文字サイズ: 12px 14px 16px [October〜愛・哀・引越戦記〜]-03-

 悟飯くんが緩衝材になって、さらにピッコロさんを説得するのに一分。ようやく頷いてくれたピッコロさんの姿に私もほっと一息、もう一回気合を入れようと――。
「ところで娘よ。お前はどうやって行くんじゃ」
「え?」
 そういえば、私はどうやって犯人を追いかけたらいいのかしら。自転車もない、頼みの車は盗まれた。そうとなりゃ徒歩しかないわけだけど、徒歩で車に追いつけるほど、私は早く走れないし。
「……どうしよう」
「それなら僕が――」
 悟飯くんが再び助けの手を差し伸べてくれたその時、どんどんとドアをノックする音が聞こえた。
「おーい。警察の人が来たよ」
 それはつい数分前に聞いたお兄さんの声。そうだ。盗みがあったらおまわりさんが絶対聞きにくるんだっけ。だとしたら私はここに残って……。
「ふむ。留守番なら私がするぞ。何せ年でな、飛び回るのは少々骨が折れるからの」
 いや、別に神様がいてくれるのはいいんだけど、それより問題なのは、お兄さん&おまわりさんにこの人たちが見られるといろいろ厄介なことに。
「い、今開けます!」
 そう返事をして慌てて、悟飯くんたちに向き直り。
「窓から出て行って! おまわりさん来たみたいだから」
 小声でそう伝えると、三人はそれぞれ頷いて開け放たれた窓から外へ。お願い、絶対に見つけて来てね。
「ならば私はここに隠れているとするか」
 そう言って神様は、まだ何も入ってないがらんとした押入れのふすまを開けていた。ああっ、神様! さすがは神様! 超空気の読める人!
「ありがとう。すぐに済ませますから」
 ふすまが閉まるのを確認してドアを開けると、そこにはさっきのお兄さんと見慣れた制服のおまわりさんが一人。二人そろって、私の顔を見た瞬間、ぎょっとした表情を浮かべた。なに、どうかしたの。
「く、車が盗難にあったと通報を受けんですが」
「はい。あ、どうぞおあがりください」
 新居に越してきて、初めて招いたお客さんがおまわりさん。私もそうとうアレな運をしょってるみたいね。そんなため息をつきながら二人にお茶を出そうと、ペットボトルを持ってキッチンに立った私は、ふとシンクに映った自分の顔を見てぎょっとした。
 そう、二人がぎょっとしたのも頷ける。涙でマスカラのはげた顔は、まるでお化けみたいだったから。

* * *

 結局、十五分ほどでおまわりさんは帰っていった。被害届けを書いて、車の特徴やナンバーを伝えて。この時は、一階のお兄さんが大活躍だった。だって私、ナンバーは控えていたけど、なんていう車かなんて知らなかったもの。だけどお兄さんは見てすぐに何かわかったみたいで、私の代わりにきっちりと伝えてくれた。ああ、あとで何かお礼持っていかないと。
「大丈夫だよ。きっと見つかるよ」
 最後にそう言ってお兄さんは部屋へと戻っていった。私はといえばもう、ありがとうございますの一言しか出てこない。きっと私一人だったら、パニックになって警察に電話すら思いつかなかったもの。同じ意味で、今頃車を探してくれてるだろう三人にも、あとでいっぱいいっぱいお礼を言わないと。あ、あとピッコロさんには本当に畳が擦り切れるくらい頭擦りつけて謝らないといけない。まだ怒ってるんだろうなあ。殴られるぐらいの覚悟はしとかないといけないかもしれない。
「世の中には親切な者がまだまだおる。この地球も捨てたもんではないな」
 そうそう、まったくその通り。押入れから出てきた神様にこれまた、コンビニで買ってきたお水をグラスに注いでおもてなし。
「とりあえず、お水でもどうぞ」
「うむ。ありがたく頂こう」
 部屋の中には私と神様。こうして二人、ただ知らせを待つのみ。そうね、私も飛べたら一目散に探しに行くんだけどね、まだ気を練るのもままならなくて、ピッコロさんに怒鳴られてばかりだから――あれ? 教えてくれてるのは悟飯くんなのにどうして私、ピッコロさんに怒られてるんだろう。
「しかし災難であるのう」
「本当にまったく」
「だが、お前の荷物など盗んでどうするつもりなんじゃ、その者は」
「ぜーんぜんわかんない。第一、あの中になんて洋服と本くらいしか入ってないし、別にお金になるものもないし……」
「世の中、よくわからん輩もおるもんだ」
 その言葉にうんうん、と頷いてると、ふと神様が声をあげた。
「どうかしました?」
「いや、確かお前の言っていたのは紺色の車だったな」
「そうですそうです。ワゴンの」
「ふむ、その絵のような車じゃが、道を走っておるぞ」
「へえ、そうですか……ってえええええっ!?」
 ちょ、ちょっと待って。何で神様そんなことわかるの?
「ええとナンバー、ナンバーわかります?」
「うむ、なんばあぷれえととやらは……」
 次に神様の口から出た番号に、私は危うく卒倒しかけた。だってそれ、私が書いてたナンバーだもの。
「その、周りに特徴のある建物とかは?」
「ないのう。田んぼがずうっと続いてるだけじゃ」
「じゃあ、看板――そうだ、道路に沿ってどこどこ何キロって表示ない? 青色とか緑色の」
「おお、それならあるぞ」
 神様はどこか遠い目をしたまま、標識にあるらしい言葉を教えてくれた。ここで私は二度びっくり。直線で高速まであと20キロ。そして高速に続く道は一本しかない!
 私はかばんから慌てて携帯を出して履歴を探った。昨晩電話したばかりの悟飯くんの番号。かかるかどうか、気づいてもらえるかはもう賭けね!
「どうしましたっ?」
 第一声はすごく緊迫した声だった。それに今神様から聞いたことを伝えるととたんに叫び声。
「それ、間違いありませんね?」
「間違いないよね、神様?」
「馬鹿もん。私を誰だと思っとるんだ」
 すみません。神様でしたね。
「とにかくそこに行ってみます! またあとで!」
 その声を最後に電話は切れて、私ははあっと息を吐き出した。とにかく、これで何とかなるかもしれない。そんな希望が湧いてきたと同時に、疑問が一緒に浮かんでくる。
「あの、神様」
「何じゃ」
「どうしてその車がそこにあるってわかったの?」
 私がそう聞くと神様はえっへんとばかりに胸を反らして。
「神には千里眼という能力があるのだ。私も習得するには少々かかったが、神としては持っておかねばならんものなのだぞ」
 はあ、千里眼。てっきりお話の中のもんだと思ってたけど、実在するとは。
「どれ、水を飲みながら何の気なしに外を見ているとな、ずうっと先にその車が見えてな」
「それで見つけてくれたんだ。本当にありがとうございます……って、もう一つ質問が」
「うむ。言うてみよ」
「……なんで、最初っからそれ教えてくれなかったんですか? だってよ、もし教えてくれてたら、悟飯くんもピッコロさんもネイルさんも、あちこち探し回らなくてもよくて、見つけたとこに一直線に向かえばよかったんじゃないの?」
「お、落ち着かんか、娘よ」
「だって神様黙ってたんだもん! 千里眼なんて便利なの使えるのに!」
「わ、私とて忘れとったんだ! ピッコロと同化してもうどれほどになると思っとるんだ。それでひょっこり出てきてそんなの使えるなんて覚えてるわけなかろうが! この馬鹿もん!」
「馬鹿? 忘れてたの神様の方じゃないっ。バカバカ!」
「なにをーっ! バカという奴こそバカなんじゃ! このバカバカバカ!」
「あーっ、三回もバカって言った! もうバカバカバカバカ!」
「四度も言いおってからに、バカバカバカ――」
 と、いきなり携帯の着信音が鳴り響いた。このメロディは悟飯くん!
「な、なんだいきなり」
「いいからちょっと――もしもし、悟飯くん」
「車も荷物も無事取り返しましたよ!」
 やったー! 戻ってきたー! なんて素早い。さすがは悟飯くん! ……って、犯人は?
「あ、それは……」
「それは?」
 急に歯切れの悪くなった悟飯くんを問い詰めると、「怒りませんよね?」なんて聞いてきた。怒るか怒らないかなんて、聞いてみなきゃわかるわけないじゃない。そんなことよりさっさと、とさらに突っつくと、ようやく悟飯くんは重い口を開いた。曰く。
「……ほったらかしてきちゃいました」
 ほっ……ほったらかしてきたー!? 大事な大事な犯人を、車と荷物の次に大事な犯人をほったらかしてきた?
「ちょっと悟飯くん、今すぐ犯人連れ戻してきてよ!」
「え、でも気絶してましたし」
「気絶したからって罪がなくなるわけじゃないのよっ」
「そ、それはそうですけど……ま、また戻ってから事情説明しますっ」
 事情ってなによ。犯人ほったらかしてまで優先しなきゃいけないことなの。電話に向かってそう思っても、切れた電話ではもう伝えられない。
「まったく、孫悟空の息子もまだまだ甘いのう」
「甘々の甘ちゃんよっ」
 うーっ。なんでここで犯人をほったらかしにしちゃうのっ。こう、私の熱いストレートが決まる(かもしれない)チャンスだったのにっ。
 そもそも、車盗んだ奴なんて許せるわけないじゃない。しかも私の荷物まで盗って。高速乗ろうとしてたってことは、どっかに売り飛ばす気でいたか、そっち方面に住んでる人間か。やらしいわねえ、よその町まで来て盗み働くなんて!
 ん? ちょっと待って。犯人はどうして気絶したの?
 そう疑問に思ったその時、窓を遮る二つの影。
「あっ」
 ぱたぱたと窓際に寄ると、まずはネイルさん、そしてピッコロさんと部屋の中に入ってきて――あれ? 悟飯くんは?
「お前の車を運転してる」
 そういや悟飯くん、免許は持ってるって言ってたっけ。確か、お母さんの買い物の手伝いでとか何とか。うーん。なんて親孝行な人なんだろ。ああ、それよりも水。二人に水。
 再び使い捨てのコップを取り出し、ペットボトルから水を注ぐと、二人は瞬く間にそれを飲み干してしまった。うんうん、喉が渇いてたのね。しかし、二人とも水を飲む姿はそっくりだなあ。ぱっと現れたらどっちがどっちか絶対わかんない。悟飯くんやデンデくんには見分けつくんだろうな。そう、ちょうど一卵性双生児みたいな。親御さんとか親しい人はわかるんだけど、わからない人の方が断然多い。そんなことを水を注ぎなおしながら考える。
「ところで聞きたいんだけど。何で犯人ほったらかしてきたの?」
 そう。きっと捕り物にはこの二人とも関わってると考えて聞いたんだけど、二人の口から飛び出した答えに私は呆然とした。
「十分こらしめてやったからな」
 ほとんど変わらないその答えが両方から飛んでくる。
「でもね、ああいうのは窃盗罪って言って、地球の法律で罪だって定められてるのよ。警察に引き渡したら裁判があって、懲役何年とか禁錮何年って刑務所に入らなきゃいけなくなってるんだから」
「そんなもの、建物を壊せばどうにでもなるだろう」
 ピッコロさん、こんなところでそんなアクティブな発言はどうかと。普通は無理。
「車を持ち上げた時点ですでに男はパニックになっていたんだ。持ち上げたのは私とピッコロだが、孫悟飯が男を外に出そうとしたら奴が先に飛び出してしまってな」
「馬鹿が慌てるからだ」
「え? ちょっと待って。その人落ちてどうなったの?」
「それは悟飯が何とか受け止めた。その後、空中に静止したまま正義が何だとよくわからん説教をしてから降ろしていたぞ」
 宙吊りで説教。確かにそんな目に遭ったら、ちょっとは反省するかも……いやいや、相手は車を盗むような奴なのよ。

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