼きそばは売れていく。昨日、さらに100食仕入れたからダンボールには244食のそばがあったというのに、昼を回った時点ですでに50食がなくなっていた。昨日スーパーに出向いた時に追加で1ケース150食分を予約してきたけれど、それで果たして明日乗り切れるのか。もしかして、私たちの読みは相当甘かったんじゃないかしら。
「とにかく、今日どれだけ残るかが問題ですよね」
「もし足りなくなったらどうしよう」
「そうなったら……明日、朝一で僕が仕入れてきます。始めの少しだけ、お任せすることになりますけど、大丈夫ですか?」
 大丈夫も何も、ここまで来たらやるしかない。スーパーが開くのが十時。悟飯くんの予想によると、それからだと二十分くらい遅れるほどで何とかなるって言うじゃない。最初の頃は混まないってこの二日でわかったし、とにかくやるだけやってみよう。
 そう約束して、ついに運命の最終日が来た。空はこれでもかってくらい晴れ渡って絶好の学祭日和、しかも祝日。周辺からわらわらと人が押し寄せてくるのは目に見えてるだけに、こっちの気合もばっちりよ。昨日のおかげか、筋肉痛もなくなって、しかも材料を仕入れることもなく、私と悟飯くんは学校へと向かった。何だか、学内の雰囲気も違う。今日こそが本番だってみんな思ってるのか、どこの店も入念に準備を進めてるのね。
「たぶん、昨日の二倍は固いよ」
 そう教えてくれたのは、隣でクレープを焼いてる四回のお兄さんたち。この人たちは一回の時からずっと参加してて、いわゆる学祭のベテランって人たちね。ずっとクレープをやってる上に、四人中二人がクレープ屋でバイトっていうスペシャリスト集団で、もうクレープ焼く手つき、スピードが並じゃないの。神業の域に達する勢いなの。悟飯くんなんか、真横で見て「隙がない」って呟いてたほどだもんね。もちろん、量産されるクレープはどれも焼き色が一緒というレベル。毎年買いに来てくれる人もいるみたいで、おとつい昨日だけでも、惜しまれる声を何度聞いたことか。
「すごいですよね。ああいう人って憧れます」
 もしかして、ついでに来年もやるとか言い出すんじゃと危惧したけど、さすがにその言葉は出てこなかった。うんうん、悟飯くんも学祭の大変さがきっとわかったんだよね。私はもう、今年限りの貴重な経験として終わらせたいな。楽しいけど、体力がついていかない。

 最終日というだけあって、学祭は初めっからものすごい賑わいだった。今日は確か最近売れてきたバンドが来るとかで、ひと目でそのファンだとわかる子たちもうろうろ、明らかに中学生や高校生って子が連れ立ってうろうろ、家族連れが楽しそうにうろうろって状態で、どこを見渡しても人がいる。そんな人たちにも、私が頑張って作ったキンキラキンのモールで囲った看板は目に入るようで、注文を受けては渡し、受けては渡しの繰り返し。一日目で忙しいなんてぬるいにもほどがある。それを三乗したくらい忙しくて、私と悟飯くんはひたすら手を動かして、口も動かして、ひっきりなしに訪れるお客さんの応対に追われてた。だからね、そんな時に目の前を知ってる人が通っても気付かなかったの。
 そんな中、ようやく椅子に落ち着けたのは、もう午後三時を過ぎた頃だった。そうよね、お昼時に食べ物が飛ぶように売れるのは、普通の店でもそうじゃない。ましてやお祭りってことで、みんなの財布の紐も緩んでるのよね。
「でもこれじゃあ、終わりまで持ちませんよね」
 肉や野菜はちょっと多めに仕入れたからいいとして、問題はまたしても麺だった。今の時点で残り70食。昨日が終わった時点で250近くあったのに、今たったの70食。ざっと計算しても十時からの五時間で180食、360皿売れたってことになる。終了の七時までにペースが落ちるとしても、ちょっと足りないかも。
「僕の予想としては」
 悟飯くんがふと呟いた。
「五時、六時の間にまたちらほらと混むことがあると思うんです。みんな、早めの夕食代わりにすると思うんですよ」
 うーん。さすがというか。この二日で完全に人の流れを読んでるみたい。
「あとどれくらい出ると思う?」
「そうですね。このまま行くと、最低200皿は出ると思います」
「となると、最低30食足りないと。参ったなあ」
「やっぱり僕、今から買出しに行ってきます。今ならまだそんなに混んでないから、さんの負担にもそうならないと思います」
「そうねえ、そしたらあと50食くらい――」
 そこまで言った私の声を遮る声が二つ。しかも結構聞き慣れた声が二つ。
「やーっとすいたね!」
 ぎょっとして顔を上げた私たちの目に飛び込んできたのは、悟飯くんにそっくりの顔が一つと、お金持ちのお坊ちゃまの顔が一つと。
「デッ……デンデェェェェ!?」
 にこにこしながらこんにちは、と言ってきたのは、黄色いパーカーをすっぽりかぶった地球の神様の顔だった。



「ピッコロさんだってさあ、そんなに怒らなくてもいいのにさ」
「こういうのカホゴって言うんだよね、兄ちゃん」
 椅子に座ったとたん、悟天くんとトランクスくんは口々に事のあらましを教えてくれた。遡ること数ヶ月前から、その話は始まる。
 ちょうど出店が決まってすぐの頃、私たちが神殿で学祭の話をしたのね。決まって盛り上がりだした頃だから、もちろん神殿に遊びに行った時にもそういう話題が出たんだけど、その時にデンデくんがいかにも行きたそうなそぶりを見せてたの。だから、もちろん私たちは誘ったわけよ。だけどね。
「文化祭? 寝ぼけてるのか、お前ら」
 そう、あっさりざっぱり切り捨てられちゃったのよね、我らがピッコロさんは。
「僕も改めてお願いしてみたんですけど、やっぱりダメでした」
 しょんぼりしたデンデくんのフードのすそから、細い触角の先っぽがちらり。ああ、これは相当ショックだったみたいね。もうっ、神様ここまで落ち込ませるなんて、何やってるのよ、ピッコロさん!
 私ね、デンデくんが来たいって言ったのすごくわかるの。一年中あんなとこにいたら、さすがに退屈もしてくると思うのよね。たまには息抜きっていうのも必要だと思うのね、私は。だけどピッコロさんからしたら、それはいけないことらしい。あそこで何百年と住まなきゃいけないのに、たった数年でそんなこと言ってちゃダメなんだって。その意見ももちろんわかる。
「だけど、ちょっと一日くらい出てもいいよね? ボクだって、ずーっと家にいなさいって言われたら退屈しちゃうもん」
「だからさ、オレたちがデンデを連れ出してあげたんだよ」
 そう、問題はそこなのね。この二人はデンデくんのぼやきを耳にして、今回のトロピカルバカンスお忍び大作戦(ってトロピカルバカンスって単語はどこから来たの)を計画・実行したらしい。二人で何気ないふりして神殿に遊びに行って、ピッコロさんが瞑想してる間に、こっそりデンデくんを外に連れ出したんだって。
「でも、ピッコロさんが気付いてないはずないんだけどなあ」
「そうよね。何もかもお見通しのような気がするんだけど。本当に大丈夫だったの?」
 そんな私と悟飯くんの心配をよそに、ちびっこ二人はガッツポーズ。
「大丈夫だよ! 追いかけてこなかったもん!」
 いや、追いかけてこなかったからって見解は甘すぎる。だってあのピッコロさんなのよ。瞑想中でも、私が居眠りしただけで気付いて怒鳴るようなピッコロさんが、反対してるデンデの連れ出しをそう易々と見逃すかしら。何か裏がある。絶対に何か裏があるに違いない。
「でもねえ、下手したら殴りこんでくるわよ」
「えっ……ピッコロさんが、でしょうか」
 ぎょっとしたようにデンデくんが声を上げる。そう、あり得ない話じゃないと思うの。もし万が一気付いてないとしても、神殿にデンデくんの姿が見えないって時点で、神殿にとっては緊急事態よ。そしたらピッコロさんは真っ先に動くと思うの。まず気を探って、ここにいるってわかったとたん、たぶん文字通りすっ飛んでくる。
「そしたらデンデくん、その場で強制送還よ」
「そんなあ!」
「悟天くんがそんなって言ってもたぶんそうなの。だって、ピッコロさんはデンデくんの後見人でしょ。後見人っていうのは、その人の面倒をみる人なの。その人がしたことや言ったことの責任を取る人なの」
「でもピッコロさん、そんなのぜんぜんしてないぜ。修行ばっかじゃん」
「ピッコロさん、いっつも瞑想してるか、ぼーっとしてるしかないよ」
 いやまあ、ちゃんとしてるかしてないかはこの際置いといて。……って、ちびっこにここまで言われるピッコロさんって。仕事をしなさい、仕事を。ニートと同じ生活じゃない。そんなんだからポポさんに仕事押しつけられて、ぶつくさ文句言うことになるのよ。ちゃんとこっちの仕事してたら、押しつけられることもないし、文句言うことだってないのに。って、これは今は関係ないか。今はとにかく、この事態の重要性を説かないとね。

NEXT