文字サイズ: 12px 14px 16px [October〜愛・哀・引越戦記〜]-04-

「だがのう。もし犯人を捕まえたとして、お前はどう言い訳するつもりだ」
「言い訳って?」
 神様の言葉にふと疑問で返す。
「先ほど警察官とやらがきただろう。どうせあの男に引き渡すんだろうが、その時に何と言うんだ。車を持ち上げて犯人を引きずり出したなど言ったら、誰がやったと聞かれるのではないか」
 うっ、言われてみれば確かに。宇宙人がやってくれましたなんて言ったら、私が変人扱いされるわ。かと言って、車だけ戻ってきたこの場合はどう言い訳すべきなの。道端に放置されてました、って言って怪しまれないかしら。
「金目のものがなかったから乗り捨てた。それでいいんじゃないか」
「いいのかなあ。だけど私、嘘つくの下手なんだよね」
「それはお前の頭が悪いからだ」
 ひ、ひどいよ、ピッコロさん。そこまではっきり言わなくても。確かにそんなに出来た脳みそは持ってないけど。
 だけどほかに考えられる理由もなく、それが最終決定となり、数分後、悟飯くんが帰ってきてから中身を確認、それから警察に電話。後で署に伺うってことで話はついた。
「よかったですねえ、ほんとに」
 悟飯くんのそんな一言には二つの意味が含まれてると思うの。一つは私に対する「車が見つかって」ということ。もうひとつはピッコロさんたちに向けた、「犯人よこせ」って私が暴れなくて、っていう意味。だって、いなかった間のことを聞いた悟飯くんの顔ってば、私が「追及しない」って言ったとたんに、にこにこしちゃうんだもの。言わなくったってバレバレよ。

 中断された引越しは、その後あっという間に片付いた。
「怪しい輩が来たら、私が吹っ飛ばしてやる」
「ほんとの、ほんとに大丈夫なの?」
「馬鹿もん。私はこれでも元武道家だぞ」
 そんなことを言って、自ら留守番をかって出た神様は残して、あとの四人で運べば何のその。大きな家具どころか、ダンボールまで半分以上空から運んでもらって、私は返ってきた車でのんびりゆったり一往復しただけ。ダンボールの固まり(もちろん運んでるのは悟飯くんたち)を見上げながらの引越し作業をしたら、前の大家さんに丁寧にお礼を言って鍵を返し、ついに私の新生活のスタートよ。
「片付けないんですか?」
「いいのいいの。片付けはまたあとで」
 本棚やたんすの配置だけしてもらって、今はのんびりすることにした。何だか疲れちゃって、あんまりやる気が起きないもの。それにおなかもすいちゃったし、と時計を見ればちょうどお昼過ぎ。それに合わせるかのように腹の虫を鳴かせたのは悟飯くんだった。四次元空間のような胃はやっぱり音も違うのかしら。明らかに音の大きさが違う。
 すでにチェック済みのコンビニで、悟飯くんとおごるおごらないの押し問答を繰り広げたあと、ようやく私たちは昼ご飯にありつけた。もちろんピッコロさんたちは水ね。私のここ数ヶ月のリサーチにより、ナメック星人は、昼食時の水の量が一番多いというのはわかってたけど、その読みは大当たりだった。神様はね、まだよかったの。問題はピッコロさんとネイルさん。私、2リットルのペットボトルを簡単に飲み干す人って初めて見たわ。あっちのアパート出る時に買った二本と、さっき買いにいった二本があっという間に空よ。慌てて追加でさらに二本買いにいったけどそれもまた空っぽに。こんなことなら、1ケース丸ごと買っときゃよかった。近所のドラッグストアで安売りしてたのに。
 開け放した窓からは涼しい風と太陽の光。食後にこんなとこでぼんやりしてると、このまま時が止まっちゃえばいいのになあ、なんて思うこともあるのね。実際、その後の惨事を思い出せば、本当に時が止まってくれたらよかったのに、と思わずにはいられない。
 用事がなくなったらさっさと帰るのが、いつものピッコロさんだった。この時もそうだった。朝の出来事をもう一回謝り倒して、ようやく許してもらって。
「じゃあ、オレは帰るからな」
 すっくと立ち上がったピッコロさんは、そのまま帰るのかと思いきや、ふとこんなことを口にした。
「……その前にお前ら、元に戻れ」
 それは、座って談笑していたネイルさんと神様に向けられた言葉だった。それを聞いた時はちょっとはしゃいだ。正直に言うと、口に出さなくても、悟飯くんもすごくわくわくしてた。だって、貴重(らしい)ナメック星人の同化を目の前で見れるチャンスなのよ。一回、ネイルさんの背中越しに見たことはあるけど、あの時はよくわかんなかったし、こうして明るい中見れるんなら見ときたいじゃない。好奇心として。
 ところが。
「そんなに急がんでもいいだろう」
「そうだぞ、ピッコロ。同化なんて戻ってからでもできるではないか」
「新しい神に、じきじきに挨拶をしておきたいと思っておったのだ。ちょうど良い機会ではないか」
「前は少々慌しかったし、久しぶりにデンデと遊んでやりたいしな」
 えっ。遊ぶの。何して遊ぶの。
 ネイルさんの突拍子もない言葉に聞き返そうとしたんだけど、私の声は完璧に遮られてしまった。ピッコロさんの、馬鹿でかい怒鳴り声に。
「ええいっ、ぐだぐだぐだぐだ抜かしやがって! とっとと戻れと言ってるんだ!」
「しかしピッコロよ、同化は互いの同意がなければ無理だとわかっておるだろうが」
「なっ……!」
「そうやってすぐにむきになって怒鳴ってしまうのは、精神が未発達な証拠だぞ」
「な、何を――貴様ァァァァ!」
 そして次の瞬間。
「すまない。つい避けてしまった」
 そんなネイルさんの言葉に私は頷くことしかできなかった。だって、穴が。玄関のドアにでっかい穴が。
「おい、避けるな!」
「馬鹿者! いきなりあんなことをするなど、卑劣きわまりないぞ!」
「関係あるか、くそったれ!」
 関係あるかって、関係あるある! 主に私に関して! どうすんのよ、いきなりこんな穴あけちゃって。修理費用、誰が払うと思ってんの?
 だけど、一度怒りだしたピッコロさんは、私には止められない。悟飯くんなら止められるかもしれないけど、呆然として見てるから無理。神様は無関心決め込んでるから、もっと無理。そして最後の望み、ネイルさんはというと。
「貴様のような卑怯な輩とは同化できん。勝負だ!」
 ……何でそうなるの。さっき、怒鳴る人は精神が未発達だとか言ったのはどこの誰。
「望むところだ。二度と立ち上がれんようにしてやる」
「その言葉、そっくりそのまま返してやろう」
 あ、ちょっと待って。ここでそれはまずい――って、いたた。何だか目の前が暗くなってきた。

 目が覚めた時、そこには悟飯くんしかいなかった。
「大丈夫ですか?」
 そう言って額のタオルを変えてくれた悟飯くんに聞かされて初めて、自分が気絶したんだってことに気づいた。何でも、二人が気を高めた瞬間、そのあおりをもろにくらって、私は吹っ飛んで柱に頭をぶつけたらしい。そういや一瞬、体が浮き上がったような気がしたけど、気のせいじゃなかったのね。
「三人はどこ行ったの」
「神殿に帰りました。何とか説得して――ピッコロさんは不満たらたらみたいでしたけど。きっと今頃、デンデやポポさんが説得してくれてますよ」
 そうか、よかった。畳の上に寝てるってことは、アパートは無事だったのね。ドアは穴が開いたままだけど。
「それでですね、ドアなんですけど。よかったら僕が直しましょうか?」
「でもお金、けっこうかかっちゃうし……」
「だから、僕が家のそばの木を切ってきて、作り直してあげますよ」
 えっ、悟飯くんってそんな才能もあったんだ。でもありがたいんだけど、大家さんに怒られないかなあ。
「その必要はありませんよ」
 突然聞こえた声に、私と悟飯くんは一瞬顔を見合わせた。そして、次に視線は窓の外へ。
「デンデくん!」
 窓からひょっこりのぞいてたのは、神殿にいるはずのデンデくんだった。
「あ、あれ。ピッコロさんたちは?」
「何だかよくわかんなくて。とりあえず落ち着いてくださいって言ったんですけど……」
「ピッコロさんがヒートアップしちゃってると」
「はい。だけどネイルさんも、何だか普段のネイルさんじゃないみたい――」
 いや、きっと戦闘タイプってのはもともとああなのよ。落ち着いてるとこしか見たことなかったからアレだったけど、きっとネイルさんもピッコロさんと五十歩百歩に違いない。二人ともまだ若いし(ってネイルさんがいくつなのかは知らないけど)、戦闘タイプで血気盛んなお年頃っつったら、二人そろって導火線に火のついたダイナマイトみたいなもんよ。ねえ、悟飯くん。
「ダイナマイトどころじゃないですよ。ミサイルです」
 あ、やっぱり。私の例えは甘かった。今頃神殿壊れてやしないかしら。
「だけど、どうしてデンデくんが来たの。避難してきたの」
 そりゃあねえ、神殿崩壊の危機ならば、まず神様は避難して今後の対策を練らなきゃね。
「いえ、僕は先代様に頼まれて」
「先代様? ああ、元神様ね」
「ええ。さんが怪我してるかもしれないから治してやれって。あ、あとそれとですね」
 この時になって初めて、私はデンデくんの後ろにあったバスケットに気付いた。どーんと置かれたバスケットは、通常の五倍くらいでかい。まずこれは市販のバスケットじゃないわね。神殿特製かもね。
 それよりも、このぷーんと漂ってくるいい匂い。これはもしかして。
「ポポさんと僕からの差し入れです。地球人は、疲れた時に甘いものを食べると元気になるんですよね」
 そうして開けられたバスケットの中には、特大のアップルパイが! 見た瞬間、私も悟飯くんも思わず叫び声をあげてしまった。こんがり綺麗に焼きあがったパイ生地の上に塗られたジャムが、もうね、つやっつやのぴっかぴかなの! さっきご飯食べたばっかりだけど、デザートは別腹。こんなおいしそうなデザート前にして「遠慮しときます」なんて、絶対に言えるわけない!
「いっただっきまーす」
 すぐさま切り分けてフォークで刺したら、パイがさくっと音を立てて、そのまま中のリンゴをすり抜けて、再びパイ生地。外はこんなにこんがりなのに、何で中がとろとろになるんだろう。口に放り込んだ瞬間に、リンゴが溶けちゃいそう。前から言ってるけど、ポポさん絶対にケーキ屋さん開くべきよ。ありえないくらいお客さん来るわよ!
 ああ、おいしい。引っ越してほんとによかった。こんな風に思えたのって、今日引っ越してきて初めてかも。こんな幸せになれるなら、何回引っ越してもいいわ。ううん、むしろこれを目当てに何度でも引越ししちゃう。今日みたいな騒動は二度とごめんだけどね。
「でも、ほんとに大丈夫でしょうか、神殿」
 うーん。それはさすがに神様でもわかんないのね。だったら、一般人の私にわかるわけない。でもきっと大丈夫だよ、きっとね。
 そう答えて、私はまた一つ、アップルパイを皿に乗せた。

|| THE END ||
November〜ソバ焼き日和〜