文字サイズ: 12px 14px 16px [November〜ソバ焼き日和〜]-04-

「もし、デンデくんに何かあったとするじゃない。そしたら、その責任はピッコロさんに行くの。神様の上には界王様っていうのがいるんでしょ。デンデくんにもしものことがあった時、その界王様から、どうして目を離したんだって怒られるのはピッコロさんなの」
「大丈夫だよ。ボクとトランクスくんがついてるもん。デンデに悪いことする奴がいたら、やっつけてやるんだ!」
 いや、お子様たちよ。問題はそこじゃない。そこじゃないんだ――ってピッコロさん?
 どう言ったらいいのか、うーんと顔を空に向けた時だった。こうね、校舎の屋上にピッコロさんがいたの。いつものように腕組みしてそこにいたの!
「あっ」
 横で悟飯くんの小さな叫びが聞こえた。どうやら、悟飯くんも気付いたらしい。だけどその直後に、
「あーっ!」
 そう大声を出したのは、ちびっこ二人組。だけど、それ以上声は聞こえなかった。ふと視線を元に戻すと、悟飯くんが慌てて二人の口を塞いでいた。そう、そうよね。ここで、ピッコロさーんとか呼んじゃったら、回りの人が気付いて騒ぎになっちゃう。
 でも何でここにピッコロさんが。もしかして、さっきの言葉通りデンデくんを連れ戻しに来たのね。そうだ。だって、すごく怖い顔してるもん……。ああ、私の人生決まったわね。たぶん、怒られた挙句に殺される。きっと、怒られるのは私に決まってる。
「あのう……」
 そんなお先真っ暗状態になった私に話しかけてきたのはデンデくんだった。
「ピッコロさんが上がって来いって……」
「えっ、私一人で?」
「……だそうです」
 すみません、とデンデくんの声がどこか遠くから聞こえる。いきなりご指名きちゃったわ、どうしよう。
「あの、やっぱり僕も行きます」
「でもピッコロさんは私に一人で来いって言ったんでしょ」
「だけど……あっ」
 デンデくんは、そこで言葉を切って。
「なに?」
「あの、『さっさと来い』だそうです」
「いいですよ、さん。僕が行ってきます」
 悟飯くんもそう言い出したけど、ちびっこ二人の面倒を見れるのは悟飯くんだけだと思うのね。それにデンデくんも一緒だと、悟飯くんがいない時にもし万が一っていうのが本当にあるかもしれないし。わけわかんない奴とか襲ってきても、私は盾にすらなれないもん。うん、ここはやっぱり私が一人で行くしかない。ほら、だってまだ学祭の最中だから、今ミンチにされることはない――と思いたい。そうだよね、そこは信じていいよね、ピッコロさん。
「いい、私行ってくるから。……だから、骨は拾ってね」
 半分冗談で半分本気でそう言ったら、
さん、目がマジだよ」
 そんな突っ込みをトランクスくんにもらってしまった。うん、確かに冗談は一割であとの九割は本気かも。だんだんそんな風に思えてきた。

* * *

 学祭中の校舎っていうのは静かなもので、屋上へと続く階段を上っている時も、たんたんと自分の足音だけがやけに耳に響いてくる。ううっ、何だか怖くなってきた。いや、この状況で怖くならないのって、よほど神経図太くないと無理なんじゃないかしら。
「おい」
 最後の階段を上ろうとしたところで声がした。顔を上げなくてもわかるけど、顔を上げて――ああ、やっぱりピッコロさん。屋上の入り口を開いたまま、あごで合図されて、私はおそるおそる屋上へと出た。冬も間近の風は思ったより冷たくて、思わずぶるっと身震いしたけれど、これはたぶん風だけのせいじゃない。
「あのう、ピッコロさん……」
「覚悟はできているだろうな」
 いえ、できてません。まったくもってできておりません。ああ、ちょっと待って。ミンチは待って。
「オレは、連れ出すなと言ったはずだ。それを」
「ちょ、ちょっと待ってピッコロさん! これにはいろいろと深いわけが!」
 とにかく、身の潔白をまず証明して。それから、こうなったいきさつを説明して、ええとそれからそれから。あの、ピッコロさん。そんな怖い顔で睨まないで。ちょーっと落ち着いたらすぐに言い訳を――って、え?
「悟天とトランクスだろう」
 悟天くんとトランクスくん?
「こんな下らんことを思いついたのは、あいつらなんだろう」
 ……なんだ。ピッコロさんってばちゃんとわかって――ん? どどど、どうしてピッコロさんてばそれを。いや、わかってたんなら、何でわざわざ私を呼び出したの? 私のあの緊張は何だったの。ちょっと寿命縮んじゃったじゃない! 縮んだ寿命を返して。
「あいつらを呼び出したとしても、どうせぎゃあぎゃあ騒ぐだろう。悟飯を呼び出せば、デンデの警備が手薄になる。そうとなれば、あの場で一番必要ないのはお前だからな」
 ちょっと、必要ないって。言いたいことはわかるけど傷つくわ。人間、存在を否定されるのが一番堪えるのよ。まあ、それはこの際突っ込まないけど。それよりちょっと、私の疑問を聞いて。
「でもさあ、どうして今回はこんなにダメダメ言うの。いつもならしぶしぶでもOKしてくれるじゃない」
「いかんもんはいかん。ただそれだけだ」
「それじゃ理由になってないじゃない。学祭に来ちゃいけないって、神様の掟でもあるの? デンデくんだって来たいって言ってて、あとはピッコロさんがOKしたらここまで大事にならなかったかもしれないのに」
 ちょっと言い過ぎたかもしれないけど、事の発端は確かにこの学祭の話とピッコロさんのNGにあるのよねえ。だけど、ピッコロさんはどこか遠くしか見てなくて、こっちの話を聞いてるのかすら、ちょっと怪しい。
「……確かにデンデの気持ちもわかる。あいつはもともと仲間に囲まれて暮らしてきた身だ。それがいきなり神殿につれてこられ、ほとんど仲間のいない状態で過ごしていれば、多少退屈したり寂しく思ったりもするだろう」
「だったらどうして、今回に限ってダメだって言ったの。だって、さっきも言ったけど、いつも私や悟飯くんが連れ出す時はいいって言うじゃない」
 もう本当にしぶしぶだけど。ピッコロさんもついてきたりするけど。
「いつも出かける時は、人間の少ない場所である上、悟飯がついているだろう。だが今回は違う。もしお前が、デンデの命を狙う者だとしたらどうだ。これだけ大量の人間が詰めかける場所にあいつが出かけるとなれば、ましてやお前や悟飯が目を離し、あいつが一人になるチャンスがあるとしたらどうする」
 えっ? いきなりスナイパー設定? だとしたら。
「うーん。殺っちゃう……かな」
「人気のない場所に誘い出してもいい、人ごみに紛れて遠くから気功波を撃ってもいい。あいつの命を狙うことは至極簡単なことだ。――お前は、なぜ歴代神が武道家なのか知ってるか?」
 いきなりそんな質問されても。でも、確か前にそういうことは聞いたことがあるような。理由は知らないけど。確か、ピッコロさんとくっついちゃった先代の神様も、昔武道家として名を馳せた人だったとか。
「答えは簡単だ。敵が来襲しても、ある程度自衛できるようにだ。だが、デンデにはそれができん。だからこそ、余計に気をつけねばならんのだ。見通しのきく場所なら守ることも容易だが、こうも狭い場所では、身動きが取りにくい上に他者を巻き込む危険性がある」
 なるほど、そういう理由があったってわけね。でもそれならそうと言ってくれてもいいじゃない。そしたらデンデくんも納得するし、ちびっこたちがこんなことする必要もなかったのに。
「だから、ここは情状酌量ってことでどう?」
「つまりは咎めなしということにしろと。そういうことか」
「いや、そこまでは言わないけど。あんまり叱りすぎるのもかわいそうかなって」
「だが、やったことに対してはきっちりと言っておかんとな。あの二人はまだガキだ。やっていいことと悪いことの区別もままならん。だが、だからこそはっきり言う必要があるんだ」
「で、でも。でも二人とも、悪いことをしたつもりじゃないと思う……んだけど」
「だから尚更たちが悪い。まあ、今回は目を離したオレにも責任はあるから、あまりとやかくは言わんが。とにかく、オレはこのまま帰る。あまり長いこと神殿をミスター・ポポだけに任せるわけにもいかんからな」
「じゃあ、デンデくんは」
「この馬鹿騒ぎが終わってから帰ってこさせたらいい。ただし、あいつら二人だけでなく、悟飯にもついてくるよう言っておけ」
 ああ、それはつまり監督役ってことで。
「珍しく頭が回るな」
 その一言は余計です。でもよかった! デンデくん、今すぐ帰らなくていいんだ! そうわかったら、何だか気持ちも晴れてきた!
「ねえねえ、もしも、もしもの話よ。私が首謀者だったらどうした?」
「お前が?」
「そう。もし、この計画の黒幕が私だったら」
 ああ、気持ちが晴れてきたら冗談も言える。そう、もし私が首謀者だったとしたら。でも、あの二人でこの程度だから、私の場合でもそんなにひどいことにはならないよね――と思ったのに。
「そうだな。おそらくこの場で殴り殺していただろうな」
 ……なんで私だったらその対応なの。ピッコロさん、私の命を何だと思ってるの。

「あーっ、生きてるー!」
 戻ってきた私を迎えたのは、トランクスくんのその一言だった。生きてるって。そりゃ、骨拾ってねとか言ったけど。
「もしもさあ、ピッコロさんがさん殺しちゃったらさあ」
「ドラゴンボールで生き返らせてあげようねって話してたんだよ!」
 そんな物騒な話をしないでよ。そろいもそろって、一般人の命を何だって思ってるの。ああ、私ってかわいそう。いや、かわいそうなのは私なんかより、しょんぼりしちゃってるデンデくんかな。
「ごめんなさい。僕のせいでさんが怒られちゃって……あの」
「ううん。怒られてはいないから気にしないで! そういや、ピッコロさんがね。学祭終わってからデンデくんを送ってくれって」
「えっ?」
「ちびっこ二人には任せられないから、悟飯くんも一緒にって言ってたけどね」
「えーっ!」
 今度のえーっはちびっこ二人。ってどうしたの、その不満たらたらな顔は。
「ピッコロさん、オレたちが強いってわかってるのにさあ」
「もうちょっと信用してくれたらいいのにぃ」
さん、知ってる? オレたち、ゴテンクスになったら超強いんだぜ!」
「ならなくっても強いけどね!」
 あー、はいはいわかったちびっこどもよ。ゴテンクスってあれね、二人で合体してなるとか何とか。前にピッコロさんから聞いた。もーんのすごーく生意気だわ、やることなすことめちゃくちゃだわで、ほとほと疲れ果てたって。あのピッコロさんがもう二度と相手したくないって真顔で言うくらいだから、きっと想像を絶するようなものだったに違いない。そんなものになられたら、私が収拾つけられなくなるじゃないの。
「だけど、本当によかったね、デンデ」
「はい。皆さん、本当にありがとうございます!」
 ああっ、私たち別に何もしてないのに、そんな頭なんて下げなくても。でも事態は丸く収まったんだからそれでよし!

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