文字サイズ: 12px 14px 16px [November〜ソバ焼き日和〜]-05-

「おっ、何とか収拾ついたの?」
 急に横から顔が現れてぎゃあと叫びそうになったのもつかの間、振り向けばそれは隣のクレープ屋のお兄さんだった。いいい、いったいいつからこっちの話を聞いてたの。
「ごめんなさい、さん。聞かれたんで答えちゃいました」
 えーっ、って悟飯くん。どうやって説明したというの。神様とか神殿とかピッコロさんとか、一般人が聞いただけでは理解できないようなことなのに。
「厳しい親を持つっていうのも大変だよなあ。大人になったらそのありがたみもわかるんだけどさあ、中学生の頃は反発しまくったよ、俺も」
 お兄さんはいかにも知ってますって顔でうんうん頷いてるけど、親ってどういうこと? 悟飯くんにそう目で尋ねても、こっそり目配せしてくるだけ。他のみんなもどことなくにやにや。何よ、ちょっと。わかってないの私だけなの?
「そうだよなあ。ピ……おじさんも、もうちょっとわかってくれりゃいいのにさ」
「うんうん。ユウヅウっていうのがきかないのも、困ったもんだよね」
「で、でも! 本当はとっても優しい人なんですよ、ピ……おとう、さんは」
 ……はーん。なるほどね。だいたい読めてきた。無理やり地球家族に当てはめてみたってわけね。ここぞって場面で機転がきくのね、悟飯くんは。これも脳みその違いかしら。私だったらしどろもどろになっちゃって、うまく言えそうにない。
 でも、ピッコロさんが「お父さん」だって。ぷぷっ。本人が聞いたらどんな顔するかしら。「誰が父親だ!」って怒るか、真面目顔で「ナメック星人は単為繁殖だから、そもそも父親母親という区別は」と間違いを正そうとするかのどっちかね。――普段のデンデくんとのやり取りを見てると、父親ってよりは母親に近いような気がするけど。勉強は済んだのかとか、早く寝ろとか、私もお母さんに言われた記憶が多々多々。
 そんな厳しい「お父さん」とやりあったとあって、なぜかお兄さんの中で私の株がぐーんと上がったらしい。労いにタダでクレープまでもらっちゃって、ちょっと得した気分。話に聞いたら、私がいない間にみんなもらったらしいけど。ふーん、そう。私がピッコロさんと丁々発止のやり取りしてる時に、みんなお揃いで、おいしいクレープほうばってたのね。ふーん。
「まあ、丸く収まったんだからいいじゃないですか……それより、僕今から麺買ってきます」
 あっ、クレープに心奪われて忘れてた。おずおずとブースを抜け出そうとした悟飯くんの袖を引っ張って、私は鼻高々事態を説明しようと。
「ちょっと待って。麺ならもうあるのよ」
「えっ? もしかして――もしかしてさん、ピッコロさんにお買い物を!?」
「えーっ! あのピッコロさんが買い物すんの?」
 まあ、そう早まらないで。騒ぐみんなをなだめて、私がポケットから取り出したのは、小さな小さなカプセル。
「あっ、うちのだ」
 そう。トランクスくんちが作ってるカプセル。この中に入ってるのよ、50食分の麺が! 私がピッコロさんにすがりついて出してもらった麺が!
「なに? 願い事?」
 屋上でそう切り出した私にピッコロさんは怪訝な顔をした。
「聞いてくれる?」
「ほう、聞くだけでいいのか」
「いや、ダメ。叶えてほしいの」
「そんなものは神龍に頼め。オレはドラゴンボールじゃない」
「そんなの集めてる暇はないのよ。今すぐ必要なの。だから出して、中華麺50食」
 私のその言葉を聞いたとたん、ピッコロさんはさっさと踵を返して。
「くそったれ! マントを引っ張るな!」
「だって今帰ろうとしたでしょ! 私のお願い叶えないまんま! だいたいねえ、こんなにマントぴらぴらさせて、捕まえてくださいって言ってるようなもんなのよ。掴んで何が悪いのよう!」
「やかましい! とっとと離せ!」
「嫌よ。絶対に離さないんだから! あのねえ、中華麺が足りないの。悟飯くんが買いに行くことになってるの。ねえ、いいの? 悟飯くんが席外しちゃうんだよ? あのブースに私と悟天くんとトランクスくんとデンデくんがいることになるのよ。一番強くて、一番頼りがいのある悟飯くんが、二十分ちょっといなくなっちゃうのよ! もしそんな時に、怪しい奴が来たらどうするの!」
 頭に浮かんだことを片っ端から口に出してたら、最後にぴたっとピッコロさんの動きが止まった。
「それなら、貴様が買いにいけばいいだけの話だろう」
「近所のスーパー回っただけじゃ足りないの。私が行ったらあちこち回って一時間以上かかっちゃう。その間にも麺はなくなっていくのよ。足りなくなって『売り切れです』って言わなきゃいけないの」
 おおっ、ピッコロさんの表情に変化が。よし、もう一押し。
「そうなったらきっと、悟飯くんがっかりしちゃうだろうな……」
 落ちた。完全に落ちたわね。ピッコロさんには何が一番説得力あるか、もうわかってるんだもんね。私の勝ち!
「……中華麺というのはあれか。透明の袋に入ってるものか」
「そうそう。黄色くって、ちょっと細くてちりちりしてるの」
「よし、これでどうだ」
 ピッコロさんが地面を指差すと同時に、そこにはどんと中華麺の山が! いやったーあ!
「あと、袋ちょうだいよ」
「袋? 入ってるだろうが」
「そうじゃなくて、これを運ぶ袋。こんなの一気に運べないし」
「……いちいちうるさい野郎だな。これを使え」
 ピッコロさんがぽんと投げてきたのは、小さなカプセル――って、えええええ!? ピッコロさんがこんな文明の利器を! 文明の対極で生きてそうなピッコロさんがカプセルを!
 真相は、何でも、前にトランクスくんから押し付けられたとのこと。「ピッコロさんも、これくらい使えないとダメだよ」ということらしいけど、案の定、ピッコロさんはそんなの必要ない生活をしてるので、もらって数年、今まで一度も使ったことがないとか。だろうと思った。

「そんなわけで、麺50食ゲットしたってわけよ」
さん、ちゃっかりしてますね……」
「まあね。ささ、感心してる場合じゃないわよ。さっさと箱に移しかえないと」
 みんなを急かして、行動を起こしたらそれからはあっという間。ただ、今までと違うのは悟天くんやトランクスくんがお客さんを引っ張ってきてくれてたことかな。デンデくんはブースの中でお手伝い。そうなると、二人でひーひー言ってた時とはぜんぜん疲れが違う。
 おかげさまで、終了十五分前、最後の一皿が売れていった。ああ、この三日間、今までにはないほど動きまくった気がする。何より、焼きそばの匂いが体中に染み付いたような。この匂いってどれくらい続くのかしら。
「それで、結局どんくらい売れたの?」
 トランクスくんの興味はそこ一点らしい。会社の子らしいといえばらしい。ねえねえ、と急かされて、
「えーっと、最後の200皿を100ゼニーで売ったから……トータル17万ゼニーね」
 恐るべし、焼きそば1200皿の売り上げ。塵も積もれば山となるってこういうことね。
「それで、そこから私が11万5千ゼニーもらって、それから――」
「あれ? なんでさんはそんなにもらうの?」
 不思議そうに聞いてきた悟天くんに、私は鼻高々答えた。
「私が材料費出したの。全財産はたいてよ!」
 そうよ、これは私の全財産をかけた大仕事だったんだから。これだけ売り上げが出たからよしってね。さあ、もっと崇めなさい。
「えーっ。さん、たったそんだけしか貯金なかったの?」
 トランクスくん、その突っ込みはちょっと辛い。確かに、世界有数のお金持ちからしたらはしたお金かもしれないけどね、これは私が汗水流して働いて、貧乏生活しながら貯めた、貴重な貴重な11万ゼニーなのよ。
「悟飯くん、確認OK?」
「はい。17万ゼニーちょうどあります」
「じゃあ、その中から材料費引いてそれを山分けだから……2万7500ゼニーずつね」
 頭の中でさっさと計算して、分けようとした私にストップをかけたのは、さっきまで騒いでたちびっこ二人だった。
さん、ボクたちの分は?」
「オレたち、ちゃんと働いたんだぜ。ボランティアじゃないんだからさ」
 くっ、こんなとこでちゃっかりしてるのね。わかった、わかった。ご褒美あげるから。それで何がいいの。お菓子? おもちゃ?
「やだよ。ちゃんとお金でくれなきゃ」
 ……言ってくれるじゃない。まあ確かに、働いたらそれに見合った賃金を払わないとね。でもそれだと、デンデくんはどうしたらいいんだろう。お金なんて使わない生活してるのに。
「僕はいいですよ。お金や物よりもうんと貴重な、素晴らしい経験を得られましたから」
 ああっ、デンデくんてば輝いてるっ! ほらほら、ちびっこどもも見習いなさい。
「だって、オレたち神様じゃないもん」
「そうだよ。早くちょうだいよー」
 二人がごね出したら、もう悟飯くんに丸投げするに限る。お願い、と悟飯くんにパスしたら、悟飯くんもわかってたみたいで、じゃらじゃらと音を立てる小銭の中から、1000ゼニー取り出して。
「じゃあ、一人500ゼニーずつお駄賃だ」
「えーっ! たったの500ゼニー?」
「たったのじゃないだろ。500ゼニーでもお金はお金。それに、そんなにいっぱい持ってたら、お母さんに怒られるかも……な、悟天」
 最後のその一言に、悟天くんはぎょっとした顔をした。そうよね、おばさんは金銭感覚のしっかりした人だもの。十歳の子が何千ゼニーも持ってたら、きっと怒るに決まってる。さすがは兄弟。悟飯くんも憎いとこ突くわね。

 そうして慌しい三日間にようやく幕が下りた。後片付けも滞りなく終わって、何も問題なく。大団円ってまさにこのことね! 打ち上げはデンデくんの申し出で神殿でやることになった。主人の神様がいいって言うんだもん。甘えないなんて失礼にあたる。問題はピッコロさんだけど、そのピッコロさん懐柔作戦も忘れてないわ。コンビニでジュースとお菓子買うついでに、以前ピッコロさんが飲んで、おいしいと感動してた高いお水も買ったし万々歳! さあ、みんなで楽しく打ち上げ――というわけにはいかなかった。
「神に労働を強いるとは何事だっ!」
 いや、強いてない。手伝ってもらっただけ、と言っても通用せず、なぜか私が責任者として頭を殴られる羽目に。
 それでもなお怒り狂うピッコロさんに、結局全員揃ってみっちり説教を受け、ようやく開放されたのは神殿の夜も更けた頃だった。

|| THE END ||
December〜雪見の丘より〜